儚くも残酷な幕開け
だいたい隔週で投稿していくつもりです。
我に返った時には、加瀬シンヤは孤独に闇の中に歩いていた。
冷や汗が首筋を伝う。
長時間乗り物に乗った後のような何とも言えない気だるさが体にまとわりついている。だが、疲労は無く足取りも軽やかだ。
頬を撫でるそよ風の生暖かさを感じた。時折風によって目の前の闇々が揺らされる。仄かに香る草花の匂い。
そこで漸く今いるここが夜の森であることに気づく。
「いや、にしてもどこだよ…ここ…」
まあ、かといってその程度で訪れた記憶の無い場所に放り出された事による不安を拭うことは出来ないのだが。
何だよこれ、と思わず心の中で悪態をついてしまう。
ふと加瀬自身の動悸が微かに早くなっているのを感じた。
脳が現状を把握しようとフル回転しているのも。
心なしか歩む足も震えている。
辺りに漂う不吉な匂いが彼の不安を大きくしていく。
それでも彼は歩き続ける。虫の音一つない鬱蒼とした闇を。
それが終わるのは実に急だった。
今まで加瀬を覆っていた闇が開け、視界が急に広がった。森を出たのか、と考えると共に眼前にどこまでも広がる景色を見て、加瀬は思わず唖然とした。
加瀬は森を背にした高い丘の上にいたのだが、そこから遥か遠くにある街と思わしき建物の集合体が、夜の帳に包まれている中、一切の如く赤い光を放ち煌々と辺り一面を不気味に照らしている。
「火事だ…」
加瀬は思わず呟く。
なるほど、先の森の中を漂っていた不吉な匂いの正体にも合点がいった。煙と何かが焼ける匂いだったのだ。
何かを考えるよりも先に、赤く光る街に向かって加瀬は走り出していた。
ここが何処か?なぜこんな所にいるのか?何が起こったのか?
今まで抱えていた疑問は、走る今の彼にはもうどうでも良かった。
ただ助けなければいけないものがそこにある。心の奥底にあったその思いだけが今の加瀬を動かしているのだ。
始まりは、こんな幕開けであった。