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三、


重そうな足取りで、鹿島が戸惑っているのに気づいたのか、小梅が振り返って手招きしてくる。


「どうぞどうぞ、ちょっと見てみてください」


そこには青いバケツに入れられた、色とりどりの花。ビニールのラッピングフィルムに二、三本で包んであり、値札には『特売』498円とある。


(……ああ、やっぱりフラワーショップには劣る)


ショボイな、率直にそう思った。断って、すぐに退散した方が良い。けれど、背中を丸めて花を選ぶ二人に声をかける事が出来なかった。


「これなんて、どうでしょう」


小梅が数本、バケツから引き抜く。


花に疎い鹿島でも知っている、有名な花だ。


「カラーですが、」


そして、さらに数本。


「オレンジのガーベラと、」


重ねると、白とオレンジが混ざり合った。


(悪くはないが……カラーの茎が長過ぎるし、色合いも子どもっぽい)


茎の短いガーベラと茎の長いカラーが、ノッポとチビのように不釣り合いだ。


(やはり、期待できないな)


鹿島が断りの言葉を頭の中で考えているうちに、小梅がさらに数束、ガーベラを引き出した。けれど、その手は途中で止まった。


「そういえば、彼女さんはどんな印象の方なんですか?」


「え、」


気がついて辺りを見渡すと、さっきまでそこにいた店長はどこかへ行ってしまって姿は見えない。


「可愛らしい方ですか? それとも美人さんですか?」


小梅が腰を折ったまま、見上げてくる。


(花奈のイメージ……?)


鹿島は、花奈を思い浮かべた。誕生日である今夜は、きっと着飾っているはずだ。


「っと、一言で言えば……」


視線を戻すと、小梅と目が合った。


小梅の見上げてくる瞳は、吸い込まれそうなくらいに黒、だ。


「ご、ゴージャス?」


語尾を上げて、自分にも問う。咄嗟に出てきたのは、その言葉のみだ。


「わあ、素敵」


にこっと笑って、引き抜きかけていたガーベラを持っていた手を戻す。


「それならガーベラより、このラナンキュラスの方がボリューミーですね」


「そ、そうだな」


薄ピンクの大ぶりのラナンキュラスを白いカラーに重ねると、花嫁の持つブーケのようになり、鹿島はへえ、と意外に思った。


「予算がアップしちゃいますけど……」


カラーとラナンキュラスを束ねていくと、結構なボリュームの花束になった。鹿島はこれはなかなかの物だ、と感心した。


「予算はいいのだが……」


「じゃあ、緑も入れましょう」


そこへ緑の葉っぱを追加する。


鹿島は正直、緑の葉は無い方がシンプルで良いんじゃないかと思った。


小梅は持っている花の束をくるくると回しながら、色々な角度から見て、「あ、緑は無い方が良いかな」と言って、葉を下ろした。


「緑って、絶対にあった方が良いんじゃないかって思ってたから、意外……」


ぶつぶつと独り言を言いながら、ビニールのラッピングフィルムを剥がしていって、一つにまとめる。


「小梅ちゃん、これ」


いつの間にか戻ってきた店長が、ハサミを差し出す。小梅はカラーが入っていた青いバケツの中に茎を入れると、水の中で茎を揃えて斜めに切った。


その切り口に濡れたキッチンペーパーとホイルをまとわりつける。すると、花嫁が持つブーケのように豪華な花束ができた。


「これで、どうですか?」


「うん、すごくいいのが出来たね」


鹿島が感心しながら言うと、小梅は笑顔を見せた。けれど、直ぐにそれを曇らせる。


「でもどうしよう、ラッピングが……」


鹿島はビニールのラッピングフィルムだけでも良いと思ったが、小梅は真剣な顔で、キョロキョロと周りを見渡している。その度に黒髪が頬を滑っていき、鹿島は不思議にもそれから目を離せなかった。


(いまどき、黒髪なんて珍しい、な)


花奈の顔を思い浮かべる。つけまつ毛、カラーコンタクト、デコレートしたネイルチップ。メイクは濃く、唇もレッドだったりピンクだったり、その日の気分によって変わるらしい。


(それに比べたら……)


小梅のこの質素な顔。いや、違う。メイクが薄いだけで、実際はそんなに悪くない顔立ちだ。


「あ、そうだっ」


急な声に、鹿島は小梅の視線の先を追った。


「店長、これいただけませんか?」


冷蔵の果物コーナーに置いてある、果物の籠盛り。見舞いや供え物として連れていかれる果物たちが、籐で編んだカゴに所狭しと盛りつけてある。取っ手の部分には大ぶりのピンクのリボンが、巻きつけてあった。


「いいよ、いいよ」


店長が、良いもの見つけたねえ、と言いながら、リボンを外していく。


鹿島は「そんな、だめです。そこまでしなくても、」と慌てて声を上げた。


「小梅ちゃん、これどうかな? 使える?」


いつの間にか、奥の部屋から出てきた年配の女性が、白いレースの紙ナフキンを差し出した。


多摩たまさん、ありがとう。これ、使えるよ。ねえ、こんな感じでどうかな?」


小梅は受け取ったレースの紙ナフキンで茎を包んだ。生活感のあるホイルの銀紙が上品なレースの柄に包まれて隠され、花束の茎の緑色に映える。


「ラッピングは無しで、このままリボンで巻いて」


店長に渡された果物の籠盛りに使われていたリボンを巻くと、白とピンクで統一された、ボリュームのあるブーケが出来上がった。


「これ、は……」


小梅のデザインセンスにも驚かされたが、店長と多摩という女性の好意も嬉しかった。


「どうでしょうか?」


おずおずと差し出された花束は、洗練されたデザインではないが、上品にまとめ上げられていて、鹿島は心底感心した。


(仏壇の花をつかまされるかと思ったが……)


花束を受け取る。


(これなら、花奈も喜ぶだろう)


そんな思いが顔に表れていたのか、小梅が笑顔で言った。


「彼女さんに喜んでもらえると良いですけど」


「そうだな。これなら喜ぶと思うよ。本当に、ありがとう」


鹿島は身体の底から、じわっと温かくなる思いがした。


ラッピングに使った果物の籠盛りや手間賃をと言う鹿島に、店長は花代であるカラーとラナンキュラスの代金だけを受け取り、あろうことかスーパーの外にまで出て見送ってくれた。


そしてその時。


「あ、ちょっと待ってくださいっ」


小梅がエプロンのポケットから一枚のバンドエイドを取り出し、花束を持つ鹿島の人差し指にペタリと貼った。ついさっき、書類の山から契約書を引っ張り出した時に切った傷だ。


自分でも忘れていたが、滲んだ血が固まっていて、もう痛みはなかった。


小梅を見ると、「……痛そうだったので」と、くしゃっと顔を歪ませた。


「ありがとう」


胸の奥から、湧き上がってきた素直な言葉だった。


店長の後ろへと回り、遠慮がちに頭を下げる小梅。


鹿島はそっと手を振った。


(……ありがとう)


ラナンキュラスの香りがふわりと香ってきて、鼻腔をくすぐっていく。


もう一度小梅を見ると、小さく手を振り返してくれている。遠慮がちに、けれど嬉しそうな笑顔で。


その姿をずっと見ていたい思いに駆られたが、パァッとクラクションが鳴らされてタイムリミットを知ると、鹿島は車の方へと走った。


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