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二十七、

(それにしても良かった)


カチカチとボールペンを親指で鳴らす。


(あんな風に、子供みたいに泣くなんて。いや、まだ子供なんだよ。わかっているのか?)


指の上でボールペンをくるりと回転させ、カチカチ。


(わかってるよ。それでも、好きなんだ。あの笑った顔、可愛すぎるだろ)


カチカチカチカチ。


「鹿島あ、鬱陶しいからヤメロ」


大同が横から言う。鹿島は隣に座る大同へと目をやると、また戻して、ボールペンをくるりと回した。


カチカチカチカチ。


「晴れて付き合うことになったんだろ。それなのになんでそんなイライラしてんだよ」


分厚い書類をカバンにごっそりと突っ込みながら、言う。


「イライラなんてしてない」


「じゃあ、あれか? ウキウキか?」


「ふん、まあね」


「まあね、じゃねえ。そわそわすんな」


「ふふん」


「おい、おっさん。キモいぞ」


会議室では小規模の打ち合わせが終わり、今は大同と二人きりだ。


大同は呆れながらも、心配顔を寄越してきた。


「なあ、あれ、どうすんだよ?」


「ん? なんだ?」


「忘れたのか、今度の10周年記念パーティー」


「河瀬のとこのか。ああ、参加するぞ」


「そうじゃねえ。あれ、パートナー同伴だっただろ?」


「あ、ああ。そうだったな」


「小梅ちゃん、連れていくのか?」


大同がさも言いにくそうに、唇を片方だけ上げている。


「考えてなかった」


「花奈さんとこは来ないから、連れてってもいいとは思うが」


「ん、そうだな」


「でも、なにかしら言われるのは目に見えてるぞ」


大同は、「なにかしら」と表現したが、言われる内容は想像できた。


「まあ、なんとかなるだろ。それより、今日はもう終わりか? 飲みに行けるか?」


「俺が今日出した条件を飲んでくれるんなら、お供するけどな」


「バカか、あんな無茶苦茶な要求、飲めるわけないだろ」


「じゃあ、お前とは金輪際、飲まないもんねー」


「もんねー……じゃねえ。ほら、行くぞっ」


胸に去来した少しの不安と翳りを打ち消すように、鹿島はカバンを手に勢いよく会議室を出た。


✳︎✳︎✳︎


「え、パーティーですか?」


小梅がキョトンとした顔を向けながら、細長いスプーンを口に入れた。


「うん、ちょっとだけでいいんだ。ついてきてくれないかなって」


「で、でも、服とかないし、それに私ほら、マナーとかわかんないですし……」


小梅の唇のふちに生クリームがついている。


鹿島はそれを、ぼーっと見ていた。


「小梅ちゃんが嫌なら無理強いしないから……」


小梅の前には細長いガラスの器に入った、苺パフェが置かれている。このパフェは、小梅が遠慮するのを鹿島が無理矢理に押し通して注文し、小梅に食べさせているものだった。


(だって、あんな話聞いたら、対抗したくなるだろ)


久しぶりにカフェで待ち合わせし、意気揚々とデートに臨む。


「小梅ちゃん、なに食べる」


「どうしようかな……あ、これすごいですね‼︎」


指をさしたのは、苺パフェやチョコレートパフェだ。


「これぞ、パフェって感じのパフェですねえ」


小梅が軽い興奮を見せたので、鹿島は「食べたかったら、それにしたら?」と言った。


すると、小梅が笑顔で、いいですいいですと両手を上げて、断る。


「私、こういうザ・パフェっていうのに小さい頃から憧れてて。一度は食べてみたいなって話したら、メープルの隼人さんが、じゃあって作ってくれて。メニューには出してないんですけど、こんなん、作ってもらったことがあるんです」


両手で、パフェの高さを作ってみせる。


ちりと、胸に痛みを感じた。自分の顔の表情筋が、引きつるのを感じる。慌てて、鹿島は言った。


「そ、そうなんだ。それは良かったね。でも、これ美味しそうだし、食べたら?」


鹿島は、苺パフェを指差した。


「こんな大きいの、一人では食べれませんから。私、クリームソーダにします」


隣を指差す。値段は半分以下だが、アイスクリームが乗っていて、美味しそうだ。


けれど、鹿島は下らない嫉妬から抜け出せなかった。


「俺も食べるし、これにしなよ」


「半分こですか? じゃあ、そうします‼︎」


嬉しそうな顔を浮かべる。


バカみたいだが、やった勝った、と思った。


(いやいや、バカじゃないし。ヤキモチだろうがなんだろうが、そりゃ俺だって小梅ちゃんの食べたいもの、食べさせてやりたいよ)


そして、苺パフェが運ばれてきて、小梅がわくわくとしながら長いスプーンを握りしめている、という状況だ。


気がつくと、その手が止まっていた。


「あ、本当に気にしないで。パートナー同伴って言っても、別に男同士でも良いんだ。大同でも連れていくし、須賀くんでも良いんだから」


「え、須賀さん?」


「ああ、須賀くんは運転とかしてもらっているけど、普段は書類を作成したり、ちゃんと会社の事務もお願いしているんだ。だから、まあ部下、ってことで連れていけるし、だから、無理しては……」


「ん、そうですね。私が行ってなんかやらかしちゃうより、須賀さんに行ってもらった方が、」


「君はやらかす、なんてことしないよ。小梅ちゃんはきちんとしているし、君のおばあさんがちゃんとそういうとこ、きちんと育ててみえたんだなって、わかるくらいだし。小梅ちゃんはどこに出しても恥ずかしくない子だよ」


言ってから、わあああ俺、親戚のおじさんかと思い、鹿島は苦笑した。


けれど、小梅ちゃんは俯いて、頬を染めている。ぱく、とスプーンを咥えた唇が、少しの間をおいて、ありがとうございます、と言った。


「洋服は用意するし、俺がずっと側についているから大丈夫だとは思うけど、強制はしたくないから、少し考えてみてくれないかな」


「は、はい」


「ありがとう」


鹿島はにこっと笑って、その話題を一旦横へと置いた。


「そういえばチョコブラウニー」


「はい」


パフェを半ばまで食べ進めた頃、話を切り出した。


「美味しかったよ」


「良かった、ありがとうございます」


「お店で売っているやつみたいだった」


「うふふ、売っちゃおうかな」


パフェの生クリームをパクッと食べる。苺は好物なのか、全て横によけてある。そんな仕草を見て、そして小梅が美味しいを笑顔で連発させるのを見て、鹿島は思った。


(ああ、やばい、幸せだ)


心が。


凪いだ湖面のように、静かだった。

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