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重版出来記念! 放課後探偵はまたまた増刷

作者: 犬上義彦

「俺は山越雅之、探偵だ」


 中学生男子なら、誰だって、そう名乗ることに憧れているものだ。


 探偵たるもの、いざ名乗るときに声が裏返ったりしてはいけない。


 だから僕は今日も教室のベランダで声の調子を確かめていたんだ。


 すると、またあいつがちょっかいを出してきたってわけだ。


「ねえねえ、大変よ」


 一ノ瀬弥生だ。


 この僕の助手だなんて勝手に名乗ってる困った女子なんだ。


「またつまらない話を事件に仕立て上げようっていうのかい?」


「ちがうわよ。今度のは本物よ」


 今度の、なんて言っちゃってるってことは、今までのが偽物だったって自分でばらしちゃってるじゃないか。


 そんなことにも気づかないんだから、弥生に僕の助手なんて務まるわけがない。


「ねえねえ、これよ、これ」


 弥生が持っているのは僕も読んだことのある本だった。


『たちまちクライマックス! 犯人はキミだ!』


 おかしな推理ばかりしているへっぽこ探偵の話が収録されているんだ。


 弥生が大笑いしながら、「これあんたにそっくりだよね」なんて、助手にあるまじき失礼なことを言っていたっけ。


「なんだよ、これがどうしたんだよ」


 すると弥生が僕に本を押しつけた。


 とりあえずパラパラめくってみる。


 この本は表紙の角がピシッとしていて、ページもめくるとパリパリとした感触がある。


 どうやら新しい本らしい。


「奥付を見てよ」


 奥付?


 なんだそれ?


 僕がとまどっていると、弥生が僕から本を奪い取ってページを開いた。


 それは本文の後ろにある、発行年月日や出版社の住所などが書かれているページだった。


 へえ、これのことを『奥付』っていうのか。


「あらあ、名探偵のくせに、そんなことも知らなかったの?」


「いや、他に異常がないか気になってたから、違うページも調べてみようとしていただけだよ。探偵は観察力が基本だって、いつも君が言っているじゃないか」


「どうだか」


 弥生が肩をすくめながら両手を広げる。


 欧米みたいなジェスチャーだ。


「じゃあ、探偵さん。ここで質問です」


 まただよ。


 いつもこうやってどうでもいい問題を出して僕をからかうんだ。


 名探偵というのはそんなに暇じゃないんだけどな。


「探偵さんならもう気づいてると思いますが、この本は新品です」


「うん、紙の端がパリパリした感触だし、めくったような跡というかクセもついてないよね」


「さすがは我が名探偵さん、ご名答」


 まあ、そんなにほめなくてもいいさ。


 これくらい基本だからね。


「では、なぜこの本は新しいのでしょうか?」


「買ってきたばかりだからだろ」


 僕は即答した。


 なんてったって僕は名探偵だからね。


 そしたら弥生は口元をおさえながら、あからさまに馬鹿にした表情で僕を見た。


「あのねえ。あんたが最初にこの本を読んだのはいつよ?」


「確か去年の今頃じゃなかったっけ。夏休みの読書で読んだのを覚えてるな」


 でしょう、と弥生が人差し指を立てた。


「一年前に発行された本なのに新しいのはおかしいじゃない」


「本屋さんで売れ残ってたんだろうよ」


 僕の推理は完璧のはずだ。


 ところがあっさり、弥生に鼻で笑われたんだ。


「ブブー! 違います。この本は大人気なんです」


「どうして分かるんだよ」


「だから奥付を見なさいって言ってるのよ」


 弥生は発行年月日が書かれたところを指さした。


 そこには『第四刷』と書かれていた。


 どういうことだ?


「重版出来よ!」


 ジュウハンシュッタイ?


「なんだよ、それ」


 はぁ、と助手がため息をつく。


「本の売れ行きが良くて追加で本を印刷することよ。売れて売れて大変なのよ」


 へえ、そうなのか。


「しかも、もう四刷! 四回も版を重ねているって、この少子化の時代に児童書としては異例のヒットなのよ」


 いやいや、それは言い過ぎだろう。


 すると弥生が変なことを言い出した。


「これはとてもおかしなことです」


「どうしてさ」


「だって、こんなへっぽこ探偵の話が収録されているのよ。それがヒットするなんて、おかしいじゃない」


 そうかな。


 そういう変わったやつが一人くらいいた方がバランスが取れていいんじゃないか。


「あなたも他の本物の名探偵さん達に申し訳ないと思わないの?」


 なんで僕が?


「僕は関係ないだろ」


「あるわよ。一人だけ迷う方のメイタンテイが紛れ込んでいるんだから」


 誰だ、そいつ?


 弥生が首をかしげながらため息をついた。


「でも、まあ、きっと今頃、担当編集者さんも喜んでいるんじゃないかしらね」


 べつに知り合いでもないのに何言ってんだか。


「きっと、子供さんが大きくなったら、この本を読ませて名探偵にしようとか考えてるんじゃないかな」


 いったいどんな妄想を膨らませてるんだよ。


「まあ、それくらいロングセラーになっていればいいけどね」


「でも残念ねえ」


「どうして」


「そのころ、あんたはオッサンになってるわよ」


「じゃあ、君だってオバサンじゃないか」


「残念でした。あたしは歳をとりません」


「なんでだよ」


「だって、名探偵は作品の中で生きているものだからです」


 なるほど、そうなのか。


 たしかに名探偵は永久に不滅の存在だからな。


「じゃあね、メイタンテイさん」


 弥生が本を僕に押しつけて行ってしまった。


 あれ?


 僕は大事なことに気がついた。


 名探偵は僕だよね。


 あいつは助手じゃないか。


 じゃあ、歳をとらないのは僕の方だろう。


 やれやれ、まったく、そんなことも分からないから助手止まりなんだよ。


 僕はもう一度奥付を見た。


 あれ?


 ページの隅に何か書いてある。


『タンテイクンガスキ』


 あ!


 また例の暗号だ。


 どうしてさっきは書いてあることに気づかなかったんだろう。


 そうだ、弥生がここの部分を持っていたから隠れていたんだ。


 おまけにやたらと発行年月日を指さしていたから、そっちに気を取られていたんだよな。


 それにしても弥生のやつ、奥付にこんな落書きがあるのに気がつかないなんて、本当に注意力散漫な助手で困るよ。


 観察力は名探偵の基礎じゃないか。


『タンテイクンガスキ』


 で、結局、誰が書いたんだろう?


 この本は弥生が持ってきたんだよな。


 じゃあ、他の人が触るのは不可能だ。


 まさか、書店の人とか印刷屋さんとかじゃないよね。


 うーん……。


 さっぱりわからないや。



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