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一、は永遠に1。


「こんにちは、お久しぶりですね」


黒縁の眼鏡はいつしか赤のフレームになり、けれどその知的な雰囲気は相変わらずの深水さんが、家の前に立っていた。


私は教科書が詰め込まれてぎゅんぎゅんの重いカバンを肩に掛け直すと、その重さでふらふらとする頭を、少しだけ下げた。


「……こんにちは、お久しぶりです」


「お元気ですか?」


深水さんは、元気ですと返そうとする私の返事を待たずに、さっそくカバンから大きな茶封筒を差し出した。


私は、眉を少し下げて困った顔をすると、差し出された封筒を受け取らなかった。


「あの、深水さん……私、働きながら通えますから、本当に、」


「確かにうちの社長はストーカーですよ」


深水さんのその心底嫌そうな言い方に、私はぷっと吹き出した。


「呆れてものも言えません」


差し出していた封筒を下ろす。


「が、小梅さん、どうぞ社長のことはストーカーとは思わずに、あしながおじさんとでも思っていただけませんか?」


私は、笑わなかった。けれど、その代わりに首を少しだけかしげて、目を伏せた。


「小梅さん、もう何度も話しましたが、社長にはあなたが必要です」


「でも、」


反論しようとすると、途端に反撃される。深水さんはとても頭の回転が速いので、私では到底敵わない。


「あれ以来、社長は誰ともお付き合いをされていません」


私は口を噤んだ。


「…………」


「小梅さん、看護師の資格はいつ取られる予定ですか?」


「あと三ヶ月くらいです。その後、奨学金を借りている病院に勤めることになると思いますが。それも無事に試験に受かれば、の話ですけど」


「あなたは受かりますよ。学年で一番、優秀なのですから」


私の成績を深水さんが知っているのを私は苦く思いながら、「ふふ、本当にストーカーっぽいですね」と言った。


茶封筒を改めて差し出す。


「これは看護師が研修の間に受けられる奨学金のリストです」


私は抵抗を諦めてそれを受け取り中から書類を出して目を落とすと、深水さんは眼鏡をくいっと指で上げながら覗き込んできた。


「一番下の、『成績優秀者奨学金制度』は、金利もなければ返却義務のない、非常にありがたい奨学金制度です。後ろの方に小さく載っていますが、鹿島コーポレーションが未来ある若者のためにと、創設したものです」


一枚めくると、その奨学金制度の申し込み用紙が。


私は苦く笑ってから、言った。


「お心遣いは嬉しいのですが、」


深水さんは、私の言葉を遮って言った。


「断られるということは承知しています。その上で持参しました」


見ると、深水さんも苦笑いを浮かべている。


「あなたを……あなたを、よく見ています。もちろん、うちの社長は本物のストーカーですから」


あ、訴えないでくださいよ、と手をあげる。


「結婚やお付き合いのお申し出も、もう心に決めた人がいる、の一言で一蹴されていらっしゃいます」


「…………」


「もし、あなたがこのお話をお断りするなら、もうストーカーは止めてくださいと、面と向かって言ってやってください」


深水さんの目が、厳しいものになった。


「あなたを嫌っていますとはっきり言って、頬をビンタするなどして、目を覚まさせてやってください」


私は困り顔を浮かべた。


深水さん、それは出来そうにもないんです。


鹿島さんは今でも、私の唯一無二。


私は、茶封筒に書類を入れると、頭を下げてから家へと入った。


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