悪役令嬢の独白~ゲーム スタート前の葛藤~
現在と過去の回想が、交互に出てくるので、読み難いかも。
乙女ゲーム要素は、ほぼ皆無。
ちょっと後ろ向きで、流されやすい、何処にでも居そうな主人公が綴る、ゲーム開始前の日常です。
主人公が自分─身体が弱い事─を卑下する文章があります。
作者に他意は無く、文章は物語の中での辻褄合わせです。
とは言え、気になる方は、ブラウザバックを推奨します。
「あぁ、とうとう、始まってしまいますのね…」
私立桜ノ宮学園高等部の正門を見詰め、私はポツリと呟きました。
*~*~*~*~*
はじめまして、皆様。
有栖川家当主、有栖川聡一郎が末子、有栖川苺花と申します。
連面と続く、由緒正しき旧家である有栖川家の、齢十六年目を迎える、令嬢でございます。
本日は、高等部の入学式。
気持ちを新しくするために、早朝から登校して参りました。
生徒会長の妹という立場で、初日から遅刻など出来ませんもの。
けれど、こうして正門前に立てば、思う事もあるのです。
そう、今日から始まる高校生活は、きっと波乱含みの物と成るでしょう…。
ここ、桜ノ宮学園高等部は、『乙女ゲームの舞台』なのですから───
*~*~*~*~*
取り敢えず、順を追って思い出して参りますね?
え? 興味はない?
申し訳ありません。
私の独り言だとお思いになって、暫しお付き合い下さいませ。
私も心の整理が必要な様ですから。
始まりは……そう、交通事故でしたわね。
あれは、私が齢三年目を迎えた年。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(回想)
私の生家、有栖川家は、元々は江戸初期から続く、反物の商いで名を馳せた家で、現在の服飾総合業界において、世界規模でトップを誇る大財閥です。
勿論、畑違いの分野には、それぞれ筆頭を誇る御家が在りますので、「最高峰」ですとか、「我が国では追随するものが無い」などとは、申しませんし、申せません。
まぁ、上流階級にあって、「格上」とされる家柄のひとつとして、認識していただければ宜しいかと思います。
財閥の前総帥にして現相談役である祖父、その祖父に溺愛され、世界中で「最後の妖精」と持て囃された、元トップモデルである祖母。
上流階級において鴛鴦夫婦と呼ばれる御二人が、私の後ろ楯。
財閥の現総帥にして、服飾ブランド『苺』の主力デザイナーの父と、幽霊オーナー兼専属モデルの母。
相思相愛で婚姻七年目にして、変わらず恋人同士の様だと噂される、万年新婚夫婦である両親は、私の理想。
次期後継─ただし、暫定。有栖川家は実力重視の為─であり、眉目秀麗、質実剛健、勤勉実直を地でいく、家族思いの最上級の殿方である、二つ歳上の兄。
過保護気味に私を甘やかす、神の御遣いのごとき笑顔のお兄様は、誰よりも私を良く知る、最大の理解者。
有り得ないほど優秀な家族に愛され、私は何不自由なく、穏やかに過ごさせて頂いておりました。
幸せな時間はゆっくりと流れ、私が生まれて四度目の冬、豪雪に襲われたその日に、転機は訪れるのです。
交差点に於ける、積雪と凍結からのスリップによる、数台の玉突き事故。
私が乗る自家用車が捲き込まれたこの事故が、私にとって幸か不幸か、人生に於ける最大の転機だったのでしょう。
私は、この交通事故による死出の淵から生還する際、不可思議な夢を体験致しました。
それにより、性格に影響が及んだのか、事故前と比べて少々変化が表れた様でした。
基本的には、何も変わってはいなかったと思うのですが……。
まぁ、自分の事は、自分が一番解らないとも申しますし。
周囲の方々にも、『変わった幼女』だと、流して頂けていた(?)のは幸いかと。
ええ。
今思えば、三歳の幼女として、『如何な物か……』と思う様な言動が多数ありましたわ…。
我が事なれど、可愛いげというものが、何処かへと投げやられておりましたわね。
*~*~*~*~*
ところで。
皆様方は、輪廻転生を御存知でしょうか?
