お姫様の日常
私が生まれた国は、とても小さな国でした。
気候も良く、晴天に恵まれ、雨に恵まれ、土壌は良く肥えて、作物もたわわに実る。そんな国でした。
そんな小さな豊かな国の、私は第二王女として育ちました。
王である父と王妃である母には、目に入れても痛くないほど可愛い姫がいました。
残念ながら、それは私ではなく、一つ違いのお姉様でした。
お姉様は、いつもとても仕立ての良いドレスを着ていらっしゃいました。
まだ小さい頃、お母様が大事に育てているバラ園を軽やかに走る姿はとても美しく、私はお城の窓から、いつもその姿を眺めていました。
どうして一緒にバラ園に行かないのかって?
だって、私はお父様にもお母様にも嫌われた子だったから…。
お姉様の髪は黄金のようにキラキラ輝き、エメラルド色の瞳は本当に宝石のよう。
それに比べて、私の髪は金髪ではあるものの色が薄く、瞳もただの青。
だから、お父様もお母様も私のことがお嫌いなようで、お城の塔の上にある私のお部屋からはあまり出てはいけないと言われていました。
もちろん、ドレスもお姉様のようにレースやフリルがふんだんに使われたものなど着たこともなく、飾りのあまりない平凡なものばかりを着ていました。
羨ましくないかと言えば嘘になりますが、私は私。
お姉様と違うのなら、お姉様とは違う幸せがあるに違いないと、日々楽しく過ごすようにしています。
今日も塔の上から空を見上げると、白い鳥が私のすぐ側まできてくれて、可愛く首を傾げました。
「こんにちは。お腹は空いてないかしら?昨日焼いたクッキーがあるの。食べやすいように砕いてあげるわね」
塔の中はあまり広くはないけれど、私の部屋と侍女の部屋があり、キッチンやお風呂も塔の中にある。
王女としては、クッキーを焼いたりすることは、あまり良いことではないのだろうけれど、それをたしなめる者はいない。
それに、おやつ等の嗜好品は、あまり私の元へは運ばれて来ないので、食べたければ自分で作るしかない。
私は部屋の戸棚を開けて、いそいそとクッキーを取り出して、小さく砕いた。
手のひらにたくさん小さくなったクッキーを乗せて窓辺に戻ると、鳥さんは窓枠にとまって、大人しく私が来るのを待っていてくれた。
そっと手を差し出すと、鳥は私の手にとまり、つんつんとクッキーを啄む。
自分の作ったものを喜んで食べてもらえるのは、とても嬉しい。
そばにあった椅子に座り、ニコニコとその様子を眺めていると、部屋のドアが勢いよく開けられた。
「姫様!また鳥にエサをやったりして!またこの間みたく鳥が集まって来ちゃったらとうするんですか!」
元気よく私を怒るのは、私付きの侍女のジュディ。
赤毛の豊かな髪を後ろに三つ編みにし、濃紺のお仕着せを着て両腕を腰に仁王立ちしている。
ジュディは私の乳母のマリーの娘で、私より5歳年上。
頼りになる姉のような存在だ。
…本物の姉は畏れ多くて頼りにすることなんて、できないけど…。
「今日は一羽だけだから、大丈夫よ」
「そのままエサをやり続けたら、あっという間に、また塔の上が鳥だらけになります。それに、そろそろみなさまがお集まりになるお時間ですので、この塔が目立っては困ります」
私は頬を膨らませながら、仕方なく手のひらに乗っているクッキーだけを食べさせて、鳥を大空へと放った。
ふと、下を見ると、いくつかの馬車が門をくぐって中に入るところだった。
「今日、何かあるのかしら?」
ジュディは床に落ちたクッキーのカスを簡単に箒で掃きながら答えた。
「今日はお城で舞踏会があるんです。あの、ワガママ王女が強請ったとかで。お隣のランバラルド王国との戦争の中、よくそんなことができると、不思議で仕方ありません。セリーヌ様は戦場で戦っている国民をなんだとお思いなんでしょうか」
「ジュディ、誰が聞いているかわからないわ。セリーヌお姉様のお話しは、してはダメよ」
それでもジュディは納得できないようで、今度は床を拭きながらブツブツと言っていた。
