3「よしこさんの事情」
「私が学校に来なくなった理由。まずそこから話そうか。私、実はいじめにあっててさ。クラスの女子から。原因は男女関係のもつれみたいなことかな。私はある男子に好意を寄せられていたんだけど。その男子のこと、いじめをしていたグループの女が好きだったらしくて。その子はその男子にずっと好きだって言っていたらしいんだけど。振り向いてもらえなかったのね。で、その男子は私が好きだ、と言ってきたわけよ。私はお断りしたんだけど。腹いせに色々やられたわ。上履きに画鋲とか、画鋲じゃなくて虫の死骸とか入れられたりね。それで私は学校に来ることが怖くなって。とりあえず一ヶ月くらい休んでたの。ここまではわかった?」
「わかりました」
「OK。それで一ヶ月も学校休んでると、親も学校も、どうにかして登校させようとしてくるのよ。体面ていうのもあるんでしょうね。ほっといてくれればいいのに。それで少しづつ登校するようになったんだけど。保健室だけどね。ある日保健室のベッドで横になって文庫本を読んでいると、ピアノの音が聞こえてきたのよ。ちょうど三時くらいだったかな。上の階から、かすかにきこえたわ。退屈していた私は保健室を抜け出して、階段を上った。まるで何かに導かれるようにね。そこには音楽室があって、髪の短い女性が一人で熱心にピアノを演奏していたわ」
そこまで喋ると、少し休憩、みたいな感じでパックの牛乳を一口すすった。
太陽はほとんど大地に吸い込まれそうになっていて、最後の残り火がほんの少し、何かに抵抗するように山の稜線を照らしていた。
それを背景に、よしこさんはいつも通り屋上のてすりに背中をもたせかけている。
長い髪が燃えるような色に染まっている。
俺はふと、これは現実だろうか? と考えた。逢魔が時。今日のよしこさんは、いつになく良く喋る。もしかして何かに取り憑かれてるんじゃなかろうか。今までの話だって、本当はーー、作り話、じゃないのか?
昔そんな女がいた。俺の気を引くために、不幸な話をでっち上げる女。
よしこさんはまた話し出す。少し物憂げに。
「さて、その髪の短い女性なんだけど、合唱部の顧問の先生だったのね。私が音楽室の扉からじーっと見つめているのに気がついて、中に入れてくれたの。あのひととはいろんな話をしたわ。そんな気がする。実際会ったのは数回だったはずなのに。中身が濃い会話ができた、っていうのかしら。私が昔ピアノを習ってたって言ったら、じゃあ弾いてみる? って。久しぶりに弾いたピアノはそれはもう下手くそで、思わず笑っちゃった。ああ、笑ったのなんていつぶりだったろう。その先生は私の下手くそなピアノを褒めてくれたわ。そして、私は金曜日のこの時間、大抵ここにいるから、気が向いたらくるといいよ。って言ってくれたの。だから私は毎週金曜日にだけ、登校してくるようになったのよ」