4「よしこさんの事情2」
「そうだったんですか。その先生の名前は?」
「聞くの忘れちゃった。それに、もうこの学校にはいないわ。退職したみたい。噂では、職場の人間関係に疲れ切っていた、とかなんとか」
「そう……ですか」
「類は友を呼ぶのかしらね。あなたはどう? 佐久間くん」
「俺、ですか?」
「あなたは私の同類なのかしら? それとも違うの?」
「……」
「ふ。違うわよね。あなたは幸せだもの」
「……よしこさんは、金曜日に、その先生がいなくなっても登校してきているんですよね。そしてピアノをひいて屋上へ来る」
「まあね。なんとなく、あの先生との思い出が懐かしくって……。私の居場所はあそこだけだったし。職員室で鍵を借りて、音楽室でピアノを弾いているのよ。屋上にくるのは、そうね、あなたがいるからよ。佐久間くん」
「……よしこさんが今話したことって、全て本当ですか? 作り話じゃないですか?」
「どういう意味?」
「いや、なんとなくですよ。都合が良すぎるような気もするし……。昔、俺の気を引くために不幸な話ばかりでっち上げる女がいたんですよ」
「そうなの。そう言う人間は私も知っているわ。でも、信じて欲しいの。いま話したことは全て本当よ。嘘じゃないわ。だいたい私、あなたの気を引きたくなんてないもの」
「……すいません。ひどいことを言ってしまって」
「いいのよ」
俺はパックの牛乳を両手でくしゃっと潰し、校庭の方へ投げ捨てた。気まずいのをごまかしたかったのだ。
「不良」
「不良です」
よしこさんと目があう。夕闇の中で、彼女の瞳は爛爛と輝いて見える。
俺が何を言おうか考えあぐねているうちに、よしこさんは、暗くなってきたし帰るわ、と言って、屋上のドアを開けて校舎の中に入っていった。
俺は何を言えばいいんだろう。何をすればいいんだろう。俺は今日聞いた言葉の数々を頭の中で反芻しながら、帰宅の途につく。
家に帰って鞄を開けると、小さいメモ用紙が入っていた。そこには綺麗な筆跡で、
「気にするな!」
と、たった一言、そう書かれていた。よしこさんだ。間違いない。俺は可笑しくなって、夜中に一人でニヤニヤしていた。