四、
「遅くなって、すまなかった」
大幅に遅れたことを詫びると、花奈は笑いながら「良いですよ、大丈夫です」と言って、片手で持っていたワイングラスを少しだけ掲げた。グラスには白ワインが注がれていて、底まで数センチのところでゆらゆらと揺れている。
ふわっとワインの香りがしたが、花奈から香っているのか、ワイングラスから香っているのかはわからない。
「誕生日、おめでとう」
花束を渡す。
すると花奈は、笑顔で喜んだ。
「素敵なお花、わたくし、カラーは大好きなの」
笑顔がさらにほころぶ。その顔を見て、鹿島は良かった、と胸をなでおろした。
「カラーの花言葉は、華麗なる美、ですね。嬉しい」
(え、あ、そうなのか?)
言葉に出そうになったが、すんでのところで抑えた。
(知っていて、彼女はこれを選んだのだろうか……)
確かに花奈は『華麗なる美』に相当する。その彫刻のように美しい高い鼻のラインを、鹿島は気に入ってもいた。
花束を抱き直して、その香りをかぐ。桜色のワンピースが、カラーのホワイトを際立たせ、豪華なラナンキュラスの花と花奈のリップの色とが揃っていて、鹿島は少しだけ驚いた。
(……偶然だろうけど、花奈にとてもよく似合う)
小梅の笑顔が目に浮かんだ。
「ありがとうございます」
花奈が礼を言いながら、キッチンへと入る。シンクのたらいに水を張ると、そこに花束の茎を入れて、横たえた。
それを見て、鹿島が「花瓶を、」と言う。
残りのワインを飲み干すと、「明日、やります。それより……」
鹿島の方へと振り返って、満面の笑顔で言う。
「買ってくださいました?」
「え?」
何のことか分からず、花奈を見た。花奈の笑顔が一気に色を失っていく。
「もしかして、お忘れですか?」
シンクの中の花束に気を取られていたからか、直ぐには気づけなかった。あまりの花奈の悲愴な声に、鹿島はようやく約束を思い出して、カバンの中に入れていた紙袋を引っ張り出した。
「い、いや、忘れていないよ。忘れるはずがないだろ」
ワンピースの胸元に押しつけるようにして渡す。
受け取ってから中を見ると、花奈は、わあっと声を上げて喜んだ。
「良かった。てっきりお忘れになったのかと……」
中から小箱を取り、紙袋をテーブルの上に投げる。リボンを引っ張って取ると、床にするすると落ちていった。
「……可愛い」
うっとりした声。花奈は鹿島へと極上の笑顔を投げると、中からチョーカーを出して近づいてくる。
「つけてくださらない?」
鹿島がチョーカーを受け取ると、くるりと、軽やかに後ろを向く。髪をかきあげると、白く滑らかなうなじがあらわになった。
鹿島は花奈の白い肌を気に入っていた。日焼けの名残りの欠片もない、雪のような白さ。そこへ唇を這わせていくと、極上のデザートでも味わっている気分になれた。
「早くしてください」
拗ねた声が鹿島の耳に届く。
言われるままに、チョーカーをぐるりと回すと、後ろのホックを繋いだ。
花奈は、すかさず玄関へと歩いていく。姿見の鏡の前で、身体を斜めにしたり腰を折ったりして喜んだ。
「やっぱり似合いますわ。要さんも、そう思いません?」
確かに花奈の白い肌に、ゴールドとダイヤはとてもよく似合っている。
(美人だ……)
いつもそう思う。
(けれど、今日は、)
小梅たちが作ってくれた花束の方が似合うような気がして、そしてどうしてそんな風に思うのだろうと、苦笑する。
花奈が、鹿島の元へと戻ってくる。
「ねえ、要さん。これとお揃いのリングがあるのだけど」
鹿島へと抱きついてきて、背中に腕を回してくる。
「いいよ、買おうか」
「ありがとう、要さん、大好き」
寄せてくる唇にキスをした。