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16。


(どうしよう、電話なんて……できないー‼︎)


名刺はエプロンのポケットに入っている。


ちら、と見る。サービスカウンターの横。業務用の電話。


(携帯ないからって不便と思ったことはなかったけど……これはもう拷問だあ)


お客さんが来る。商品をレジに通す。お釣りを渡すと、またちらっと電話を見る。


店長に頼めば、電話くらい貸してくれるのはわかっている。けれど、何を話して良いのかまるでわからないし、お詫びをしたいと言っていたのだからそれを請求しているみたいで、何となく掛けづらい。


(でも、必ず連絡をしてくれ、と言っていた)


電話が来るのを待ってるのかも、大きな溜め息が出た。


「……須賀さん、来てくれないかなあ」


「小梅ちゃん、どしたの?」


正木さんが、よいしょっと言いながら、レジカゴをカウンターへと乗せた。


「ま、正木さん、こんばんは。カゴ重いんだから無理しないでね。私に言ってくださいよ」


手を素早く動かして、商品をレジカゴへと移動する。


「なんか元気ないみたいだけど」


「ええー、そんなことないですよ」


「なんか悩んでるの?」


「そんな風に見えます? 悩みなんて、なんもないですよっ。てか、今日もたくさん買ってくれてありがとうございます」


にこっと笑うと、正木さんが足りるかしら、と言いながら一万円札を出してくる。


「ありがとうございます」


お釣りを渡し、レジカゴを荷台へと運ぶと、いつも通りレジ袋に商品を入れ始めた。


振り返ると、多摩さんの姿がないので、大きな声で呼ぶ。


「じゃあ、正木さん、行こうか」


二つの袋を両手で持つと、その時、はたと気がついた。


(あ、行ってる間に須賀さんが来たらどうしよう……)


私は焦って、もたもたとしている正木さんを促した。


「さあさあ、行きますよ。いってきまーすっ」


スーパーの前を通り、交差点に出る。歩行者用の信号がちかちかと光り出して、私は思わず走り出しそうになった。


「小梅ちゃん、危ないわ」


その言葉で足が止まった。振り返ると、少し後ろでふうふうと正木さんが背中で息をしていた。


はっとした。


「ご、ごめんね。急ぎ過ぎちゃったね」


「ふうふう、今日は何か用事でもあるの?」


赤になった信号を見る。目の前を何台も車が通り過ぎていく。ガガガッと大きな音を立てて猛スピードで走っていく大型トラック。


(何やってるんだ、私……正木さんを危ない目にあわせるとこだった)


「別に用事とかはないの。ごめんね、ゆっくり行こう」


赤信号から目を離し、正木さんを見る。その目に、おばあちゃんの顔が浮かんだ。


「小梅ちゃん、いつもありがとうね」


正木さんが、にこっと笑う。


自然と笑みがこぼれた。


✳︎✳︎✳︎


「もー……須賀さんもこんな時に限って全然来ないんだからあ」


下を向いて、呟く。


相変わらず、ちらっと業務用電話を見ては、溜め息をこぼしている。


「連絡してくれって言ってたのに、連絡しないって、どういう女だよって思われてるかなあ」


(それに最近、買い物も来てもらえないし)


「はあああ……怒ってるかも」


「ああ、怒ってるぞ」


背後で秋田さんの声がして、私は背筋をぴんっと伸ばした。


振り返って見ると、秋田さんが腰に手を当てて仁王立ちで立っている。


「あ、秋田さん、どうしました?」


「どうしました? じゃねえ。そのポケットに入ってるもん、出せ」


私はエプロンのポケットを条件反射のように、手で押さえてしまった。


「いやいや、これは……」


「俺がかけてやる」


名刺をもらったということは、すでにみんなに知れ渡っている。


私は片手でポケットを押さえ、もう片方の手をかかげながら、言った。


「ややや、いいですいいです。どうぞ、気になさらず……」


「いやもう気になって仕方がねえ。早くスッキリしてえんだよ。ほれ、貸してみろ」


「秋田さんが気にしてどうすんですかあ。これは私が貰ったんですよっ」


「ドヤ顔すんな」


ビシッとデコピンを食らわしてくる。


「痛いっ」


痛みの走ったおでこを両手で押さえると、秋田さんはその隙にポケットに手を突っ込んで名刺を引っ張り出した。


「あ、ちょっとお」


名刺を持って、サービスカウンターへと向かう。


私はおでこを押さえながら、秋田さんの後を追った。


「秋田さんっ、電話なんてしなくていいですよっ‼︎ さ、催促してるみたいで嫌なんです」


「だってよ、お前があんまりにも、ふわふわしてっから」


業務用電話に手を伸ばす。


「す、須賀さんに訊いてみるからいいですってば」


くるっと私に向き直った秋田さんは、わかった、と言って名刺を返してくれる。人が嫌がることはできない秋田さんの性格を知っているから、そして外面は強面だけれど、実際は心優しいことも知っているから、私は苦笑しながらも言った。


「心配してくれてありがとうございます。ちゃんと須賀さんに携帯を持っていないのでって伝えてもらうことに決めていますから」


「……そうか?」


「大丈夫です」


「じゃあ、いいけどな」


「仕事もちゃんとやりますよ」


秋田さんはまた両手を腰に当てて仁王立ちすると、「そりゃ当たり前だ」と言い切った。


その『本人にとってはキメ顔』がちょっと癪に触ったので、「それにしても秋田さん、デコピンはDVだし、エプロンのポケットに手を入れるのはセクハラですからねっ」と言って、秋田さんをわなわなと怒らせてからレジへと戻った。


その後、須賀さんは待てども待てどもモリタへは来ず。


ついに、買い物に来てくれた鹿島さんに、直接携帯を持っていないことを話す羽目になった。


鹿島さんは、驚いたのだと思う。


今どき、携帯を持っていない子がいるんだって、青天の霹靂くらいの衝撃があったのだと推測される。


鹿島さんが買い物の時、いったんは荷台へと背を向けて行った時、私は少しだけ悲しくなってしまった。


携帯くらい持てよって思われたかなあ、とか考えてしまって。


けれど、仕方がない。お余計なお金は使えないのだから。


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