私は、言葉は知っていても、人が生まれ変わるという事象は、存じ上げませんでした。
………ええ。
でした。つまり、過去形ですわね。
私もまさか、自分の身をもって体験する事になるとは、思いませんでしたわ。
体験したと申しましても、交通事故により“生死の堺をさ迷っていた間に見た夢”の様なモノです。
夢の中で私は、多趣味に生きる田舎娘(三十路は過ぎていましたが…)で、財産家だった両親を亡くした後、悠々自適な自給自足生活を送る、世捨て人の様な女性でした。
今と変わらぬ、電気や機械、科学技術の発達した世界で、都会の人付き合いに嫌気が指していた私は、両親や祖父母と過ごした片田舎に隠り、「無いものは、作ればいいじゃん♪」を合言葉に、自給自足たまにネット通販な生活をしておりました。
電気・ガス・水道はちゃんとありましたし、ネット環境は「此処、本当に田舎か?」と疑いたくなるほど良好でしたの。
多趣味であった私は、世間一般で乙女ゲームと呼ばれる、恋愛シュミレーションゲームにも嵌まっていたようですわ。
ええ。
桜ノ宮学園高等部を舞台とした乙女ゲーム。
これも、私が好んでプレイしていた物の1つですわね。
ライトノベルや携帯小説などが御好きな方なら、そろそろ御気付きかと存じます。
───悪役令嬢転生。
私は、身をもって輪廻転生を証明してしまった様でした。
主人公でなかったのは、僥幸だったのかも知れませんが…。
ゲームの題名も、他のキャラクターも、覚えてはいません。
けれど、自分が悪役であることだけは、確かなのです。
勿論、前世だ来世だなどと、気違い染みた話だとは、自覚しております。
実際、只の夢だと結論付ける事は可能でしょうし、本当にそうであれば良かったと、いまだ幾度となく自問自答を繰り返しているほどですから。
ですが、当時三歳の私には、あまりにも現実的なその夢は、夢として片付けるには衝撃的過ぎました。
夢の中で私が操作する画面の向こうには、成長した私をモデルにしたとしか思えない程に、良く似た悪役令嬢が主人公を詰り、罵っていました。
そして、物語の結末は、主人公にとってのハッピーエンドとはいえ、悪役令嬢にとっては、婚約者や兄を奪われ、嘆き苦しみ、思い詰めた結果、心を病んで入院したり、絶望して自死を選ぶという悲惨な物。
まだ見ぬ婚約者様や、最愛のお兄様に、憎まれ疎まれ蔑まれる私を、画面の外側の私は、画面の内側の私──物語の登場人物──に感情移入したのか、憐れんでいた様に思います。
言葉が届くはずが無いと知りながら、「ダメ! 駄目だよ! 思い止まれ!」「素直じゃないなぁ…ほんと不器用だねぇ」「コラッ! そこは意地張るな!」と、良く言えば情緒豊かに、悪く言えば痛々しいほど必至に、画面に語りかけていた私。
画面の外側の私と、画面の内側の私。
どちらが本来の自分なのか、今私は本当に存在しているのか、私が私を信じられなくなる直前に、私は有栖川苺花として、生死の境から生還したのです。
三歳の子供が経験するには、過酷な体験の影響か、交通事故による、怪我の後遺症か、私は二週間ほどを昏睡状態で過ごし、一時はあわや植物人間かというほどに、生還を絶望視されたそうです。
目が覚めた時は、家族や使用人達が、上を下への大騒ぎとなり、医師様には奇跡的だと驚愕されました。
目覚めて直ぐ、混乱していた私は、両親とお兄様に、自分が見ていた夢の内容を告げました。
いつか、遠い未来で、夢で見た物語の様に、私は死を選ぶのかと、不安と恐怖に混乱する私を、家族は案じてくださり、全力で守ると宣言して、強く抱き締めてくださいました。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(現在)
「苺花? どうしたんだい?」
「…お兄様…」
早すぎた登校で出来た空き時間を、教員許可を得て、使用頻度の低いらしい第三音楽室で、ピアノを触って過ごしていれば、一緒に登校して生徒会のお仕事をしていた筈のお兄様が、いつの間にか御出になり、心配されてしまいました。
私は、昔から考え事がある時や、気持ちが不安定な時程、楽器に触れたがる癖がありますから。
「昔の事を…あの交通事故から回復した頃の事を、思い出していました」
「苺花…。そんなに心配しなくても大丈夫。苺花は僕が守るよ」
「お兄様…ありがとう」
心配そうに、けれど、強い意思を込めた瞳で、正面から私を守ろうとしてくださる優しいお兄様。
二つ歳上なだけなのに、体調を崩しやすい妹に、両親の愛情を譲ってばかりの、我慢強くて思い遣りに満ちたお兄様。
次期後継としての勉強が始まり、どれだけ忙しくなっても、僅かでも私との時間を用意してくださる、愛しいお兄様です。
御仕事を終え、お時間もあるようですので、今暫くお付き合い頂きましょう。
