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六、


「それはすげえな」


焼き鳥を串ごと咥えながら、大同だいどう たくみは言った。


「普通、そこまではやらないだろ」


鹿島は生ビールを飲み干すと、手を上げて店員を呼んだ。


「生中、もう一つですね」


店員が去ったのを見て、鹿島も焼き鳥を手に取った。


「だろ。家まで運んでやるんだぜ。そんなサービスなんてあるか?」


「無いな」


大同の即答に、そうだよなと畳み掛けると、それで満足して、焼き鳥をほうばった。


大同は、焼き鳥が塩かタレかでいつも揉める、長い付き合いの悪友だ。


大同とは、このような安い居酒屋でも楽しく呑むことができる。商売相手や競争相手などと呑む機会の多い鹿島にとって、大同は心の許せる友の一人だ。


「心が澄み切ってるな」


大同が、綺麗にさらえた串を串入れに突っ込む。


「ああ? どういうことだ?」


鹿島が、同じように串を突っ込むと、大同はすかさず次の串を掴んだ。


「おい、それ、俺の塩だぞ」


「たまには違うのがいい」


「だったら、頼めよ」


「んー」


すでに口の中で咀嚼されている塩を早々に諦めると、反撃と言わんばかりに、大同の皿からタレを掴む。


「俺らと違って善人、ってことだよ」


「ああ、そうだな……って、待て待て。お前は悪人だが俺は善人だからな」


「花奈さんは?」


突然、恋人の名前が出て、少しだけムッとする。


「……花奈は善人だよ」


「金をむしり取られているのにか?」


「人聞きの悪い」


「本当のことだろう? あれ、見たぞ。チョーカーだっけ? コラボのやつ。お前、奮発したなあ」


「金額はいいんだ。たいして気にしていない。大同、花奈に会ったのか?」


「キタヤマの創立記念パーティーでな。めちゃくちゃ、見せびらかしていたぞ」


「ああ、そうだった。そういえば、着ていくドレスも買わされた。グリーンのだ」


店員が生中を運んできて、無造作に置いていく。鹿島はジョッキを持つと、喉へと冷えたビールを流し込んだ。


「不憫なやつ」


「うるさい」


「お前と婚約してると言いふらしているぞ」


「まあ、いつかそうなるだろうな」


「はああああ、」


大同が大袈裟に溜め息を吐く。


「お前が結婚するとはなあ」


「……結婚、か」


花奈なら申し分ない。取引先の令嬢だ。この先、商談にも有利になるし、美人だし有能とも言える。欲しがるものを買い与えておけば、そこそこ機嫌もいい。金はかかるが、妻として置いておいても、邪魔にはならないだろう。


「邪魔にはならない、ってな‼︎ お前、愛はないのかあ、愛は?」


随分とビールが進んで、酔いが回った大同を見るのは、まあ楽しい。けれど、花奈や花奈との結婚の話は、あまり乗り気にはなれない。


鹿島は、話題を変えようとして、回らぬ頭の中を探った。すると頭の中に、小梅の笑顔が浮かんだ。


鹿島が再度、小梅のことを話そうと顔を上げると、大同は腕組みをしたままゆらゆらと舟をこいでいた。


✳︎✳︎✳︎


「こんばんは。お疲れ様でした」


カゴを置くと、すかさず笑顔を寄越してくる。小梅の笑顔を見ると、疲れが吹っ飛ぶどころか、いつもは抑え込んでいる「疲れた」の言葉が、ついつい口から出そうになるのだ。


今日も疲れたよ、と言いそうになり、鹿島は慌てて、にこりと弱々しい微笑を浮かべた。


「……こんばんは」


「お疲れですね。ゆっくり休んでくださいよ」


小梅がてきぱきとカゴからカゴへと商品を移動する。


最近、このスーパー モリタに寄る時は惣菜を買って帰ることが多くなった。


ビールばかりではと思い、一度、肝の生姜煮をつまみに買って帰ったのだが、これが予想以上に美味しく、それ以来ビールとつまみの組み合わせで購入している。


「枝豆とビールの組み合わせが、身体に良いらしいですよ。健康にも気をつけなきゃ」


小梅のアドバイスで、枝豆にも手を伸ばすようになった。


「うちのシェフの秋田あきたさんが作るんですけど、ちょっと美味しいでしょ」


小梅が笑う。すると小梅の後ろで、仁王立ちになっている秋田が、小梅の頭を小突く。


「おい、ちょっと美味しいでしょ、とかバカにしてんのか」


小梅の言い方を真似して、笑いを取る。秋田は体格の良い、中年の男だ。どこかの日本料理の店に勤めていたが、リストラに遭い、ここへ来たという。


「小梅、惣菜タッパーに詰めといたから」


「いつもありがとうございます‼︎ 秋田さんの料理は世界一ですよ」


「まったく……調子良いな」


そんなやり取りを見ながら、鹿島は財布から紙幣を出す。小梅から釣り銭を受け取ると、ありがとうと言って、カゴを持った。


(惣菜がいつのまにかビニール袋に入れてあるんだよな)


