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29。


大同さんが声を掛けてくれて、私は心底、ほっとした。


パーティーは思っていたより、盛大で。盛大すぎて。


鹿島さんが知人に会うたびに、私を紹介してくれる。けれど皆んな、私なんて最初から居ないかのように無視をして、鹿島さんに話し掛けている。


そんな扱いをされると、私は自分が透明人間にでもなったかのような気になって、少しだけ傷ついていた。


無視されるという行為には、あまり慣れていない。私の、今までの学校生活や社会人生活は、周りの友達や職場の人に助けられて、とても幸福なものだったのだと身に染みて理解したほどだった。


たかだか小一時間くらいが、永遠のような時間にも思えた。


けれど、私は耐える。


鹿島さんに、バカみたいな迷惑は掛けられない。


履きなれないパンプスに足が締めつけられて、立っているだけで痛みがある。 立ち仕事には慣れているはずなのに。いつもはスニーカーだから楽勝なのに。


「小梅ちゃん、ここからだとテーブルの向こうからは見えないはずだから、パンプス脱いでいいよ」


だから大同さんが連れ出してくれて、そう耳打ちしてくれた時、私はほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます。実は足が痛くて痛くて」


小さな声でそう返すと、大同さんは苦く笑った。


「ごめんな、小梅ちゃん。あいつ、全然気づいていないみたいだったからな」


視線を鹿島さんに向ける。私もちらと目を向けると、鹿島さんは二人の女性に挟まれていた。


「たぶん、あいつ、小梅ちゃんを社交界デビューさせようと、必死になってんだよ。許してやってね」


「そんなことは……でもほんと、助かりました」


遠い目で、鹿島さんを見る。


側にいる女性は、二人。


一人は濃いブルーのドレスを着ていて、黒の小さなバッグを手に持っている。髪をひっつめて後ろで団子にし、スマートな体型が人の目を引いていた。


もう一人は、ボリュームのあるワンピースが可愛らしい、いかにもお嬢さまといった雰囲気だ。


二人とも、鹿島さんに届くくらいの背の高さがある。


「悪いなあ、小梅ちゃん。あいつ、金持ってるし有能だから、ああやって色んな人種が寄ってきちゃってだな」


「鹿島さんは皆さんに好かれているんですね」


「いやあ、好きかどうかってのは別問題だけどね」


ブルーのドレスの人が、鹿島さんにそっと寄った。


息が届きそうなその二人の距離に、私の心臓はぐっと掴まれたように痛んだ。


私はそれ以上、美人な女性に囲まれている鹿島さんの姿を見ていられなくて、視線をテーブルの上に戻した。


「小梅ちゃん、これ食べた?」


大同さんが、指差す。


「あ、はい。美味しかったです」


「じゃあ、俺も食べようっと」


「社長、こんなところで何やってるんですか?」


そこへ、スーツの男性が二人やってきて、大同さんに声を掛けてきた。


(そうか、大同さんも社長さんだって言ってたっけ、)


慌ててパンプスを履こうとすると、大同さんがこいつらは大丈夫、と言って、邪険そうに手を振った。


「おい、邪魔すんな。見りゃわかるだろ。今、ナンパの最中だから」


私はその返しに、ぷっと吹き出して笑った。


「社長はいっつもナンパしてんだからー」


「この人、いつもこんな感じなんっすよ」


二人の男性が、私に向かって話し掛けてくる。


「俺の部下」


大同さんが言うと、「偉そうにして」と反撃される。


「偉そうって、当たり前だろ? 俺、社長だもん」


「だもん、て‼︎」


「社長って言っても実権は、波多野さんが握ってるじゃないですか」


「うるせー」


そんなやりとりを見ていると、大同さんがどれだけ部下の人に愛されているかがわかる。


「ふふ、大同さんは会社でもこのまんまなんですね」


そう言うと、二人の部下の人が笑った。


「表裏ないんすよ、この人」


「でも、腹は黒いっす」


そして、遅れて大同さんの部下の方が、もう一人合流した。


「波多野さん、こっちこっち。今、うちの会社の実権は波多野さんが握ってるって、話してたとこですよ」


「おいおい、俺をその気にさせて、陥れる気か」


「波多野、定年までは安泰だと思ってたら、大間違いだぞ」


「なんだよ、俺を派閥から追い出そうとしているな?」


苦笑いの波多野さんは、大同さんとは友達のように軽い口調で話している。


少しの間そこで談笑し、最終的には部下に褒められまくって大照れの大同さんが、俺は腹が減ってるんだ、料理を食うぞ、と私を促してくれた時に。


つられて笑いながら、私はテーブルの上の大皿に綺麗に並べてあった、クラッカーに手を伸ばした。


そして手で。掴んでしまった。


それはエビとアボガドが乗っていて、とても美味しそうなカナッペだった。


それをパクリと口に入れる。


「美味し、」


ははは、声がして顔を上げる。言葉をやめて、視線を泳がせると、テーブルを挟んだ向こう側に、こちらを見ている二人の女性と一人の男性がいるのが見えた。


「やあねえ」


「ほんと」


くすくすと、笑い声。私を見て、笑っている。


最初は。彼らが何に笑っているのか、わからなかった。


私が「?」を頭の上に浮かべていると、「ねえ見た? 手で食べたわよ」との言葉が耳まで届いた。


途端に、かあっと顔が熱くなった。


大皿をよく見ると、三角形の平たいスプーンが側に置いてあり、それを見て私はようやく理解したのだ。


くすくす笑いは、続いている。


そこでようやく私は、さっき鹿島さんが私を紹介して歩き回っていた時、私をじろじろと見ていた三人だということに気づいた。


彼らはさっきも今と同じような嘲笑を浮かべていたので、きっと私はその時も、何かをやらかしていたに違いない。


(鹿島さんに、恥をかかせちゃったな……)


慌ててパンプスを履く。


もぐもぐと口を動かさないように咀嚼していたクラッカーに、何の具材が乗っていたかなどはもうわからない。味覚は奪い去られ、聴覚だけが神経を研ぎ澄ましていく。


頬が上気して、真っ赤になっているような気がした。


私は、俯いた。


大同さんと部下の人たちとの話は続いている。


時々は、私に話を振ってくれるけれど、笑って頷くのが精一杯だった。もう何も喉を通らない。


私はその日。


鹿島さんが腕を引っ張って、この場から連れ出してくれなかったら、きっとその場で泣き出していたに違いない。

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