そうですね、今度は不安を覆い隠す為ではなく、お兄様への感謝を伝える為に弾きましょうか。
そう言えば、私の婚約が決まった時は、お兄様がバイオリンを弾いてくださいました。
それを切っ掛けに、私も楽器を習い始めたのでしたね。
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(回想)
あの交通事故から二年。
そして、あの夢を見てから二年。
五歳になり、他の上流階級の方々との交流が始まる頃。
以前はあった子供らしい我儘は鳴りを潜め、時々寂寥感に苛まれる私を、家族は過保護なほどに大切にして、一致団結して支えてくれました。
交通事故の後遺症は、二年たったこの頃も、私の身体を苛み、私は同じ年頃の子供と比べると、虚弱と言って差し支えないほどに、体力・気力共に大幅に削られていましたから、余程心配されていたのでしょうね。
ちょっとした事で、体調を崩す私は、令嬢としての役割──政略結婚による他家との縁繋ぎ──を、果たせるかどうかも怪しくなりましたのに。
本来なら、外見を磨き、内面を研き、教養と話術を駆使してこそ、令嬢なのです。
ですが、私は無事に成人出来るかも分かりませんし、例え婚姻を望まれ嫁いでも、次代を産み落とすことが、出来るかどうかも分からないのです。
この様に令嬢として役立たずでも、慈しみ愛情深く接してくれる家族や、主家の一員として敬ってくださる使用人達。
私は本当に環境に恵まれています。
*~*~*~*~*
ある日の朝食の席で、お父様が憮然とした表情で告げられました。
「苺花、すまない。お前の婚約が決まった…」
「………はい…」
「! 父さん!」
「相手はお前達の再従兄弟である、明兎くんだ」
再従兄弟…。
確か…御名前は、雪城明兎さん。
御会いしたのは、過去に片手で数えられる程度。
お父様の従兄弟の御子息で、上にお姉様とお兄様が一人ずつ、下に妹様がいらしたかしら?
御父君は、宝飾ブランド『ワンダーランド』の代表取締役、御母堂はブランドの主力デザイナーだったはずです。
突然婚約を告げられ、頭が真っ白になりましたわ。
咄嗟に御相手の情報が浮かんだのは、淑女教育の賜物でしょうね。
呆然としたまま、了承の返事を致しましたが、あの夢の内容を知っているお兄様が、お父様に意見しようと、椅子を蹴起てて立ち上がりました。
「私とて納得はしていない! …だが、苺花を守るには、他に方法が無い…。
後手に回る前に、手を打っておかねば、最悪な状況にすらなり得る…」
悔しげに声を荒げるお父様の姿に、お兄様が愕然として、椅子に崩れ落ちました。
その後、お父様が教えてくださったのは、私の置かれた状況でした。
お父様やお母様だけでなく、祖父母にまでも溺愛されている私は、有栖川家の唯一無二の弱点にもなり得るのだそうです。
祖母や母は、祖父や父の最愛故に、その傍を離れる事自体が稀ですし、例え離れる事があっても、影に日向に多くの護衛が付きます。
祖父や父、お兄様に於いては、「自分の身は自分で護れてこそ一人前」との、有栖川家直系男児に課せられる家訓により、害される可能性はほぼ皆無。
その為、他の家族に比べ、邸にて療養を余儀無くしている私は、外敵による被害は無くとも、内側に入られてしまえば、格好の餌なのです。
私さえ「婚姻」という形で確保してしまえば、虚弱な私を人質に、有栖川を乗っ取る事も、不可能では無い……そうなのです。
いえ、私自身は「そこまでの価値は、役立たずにはありませんでしょうに…」とは、今でも思うのですが…。
お父様曰く、人質を取る為に、既に幾つかの企業のトップから、縁談の申し込みが始まっているとの事。
お父様は酷く傷付いた表情で、全容をお話ししてくださいました。
娘や孫への愛情を、逆手に取られるのは、お父様やお祖父様には、許せない行為だったのでしょう。
報復は既に行ったと、一転して酷薄な笑みを浮かべたお父様に、お兄様と共に怯えてしまったのは、失敗でしたわね。
お父様を凹ませてしまいましたわ。
お母様に慰められ、私とお兄様も敬愛を伝えれば、復活したお父様が、急な婚約の内情も教えてくださいました。
おおまかに纏めれば、私を人質にさせない為に、婚約者の席を埋めるという、只それだけの為の契約で、お父様の理解者であり、親友でもある雪城の小父様──父とは母方の従兄弟関係──に、私と同じ歳の御子息の御名前を御借りしたのだそう。
基本的には仮契約的な物で、御互いに愛情を持てなければ、婚約の解消も可能だそうです。
契約の内容は、いずれ双方のブランドを混在させた、独自ブランドを展開させる為の下準備という建前らしいです。
それを聞いた私は、「それなら、大丈夫そう」という我儘な安堵と、「私の事情に関係の無い方を捲き込んでしまう」という自分への嫌悪とで、既に多少の後悔を抱え始めていました。