「あ、そうだシャーロット様。今日の舞踏会はシャーロット様も出席するようにと、王様からご指示がありました。夕刻の鐘がなる頃、支度を済ませて謁見の間へ来るようにと」
…いつも舞踏会の日は私は塔の上でその様子を眺めていた。
王族として必要な時だけ呼ばれていたのだけれど、今日は王族として全員出席が必要な舞踏会ではなかったはず。…嫌な予感しかしない。
塔の中の私の部屋には、舞踏会に来て行けるような鮮やかなドレスはない。
私はジュディを従えて、いつものように城の衣装部屋へと向かった。
お母様やお姉様のドレスは、それぞれの部屋で管理されているが、お二人が飽きてしまったドレスは衣装部屋に放置されているのだ。
いつも私はそこから適当なドレスを選び、アレンジして着ている。
ジュディは色とりどりのドレスを見て、私の髪色にも映える薄い水色のドレスを選んだ。
「こんなにたくさんドレスがあるのに、またドレスを新調なさってました。そんなにお金が余っているなら、姫様にも買ってくださればいいのに」
誰が聞いているかわからないため、ジュディは小さな声で言った。
「声を小さくしても、塔を出たらやたらなことを言ってはだめよ。私はいいの。ドレスがあっても、着ていく機会もないし」
私がドレスを着る機会など、新年の祝賀会で王族揃って挨拶する時くらいだ。
歳の近いお姉様のおかげで、お下がりには事欠かないし。
ジュディは水色のドレスと、それに似合うアクセサリーを数点選んで、私と共にパウダールームへと移動した。
鏡に向かい、まずドレスを着てみる。
「やっぱりセリーヌ様のドレスはゴテゴテしていてうちの姫様には合わないですね」
ジュディはハサミと糸を手に、ウエスト部分に付いていたバラの造花を取り外した。
そして、白い大判の細かいレースを腰から下に掛け、端と端をうまくまとめて大きなリボンのようにして左ウエスト部分に縫い付けた。
次に薄い水色のストールを取り出して肩に掛ける。
大きめの銀の細工のブローチを胸の前で留め、ストールの余りをまるで飾りの一部分のフリルに見えるように織り込んでいく。
胸がかなり開いていたドレスも、これでデコルテ部分を残し、素肌はあまり見えなくなった。
「何度見てもジュディの手は魔法の手ね。」
ジュディは私をドレッサーに向かわせ、腰掛けさせた。
「そんなことはございません。セリーヌ様のドレスは姫様には似合わないものばかりで。もっと、姫様に似合うものをオーダーメイドできれば、うちの姫様がこの国で一番美しいと、誰もが断言できるように仕上げる自信がありますわ」
優しく髪をとかしながらジュディは笑う。
腰まである少し癖のある髪を、ジュディは器用に編み込んで夜会巻きにしていく。
もちろん、ただ巻くだけではなく、一部を編み込みにして華やかになるよう、演出している。
髪が終わると私に目を閉じるように言い、化粧を施していく。
「今日は母さんがいないけど、私のお化粧も結構いいでしょ?母さんの化粧の技術はすごいけど、若向けではないのよね」
私を着飾らせるとき、ふたりはドレスコーディネートとヘアメイクに分担して私を仕上げてくれるのだ。
今日はマリーはどうしたかと言うと、月に一度の定期報告会があり、そちらに出向いている。
ジュディの兄で、マリーの息子のアーサーは第二騎士団の副団長を務めており、現在隣国ランバラルドへ戦争に行っている。
月に一度、戦況や怪我人の情報等を戦地の連絡係が来て、家族が戦争に行っている者たちに報告をする会があるのだ。
先月は当方ボナール王国優勢と言っていたけれど…。ランバラルドは豊かな国ではないが、中央はまとまっており、強国と聞いている。
うちは充分に豊かな国なのだから、領土を増やしたりせずとも暮らしていけるのに…。
お父様は、そんなに領土やお金が大事なのかな。
うっかり出たため息の向こうには、キラキラした衣装を見に纏う私がいた。