お見合い?
謁見の間に行くと、すでにお父様、お母様、お姉様が並び腰掛けていた。
数段高くなっている王座に近づいて、段の下に跪く。
段に並んだ椅子は三つ。
そこに私の居場所はない。
護衛の者とジュディは部屋の中、扉の前で待機だ。
「お父様、ご機嫌麗しく。この度はお声掛けいただき、ありがとうございます」
「シャーロット、顔を上げなさい」
お父様の声がかかり、私は顔を上げた。
お父様は国王として威厳があると言うか何というか。少し肉付きがいい方で、お母様は反対にとても細くていらっしゃる。
お二人とも髪はブロンドだけど、3人並ぶとやっぱりお姉様の髪が一番美しかった。
「今、城では舞踏会が開かれている。今回参加している貴族は、みな地位が高く財を多く持つ者たちばかりだ。この舞踏会はセリーヌの発案によるものだが、舞踏会に合わせてそなたの見合いをとり行おうと思う」
今、おかしな言葉が聞こえた気がする。
見合い?私の?
「お父様、お見合いというのはどういうことでしょうか?今まで、塔の上で過ごし、民はおろか貴族たちの前にも姿をあまり見せなかった私に、縁談でもあるのでしょうか?」
一生を塔の上で終えるのかと思うほど、お父様からもお母様からも存在を忘れられたかのような私。
もし、縁談があって、お城の外に嫁いでいけるなら嬉しい。
何故かお父様からもお母様からも可愛がられない私は、縁あって嫁いだ先で、旦那様に可愛がっていただけるならここにいるよりもいいかもしれない。
そんな私の期待を粉々にするよう、有無を言わせぬ圧力でお父様は私に言った。
「実は、ランバラルドとの戦争が思ったより長引いており、王宮は財政難なのだ。先日もセリーヌに強請られ、海の向こうの国から買った宝石が国庫を目減りさせるような値段でな。なんの取り柄もない第二王女の務めとして、財のある貴族に嫁ぎ、王宮に支援金を納めることができるよう取り計らえ。役にも立たず、ただ血税を減らし暮らしているお前に、国家の役に立てる務めを用意してやったのだ。有り難く務めを果たせ」
私は何を言われているのかわからず、ただ、お父様の顔を見つめた。
いや、言葉の意味はわかっている。
ただ、お姉様の宝石のために私が嫁ぐということが理解できなかった。
お父様は続けて言う。
「すでに、数人に打診をしてあり、色良い返事をもらっておる。セルジオ侯爵、ハートランド伯爵、ユニシア公爵。どの者も充分な財をもっておる。いずれの者かに見染められ、役目を果たすように心しておくように」
候補の名前を聞いた途端、ジュディが遠くで息を飲むかすかな音が聞こえた。
扉からここまで3メートル以上離れているのに聞こえるなんて、ジュディはよっぽど驚いたんだわ。
私も、顔には出さないが動揺している。
セルジオ侯爵といえば、御年60歳のおじいちゃんだ。
昨年、年の離れた若い奥方様を亡くされたばかりのはず。
ハートランド伯爵の方は30代働き盛りの伯爵様ではあるものの、すでに4人の奥方様がおられ、他にも婚姻に至らない愛妾が何人もいらっしゃるという噂。
最後にお名前の上がったユニシア公爵はハートランド伯爵ほどお若くない40代。
そのお年になるまで一度もご結婚されておらず独身。
地位も財もある公爵様がどうしてご結婚されないのかというと、お相手に断られて婚姻まで辿り着かないのだとか。
その…変な性癖があって、お相手のご令嬢が泣き出すほどのことだとか。
みなさま、本当のところはどうだかわからないけれど…。
私の知識は貴族年鑑に載っていたことと、ジュディが面白おかしく聞かせる噂話だから。
けれど、第二王女の初婚の話としては有り得ない。
表情には出していないつもりだが、内心パニックだ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お姉様が私に話しかける。
「シャーロットも良い縁談に恵まれてよかったわね。塔の上からあまり出て来ないから心配していたの。良い旦那様に恵まれて、幸せに過ごしてくださいね」
このまま舞踏会に出席なさるのだろうお姉様は、今日は真っ赤なドレスに身を包み、宝石のたくさん埋め込まれたティアラを光らせて微笑んだ。
私の頭上にもティアラがあるが、真ん中に一つブルートパーズが埋め込まれただけのシンプルなもの。
装飾品一つとってもこんなにもお姉様と私は違う。
「…お、お父様、お母様。私はまだ15歳で成人の儀も終えておりません。お姉様はすでに16歳におなりあそばして、成人された身。なのに、何故嫁ぐのは私なのでしょうか?」
今まで反抗らしい反抗もしたことがなかった。
それでも、この理不尽さに、思わず言葉が出てしまったのだ。
まで扇子を口元にあて、黙っているだけだったお母様が赤い顔で私を怒鳴りつける。
「あなたはまだ自分の立場というものをわかっていないのですね!セリーヌは七色の乙女なのですよ!セリーヌは王位継承権第一位。婿を取り、王位を継ぐのです」
「地位も財産もあるものなら、嫁がなくとも婿入りをすることもできるのではないでしょうか。お父様もお母様もお認めになった良縁であれば、私よりもお姉様にとは、お考えにならないのでしょうか」