パックの蓋はきっちりと閉まっているので、惣菜の汁がこぼれ出ることはない。けれど惣菜を買った最初の時、パックが横になるとビールが汚れるか、と呟きながら鹿島がパックの向きを直してからは、必ずビニール袋に入れてくれるようになった。


(まだ若いのに、よく気がつく子だ)


ある日、小梅が言った。


「マイバックって、お持ちじゃないですか?」


「いや、そういうものは……」


「毎回、5円お支払いただいていて、申し訳ないなって思って」


「いや、そんなことは別にいいよ」


「バッグをお持ちいただくと、スタンプカードにスタンプを押していて。20個揃うと、100円の割引か、マイバッグを差し上げているんですよ」


「そうなんだ」


鹿島が関心を持てずにいると、後ろから店長がひょこっと顔を出してきて、「鹿島さん、これどうぞ」と袋を差し出してくる。


「いやいや、だめですよ」


鹿島が断ると、店長が袋をばりっと開けて、中からエコバッグを取り出した。


「もう20個くらい溜まっているでしょ。最近、よく来ていただけるから。どうぞ、使ってください」


「いや、でも……」


鹿島が遠慮すると、小梅が笑って言った。


「鹿島さん、貰っちゃった方が良いですよ。だって、店長めちゃくちゃ頑固だから。貰うまでしつこく付きまとわれますよ」


「なんでよ、小梅ちゃん。それじゃあ、僕がストーカーみたいじゃない」


鹿島が、ぷっと吹き出して「じゃあ家まで追っかけられないように、いただいておくよ」と言う。


わはは、と笑い合ってから、次のお客に代わる。主婦の買い物だと分かるほどの、山盛りのレジカゴだ。


「ちょっと店長さん、私にもちょうだい」


直ぐに、小梅が割り込んできた。


「スミコさんはスタンプ集めてよ。それにいつも溜まっても、100円引きの方を選ぶじゃない」


「マイバッグ欲しいんだけど、いつも現金に目がくらんじゃうの」


「じゃあ今度はマイバッグをごり押ししてあげるから」


「うん、次の時は小梅ちゃんが説得して」


そんな会話を背中で聞きながら、鹿島が貰ったマイバッグに買ったものを詰めていると、自動ドアから須賀が入ってくる姿が目に入った。


「社長、皐月さんが帰りに寄って欲しいと」


「車まで呼びに来たのか? 珍しいな」


サツキフラワーの前の路肩に駐車しているので、軽く声を掛けれる距離ではあるが、皐月からは事前の電話連絡が多く、こうして声を掛けてくること自体、今までにあまり無かった。


鹿島が、マイバッグに最後の商品を放り込んでから須賀を見ると、須賀はひらひらと手を振っている。


「須賀さん、こんばんは」


小梅の声に驚いた。須賀が、すかさず返して「こんばんは」と言う。須賀が急ぎ足で入ってきたのもあり、小梅が話し掛けていいのか迷った素振りを見せると、今度は須賀が声を掛けた。


「小梅ちゃん、あれ見つかった?」


鹿島は驚いた様子で、二人を見た。


小梅が腰を折って、レジのカウンターの下に手を伸ばそうとすると、須賀が慌てて手で制した。


「あ、今度でいい。それまで置いといて。近いうちにまた寄るよ」


「はーい」


鹿島はきょとんとしながら、二人のやり取りを聞いていた。須賀が鹿島からマイバッグを奪って、立ち去ろうとする。路駐の車を離れることに気を取られているのか、さっさとドアから出て行ってしまった。


鹿島はその後ろを追って、須賀に追いついた。


「ちょっと、須賀くん。どうしてその、小梅、さんと?」


「え? 何ですか?」


通りを横切ろうとして、車が来ないかをキョロキョロと確認している。


「須賀くんは、ここに買い物に来るの?」


「え、ああ。はい。時々」


車が途切れた合間を見計らって、二人は通りをさっと横切った。


「皐月さんが、もうすぐ閉店だからって、急いでみえて。直ぐに行っていただけませんか」


訊きたいことは山ほどあったが、鹿島はそう促されて、サツキフラワーへと足を向けた。胸の中がもやもやとして、もう一度振り返ると、須賀は運転席に乗り込んでドアをバタンと閉めた。


(……親密そうだったな)


サツキフラワーのドアの前に立つ。ドアが開くと中から出てきた冷房の冷気にふわっと包み込まれると、鹿島はようやく落ち着きを取り戻したような気持ちになった。


(須賀くん、いつのまに……)


落ち着きは取り戻したが、心の中は一向に晴れなくて、皐月が出してきたカタログのページも話の内容も、頭に入ってこなかった

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― 新着の感想 ―
[良い点] ご自身で代表作に挙げていただけあって、とても良い作品ですね。 充実感が、文章や人物の奥行きから感じられます。 まだ、出会いの序盤ですが、続きがとても気になります。 それに、スーパーの雰…
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