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七、


「僕の彼女が、昆布のお菓子を探してて」


須賀の第一声で、なぜか鹿島はほっと胸を撫で下ろした。


(須賀くん、彼女いるんだ。知らなかった)


お互いにプライベートの話はしない。須賀には運転手兼、秘書の深水のサポートを頼んでいるが、運転中は鹿島が携帯で喋っているか、眠っているかなので、じっくりと話したこともなかった。履歴書は頭に入っているが、それには恋人の有無などは書いていない。


「昆布とは、珍しいね」


「渋いものが好きなんですよ。こたつとか抹茶とか」


「歳上なの?」


「いえ、歳下です」


須賀もまだ若いはずだが、と頭の中を探る。履歴書からいくと今は25歳くらいだ。


「若いね」


年寄りみたいな言い方だ、と思って、苦笑する。


「小梅ちゃんの方が若いですよ」


「そうなんだ、彼女は幾つなの」


「まだ18です」


鹿島は驚いて、仰け反った。


「若っ」


(うわ、まだ高校生か)


「ですよね。あの歳でもう働いているなんて、感心しますよ」


「高校生だろ。バイトとか、いいのかな」


「もう卒業してます」


「なら大学生か」


「大学は、行ってないんじゃないかな」


「じゃあ、高卒で働いてるのか?」


「……平日の昼間も入っているみたいだし、たぶん」


「若いのに、すごいなあ」


感心していると、須賀が昆布の菓子が三つも入れられたビニール袋をガサと音をさせて、助手席に置いた。


「彼女、この後も仕事入っているんですよ」


横に置いたカバンがバタッと倒れて、背もたれに立てかけ直していると、須賀が思いも寄らぬことを言った。


「え、今からか?」


腕時計を見る。閉店の時間の少し前だ。


「隣に喫茶店がありますよね」


「喫茶メープル?」


「はい。モリタが終わると、そっち移って日付け変わる前まで働いています」


「嘘だろ。それはすごいな」


小柄な身体に元気な笑顔。それを夜遅くまで続けているとはと思うと、頭の下がる思いがした。


「っていうか、須賀くん、小梅ちゃんに詳しすぎだろ」


須賀が「小梅ちゃん」を連発するので、うっかり自分も名前呼びをしてしまい、少しだけ照れる。けれどそれにはスルーで、須賀が言葉を続けた。


「あの後、結構モリタで買い物してるんですよ」


「……あの後って?」


「花奈さんの誕生日の日です。社長、花束作ってもらったって……」


「あの日?」


「それから次の週だったかな。サツキフラワーにカタログを選びに行かれたじゃないですか。その時に、飲み物を買いに行ったんです。ここら辺、自販機がないから」


「そうだったの?」


最初は、驚きだったはずだ。


「その時に小梅ちゃんと話したんですよ。その……花束についてお礼を言おうとして」


「ああ、そう」


どうして須賀くんがお礼なんか言うんだ、と思ったが、ふいっと横を向いて何とか気持ちをスルーさせた。


「花奈さんが、花束を気に入ってくれて、社長と上手くいくと良いんだけどって、そればかり心配していましたよ」


「…………」


須賀と小梅が自分が知らない時間を共有している。驚きだけだったはずの心が、またもやもやとし始める。


「小梅ちゃん働き者だし、いつも明るくて皆んなに好かれてて……すっごく良い子ですね」


「……そうだな」


鹿島は、胸に手を当ててから息を深く吸うと、車の窓から見える景色に、目を移した。


✳︎✳︎✳︎


「お疲れ様です。今日も暑いですねえ」


モリタに入る前にネクタイを緩めたのを見られたのか、小梅が声を掛けてくる。客がまばらでレジには多摩が入っているので、どうやら品出しに回されたようだ。惣菜コーナーをうろうろとしていると、小梅が隣に並んできて、少し驚く。


「こんばんは。今日も暑かったよ」


横をちらと見ると、ふふふと笑いながら、小梅も鹿島を見た。


「あんまり暑いんで、今、冷凍食品のところで涼んでました」


鹿島はその人懐っこい笑顔を、可愛いなと思った。


(ちょっと待て、可愛いなはまずいぞ。自分の歳を考えろよ)


頭の中で計算しなくても答えは出ている。そのくらい、ここ最近ずっと頭を占めていることだ。15歳の差は大きい、と。


(18歳から見たら、俺なんておっさんだよな)


花奈は、この前の誕生日で28歳になった。33の自分にも花奈の歳は丁度いいし、釣り合っているとも思う。


鹿島はそんなことをうだうだと考えながら、惣菜に手を伸ばした。


外食ばかりだった鹿島の夕食は最近、こうしてモリタの惣菜へと少しずつ移行している。


花奈と会う時はいつもスーツで食事なので、堅苦しい。こうしてネクタイも緩めてしまえば、首回りもとても楽になるのだということを、最近になって知った。


「あー」


残念そうな小梅の声に、鹿島は我に返る。


「惜しい。実はその隣のやつ、私が作ったんですよ」


手に取った春雨の隣には、ポテトサラダのパック。


「って言っても味付けは秋田さんですけどね」


「そうなの? じゃあ、こっちにしよう」


鹿島が、春雨を置いてポテトサラダを手に取る。


「え、良いんですか? 嫌いじゃないです? 玉ねぎ入ってますよ?」


そのきょとんとした小梅の顔を見ると、腹の底から小気味の良い笑いが上がってきて、鹿島は声を上げて笑った。


「ははは、玉ねぎは生なら食べれるんだ」


「普通、反対のような気がしますけど、ね」


「ポテトサラダは好物だよ」


「わあ、良かった良かった……」


良かった、をもう一度言おうとした時、小梅の頭の上に大きな手が乗った。


「あ、秋田さん」


「こ・う・め〜。俺の作った春雨を差し置いて、切って混ぜただけのお前のポテトサラダを勧めるとは。良い度胸だな」


後ろから白衣のエプロンをした秋田が、小梅の頭を押さえつける。


「ちょ、ごめんなさいっ。だって、ポテトサラダが売れ残ったら、私の責任になっちゃうから」


鹿島は、ぶふっと吹き出した。


「春雨も買うから、まあ許してあげてくださいよ」


「まったく、鹿島さんは小梅に甘めえんだからよ」


「わわわ、ほらあ、秋田さんのせいですよ。大切なお客さまに余計なお金を使わせちゃダメです」


鹿島はその言葉を聞いて、心に引っかかるものがあった。


(……大切なお客さま、か)


秋田が離れていって調理場へと戻る。


「この後も、仕事なんだって?」


「はい。須賀さんに聞きました? 私、掛け持ちしているんです」


「夜遅くに帰るの、危なくない?」


「大丈夫です。次のバイト先、隣だし。家もここから近いんです。あっという間に着いちゃうから、大丈夫ですよ」


「そうなんだ。頑張るね」


へへ、と、そうは高くない鼻を人差し指で掻きながら、小梅が言った。


「……私、超絶、貧乏なんで。だから、頑張って働かないと」


この時。


満面の笑顔で言った小梅の言葉が、鹿島の中にじわりと入り込んできた。


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