出国
出発の日、国王も王妃もセリーヌ様すら見送りには来なかった。
城からは、唯一宰相様だけが来てくれて、申し訳なさそうにしていたけれど。
馬車に乗り込むジュディと私を、マリーが抱きしめる。
「姫様、ご無理なさらないように。ジュディ、しっかり姫様を見ていてちょうだいね」
「大丈夫よ、マリーも元気で。アーサーによろしく伝えてね。お疲れ様でした、と」
「お母さん、姫様のことは私に任せて!うまくやるから、大丈夫」
名残惜しいけれど、私たちは馬車に乗り込んだ。
馬車の窓から顔を出すと、宰相様が近寄ってきた。
「シャーロット様、この度はわたしの力が及ばず、このようなことになって、本当に申し訳ありませんでした。わたしにできる限りのことをして、シャーロット様にお戻りいただけますよう、全力を尽くしますので、それまで、それまで…」
宰相様も心を痛めてくださったのだと、誰からもいらないと言われる王女ではなかったと、そう思えたら嬉しかった。
「宰相様、あなたがそう言ってくださるなら、私は希望を持って生きて行けます。私のことはいいのです。国民のことを第一に考えてくださいね。民がいて、初めて国となるのですから」
宰相様は深々と頭を下げた。
「あなたがこの国を去るのが残念でなりません。あなたは、一番王族らしい王族です」
私は宰相様に微笑んで、馬車のカーテンを閉めた。
馬車での移動は、ゆっくりになり、5日ほどかかるとのことだった。
予算をつけてもらえない私でも、路銀はもらっていたので、立ち寄った町でおかしを買って馬車でジュディとふたりで食べたり、宿に泊まった時に、温泉にも入った。
塔の上からほとんど出たことのなかった私には、何もかもが新鮮で、人質になりに行くというのに、ジュディとふたりで楽しんでしまったほどだった。
移動日3日目、目の前の森が、ランバラルドとの国境だと御者が教えてくれる。
森の近くに大きな川が流れていたので、馬車を少し停めてもらった。
初めて見る川は、流れが早く、吸い込まれそうで少し怖かった。
でも、キラキラと水が太陽の光を跳ね返し、とてもキレイで見惚れてしまう。
ジュディも川は初めて見るらしく、少しはしゃいで靴を脱いで足を水につけていた。
この川は、ボナールの王都へと続いているらしい。
マリーのところへも続いているのかしら。
私はその場に跪き、両手を地に付けた。
願わくば、お父様とお母様が眠るボナールが、いつまでも豊かでみんなが笑っていられる国でありますように。
目を閉じて祈りを捧げる。
大いなる大地、恵の雨、全ての私たちを取り巻く神の恵みに。
幸多からんことを…。
目を閉じてお祈りしていると、神様が私の話を聞いてくれたかのように、スッと身が軽くなった。
フワッと風が吹いたかと思った時に、ジュディが悲鳴を上げた。
「ひっ、姫様!」
裸足のままで私に駆け寄ると、私の肩から背中きら頭から。ぽんぽんと両手で触り、私の存在を確認するようにしている。
「何?ジュディ。急にどうしたの?」
「姫様っ、姫様がいきなり光り輝いて、風がブワッと吹いて、姫様のお髪や衣服がはためいて、そのまま姫様ごと空に飛んで行きそうで、わたしっ、わたしっ」
「風は吹いてたけど、それだけよ。何もなかったけど…」
すんすんとジュディは鼻を鳴らす。
「そうですよね。人間が光るなんて、ありえませんよね。きっと、川が太陽に反射したのを見ただけだと思いま…」
私の顔を覗き込むと、ジュディの大きな目がこぼれ落ちてしまうんじゃないかというくらい開かれた。
「姫様、目、どうされたのですか?」
がしっと、顔を掴まれる。
ちょっと痛い。
「目?目がどうかした?」
「姫様の瞳の色がいつもと違うんです。いつもは澄んだ泉のような青なのに、今はすみれ色のような色で…」
そんなばかな。
人間、そんなに簡単に瞳の色は変えられないはず。
「嘘だと思うなら鏡を見てください!」
駆け足で馬車に戻って、鏡を取り出す。
「………ほんとだ」
「ほら、わたしの言った通りでしょ!」
何故か威張っているジュディをよそに、私は自分の瞳をじっと見た。
確かに、菫色になっている。
……疲れ目かしら……。
「まあ、そのうち治るでしょう」
「病気だったらどうするんですか!?」
「そんなこと言っても、旅の途中じゃどうしようもないじゃない。痛くないし、大丈夫よ」
馬車はいつの間にか走り出して、森の中に突入した。
これで、ボナールとランバラルドの国境を越えた。




