二十五、
『こんにちは。小梅です。先日は、お付き合いくださって、ありがとうございました』
堅苦しい文面が、胸に刺さった。この前の別れ方を思い返せば、メールの内容も自分にとって都合の良いものとは到底思えず、鹿島は覚悟を決めてから、メールを開けた。
(やっぱり、そういうことなんだろう)
プレゼント、スマホ、デート、どれに関しても、良い感触も手応えもない。
(仕事の話なら、直ぐに次の手を打つことができるのに)
事実だった。
鹿島の手腕は業界ではトップクラスと噂されていた。飴と鞭を使う手法に、新たに事業を興そうとしている若手の実業家の卵からもカリスマと崇拝され、講演会の依頼も殺到するほどだ。
鹿島は、自分の事業に専念したいと全てを断っているが、飲み仲間の大同に頼まれて、二度ほど講師として参加したことがある。
すると、立ち見が出るほどの盛況ぶりで、それが鹿島の人気を押し上げることとなった。
「まるで、豹のようだと仰っていましたわ」
花奈が自慢げに言ったことがある。
「いつも獲物の周りを静観し、そろっと近づいてがぶりといく、と。篠田建設の長谷部さまがそう例えていらっしゃいました」
「事業なら何でも手を出すハイエナだと、言われたこともあるよ」
鹿島が苦く言うと、あら断然、要さんは豹ですわ、と笑う。
「要さんはスマートで素敵ですもの。そんな要さんの恋人だなんて、わたくし、とても鼻が高いのです」
「そう、ありがとう」
鹿島が、苦く笑うと花奈が、さらに畳み掛ける。
「要さんは知らないかもしれませんが、要さんは女性にもとても人気があるのよ。パーティーでは色々な女性から声を掛けられているから、わたくし、いつもヒヤヒヤさせられているの」
唇を尖らせて、ふいっと顔を背ける。
「そんなことはないよ」
そう言うだけでは収まらないだろうと思ったら、案の定だった。不機嫌そうな顔になっていくのを、鹿島はやれやれと思いながら言い直した。
「俺には花奈だけだ」
機嫌を取ると言えば聞こえはマシだが、それが鹿島には媚びているように思えて、とても苦痛だった。
(花奈を好きだったはずなのに……どうしてあんなことが我慢できていたのだろう)
小梅からのメールの文面を読み進める。
(その時はきっと、気づかないんだ。自分の本当の気持ちには)
読み終わって、目を伏せた。
(自分の足元ってやつは、いつだって暗くて見えないものだ。それに、こんなにも不安定でふわふわしている)
今、自分はどこに立っているのか。
断崖絶壁か、それとも……。
返信の矢印ボタンをタップする。
ドキドキと脈打つ心臓。
言葉や文章が、頭の中をぐるぐると回り、混乱する。
ふうっと息を整えるように吐くと、多少はマシになった気がした。
(はああ、好きなんだな、本当に)
小梅の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「好きなんだよ、こんなにも」
言葉に出しながら胸を押さえると、心臓にじんっと痺れが走ったような気がした。




