2「ピアノの音色」
空が茜色に染まっている。巨大な校舎の屋上。俺はそこを歩きながら、タバコの吸い殻を見つけ、パックのジュースのゴミを見つけ、巣を張っている途中の蜘蛛を見つけた。しかし肝心のものは見つからない。
肝心なもの。
よしこさんだ。今日は金曜日。いつもこの時間には屋上で文庫本を読んでいるのに。俺は屋上で待つことを諦め、校舎の中を探すことにした。
三十分ほど校舎の中を探したが、見つからない。そもそも登校しているのか? いや、いるはずだ。今日は金曜日。
音楽室の前を通りかかった時、ピアノの音色が聴こえた。俺は音楽については詳しくないが、それでもわかる。あんまりうまくない。しかししばらく聞き入ってしまって、曲名くらいはわかった。
「決戦は金曜日」
馬鹿馬鹿しいかもしれないが、金曜日、というキーワードだけで、それだけでよしこさんを連想してしまって。もしかして、と思ってドアのガラス越しにピアノを弾いている人物を盗み見る。栗色の長い髪。ビンゴ。よしこさんだ。
ピアノの演奏が終わるのを待って、音楽室のドアを開ける。よしこさんが振り向く。驚いた顔。
「随分探しましたよ」
「……佐久間くん。ああ、もうこんな時間なのね。気づかなかったわ」
「ピアノ弾けたんですね」
「あまりうまくないけどね。子供の頃習ってたのよ」
そろそろ閉めないと、と言ってよしこさんはピアノの蓋をしめ、音楽室の鍵を取り出し、俺を部屋から追い出して鍵を閉めた。
「鍵を返してくるから。先に屋上に行ってて」
途中でパックの牛乳を買って、屋上への階段を登る。太陽は沈みかかっていた。
屋上の扉が開き、よしこさんが長い髪を風にたなびかせながら現れる。手にはパックの牛乳。
「一緒ですね」
「一緒ですよ。最近カルシウムが足りないのか、イライラしちゃって」
いつも通りのたわいもないおしゃべり。
俺にはさっきから気になっていることがあった。いや、本当はずっと気になっていたことだ。
「よしこさん、ピアノ、ひけたんですね」
「そうね、さっきも言ったけど、子供の頃習っていたから少しだけ」
「どうして一人で音楽室でピアノを弾いていたんですか?」
それは結構特殊な光景だった。先生ならまだしも、一人で音楽室でピアノを弾いている生徒はなかなかいない。そうだ、鍵はどうしたのだろう。よしこさんは部活には入っていないはずだ。
「いろいろ疑問があるようね。いいわ。話してあげる。君には話しておきたいもの。でもその前に」
よしこさんは真面目な顔で言った。
「ねえ、佐久間くん。私を傷つけたりしないって、前にいったわよね? あれは本当? 嘘じゃない?」
「もちろん本当です。俺はあなたを傷つけない」
「そう」
よしこさんは少し嬉しそうな、いや、悲しそうな? どちらとも取れる表情でそう呟いた。