言っても無駄なことはわかっている。
それでも、自分の心の叫びは無視できなかった。
何故、こんな時だけ第二王女と言われるのか。
「まあっ…!」
お母様は顔をさらに赤らめて、目をつり上げた。
前へ出ようとするお母様を右手で制し、お父様が私を見つめた。
「シャーロット、セリーヌはお前とは違うのだ。セリーヌが産まれた時にはボナール王国の空に吉兆と言われる7つの虹がかかり、神の御加護がある姫として国を上げて祝福をした。この国を背負って立つ選ばれた者なのだ。お前の嫁ぎ先は良縁と言えるが、王として立つには帝王学等学ぶには時間がたりぬ。セリーヌの夫としては認められんな」
…何を言っても変わらないのだろう。
「かしこまりました。お父様。お母様」
お父様が頷くのを見て、私は謁見の間を後にした。
「姫様っ!」
扉を閉じて完全にお父様達から遮断されると、ジュディが駆け寄ってくる。
「あんまりです!私の姫様が狒々爺と結婚なんて」
私を行かせないよう、腕を掴み涙を必死に堪えるジュディの手を、そっと外す。
「仕方ないわ。お父様、いえ、国王にああ言われてしまっては」
私1人が嫌だと言っても、どうにもならない。
ジュディを安心させるように、微笑みを浮かべる。
「まだお会いしてもいないのよ。もしかしたら、とてもいい人かもしれないじゃない」
気は重いが、ジュディを従えて舞踏会を開いている大広間へと、足を進める。
大丈夫。
私はいつも諦めて生きてきた。
暖かい陽射しの中、走り回ること。
水遊びすること。
大好きな甘いものをたくさん食べること。
そして、一度でいいから、可愛い服を着てみること。借り物ではなく、自分の服を。
そこに、もう一つ加わるだけ。
私を思ってくれる旦那様から選び、選ばれること。
広間に着くと、舞踏会はもう始まっていて、私は侍女から王族の控え室で待つように言われる。
もちろん、ジュディは舞踏会に出られないので、ついてきてくれるのはここまでだ。
ジュディは侍女の控え室があり、そこで待っていてくれる。
私は家族の一員として扱われないのに、こんな時だけ王族としてでないと、舞踏会に出席もできないのね。
しばらくすると、お母様とお姉様のお化粧直しを終えて3人が姿を現す。
お父様は私をチラッと見て、何も言わずに広間へと足を踏み出した。
お母様がそれに続き、その後に続くお姉様が私を見て笑顔を向けた。
「シャーロット、そんな顔でいてはダメよ。殿方に好かれないわ」
「…そうね。お姉様」
お姉様に手を引かれ、私も広間へと足を踏み入れた。
私にはお姉様が何を考えているのか、今一つわからない。
お姉様は王宮の王族生活区域で育ったが、何故か私は一人塔の上の小さな部屋で育てられた。
健康なのに、世の中には病弱と偽わられ、人前には出されず。
塔の外に出るのを許されるのは、日も暮れて暗くなった王城内の庭だけ。
夏はまだしも、冬は陽の当たらない庭は寒くて、出たくないと泣いてマリーを困らせた。
それでもマリーは「歩かなければ歩けなくなります。いつか、ここを出て行く時に、困るのはシャーロット様です」と言って譲らず、私が本当に病気の時以外は、ほぼ毎日、寒くても暑くても夜に庭を散歩させた。それしか体を動かすことができなかった。
そんな私のことをお姉様はどうお思いなのだろう。
王家が広間に入ったと会場内に告げられ、みんなの視線が王族へと集まる。
「みなのもの。今日はよく来た。戦争も続く中、少しでも憂いた気持ちを晴らそうとセリーヌが企画した舞踏会だ。楽しんで行ってくれ」
王が挨拶をし、王妃とファーストダンスを踊ると、後は貴族たちがホールのあちらこちらでダンスを踊り出す。
私の隣にいたお姉様は、早々に貴族子息の方々に誘われて、次々とダンスを踊っていた。
できれば。
できることなら、あの公爵達とは会わないで舞踏会を終わらせたいが、そういうわけにもいかないだろう。
それならば、先に飲食コーナーで大好きなケーキをたくさん食べよう。
塔の上には、ケーキ等は支給されないが、舞踏会、パーティではケーキもたくさんあるし、いつも食べないようなお肉の塊もある。
そんなものが食べられるから舞踏会に出るのは好きだったのだけれど、これからはそれすらも嫌いになりそう…。
目立たないように私はこそっとケーキの前に行き、美味しそうなイチゴのケーキを手を伸ばす。
満足したらお見合い相手のおじいちゃん達を探して、挨拶くらいはしておかないと。
気に入られないといいのだけれど…。
自分のドレスではないので、どんなにジュディが頑張ってくれても私には今一つ似合っていない。
うまく着せてくれているから目立つほどではないが、お姉様より小さい私は、ドレスが大きくて着られている感半端ないのだ。
お化粧も、自分の道具は持っていないので、パウダールームにある予備のものを使っているので、色味なども私に似合うものではない。
それなのに、ここまでキレイに仕上げてくれるジュディの腕は大したものだと思う。
クリームたっぷりのケーキを大きな口を開けて思いっきり頬張る。
あぁ~、幸せ。
本当にもう食べたら帰りたい。