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(現在)
「ねぇ、お兄様。明兎さんは、私が婚約者で御迷惑では無かったかしら…」
「……突然どうした?」
ピアノを弾く手を止めて、旋律が生み出す世界に浸っていたお兄様に、今まで聞けなかった疑問を口にします。
「突然……でも、ありませんわ。ずっと、気になっていましたの」
そう。
だって、世の中には、私よりも条件の良い女性は、沢山いらっしゃるのです。
人望、人脈、能力、容姿、家柄、誇るべき物は多々あれど、私以上の女性なら、私自身が思い付くだけでも、少なく見積もって数人、事細かに数え上げれば、星の数ほど…。
明兎さんの様に素晴らしい殿方でしたら、どの様な女性でも、選び放題だと思うのです…。
私の都合で、幼い頃より明兎さんを「縛り付けてしまった」という意識は、常に私の心の底にあるのです。
そして同時に、有りの侭の私を受け入れてくださる明兎さんを「失いたくない」という、我儘な想いも……。
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(回想)
九歳の誕生日を迎えた日は、朝から婚約者様が御見舞いに来てくださいました。
「明兎さん。この様な姿でごめんなさい」
「あぁ、気にしなくていいよ。体調が悪いって聞いてるから…」
「ええ。本当、私の身体は…役立たずですわ…」
一年後に控えた、婚約披露の打ち合わせに来てくださった、雪城家の方々には申し訳無い事に、当日の私はベッドの上の住人でした。
あの事故以来の体調不良は、成長と共に多少の回復はあれども、結局完治する事は無く、私の身体は弱いまま。
数日続いた朝晩の気温の変化に、虚弱な身体が悲鳴を上げてしまいました。
前日の朝から発熱し、極度の頭痛と吐き気に襲われ、翌日の顔合わせまで、体調不良が長引いたのです。
ほんの少しお話しするだけでも、ゴッソリと体力を奪われ、上半身を起こしているせいで、頭から血の気が退いているのか、意識が途切れないのが不思議な状態でしたわ。
「すみません、横になっても構いませんか?」
「あぁ、ごめん。僕が気が付くべきだったね。辛いなら、横になってて。
僕の事は気にしなくていいよ。本を借りて部屋にいて良い?
休むのに邪魔な様なら、御暇するけど…」
「ふふ。御迷惑で無いなら、傍にいてくださいませ。
本でしたら、新しい洋書を購入しましたわ。
読み終わらなければ、帰りに御持ちくださっても、大丈夫です」
婚約が決まってから四年。
明兎さんは、柔らかく微笑む美少年へと成長して御出でした。
早生まれで、一学年上とはいえ、年齢より少し落ち着いた雰囲気を纏い、さらさらと動きに合わせて揺れ動く漆黒の髪と、女の子と言われれば信じてしまいそうな中性的な面差し。
異性同性を問わずに、好意を持たれていそうな印象でしたわ。
内々──対外的には既に確定だと情報を流しています──の婚約であるため、発表までは公然と交流を図る訳にはいきませんでしたが、それでも他の親類よりは多く接して、共通の趣味を見つけたり、一緒に何が出来るか模索したりと、手探りではあっても、少しずつ少しずつ仲良くなれました。
具合の悪い私を気遣いながら、静かに過ごしてくださる明兎さん。
初めて(親類の一人として)お会いした頃から、変わらない優しさを感じました。
仮契約の様な婚約とは言え、御相手が明兎さんであった事も、幸運ではないかと思います。
*~*~*~*~*
婚約披露を終えてからは、頻繁に御互いの家を往き来し、私と明兎さんは、少しずつですけれど確かに、今まで以上に打ち解けました。
十歳となった私が、雪城邸にて明兎さんと一緒に、宿題に励んでいたとき。
「…苺花ちゃん…聡さんて凄いね…」
「? お兄様ですか?」
「うん。僕の兄さんもだけど、後継ぎって重責感が凄いと思うんだ。
なのに、聡さんは、そんな雰囲気を微塵も感じさせない…」
「…そうですか…?」
「うん。少なくとも、僕には完璧に見える。羨ましいな…」
明兎さんには、お兄様はその様に見えているのですね…。
私にしてみれば、割りと可愛らしい失敗をなさいますし、普段は穏やかに流しつつ、ここぞという時にだけ、全力投球なさっていらっしゃるなぁといった感じなのですが…。
「お兄様は、緩急の付け方が、御上手なのだと思いますよ?」
「緩急?」
「はい。余計な事には耳を貸さず、必要な事だけを拾う。
取捨選択に長けている…と言えば良いのでしょうか…?」
「ん~。何と無くは理解出来るけど、僕からすれば、それも凄いと思うよ」
御互いに苦笑しながら、明兎さんはどうして突然、そんな事を言い出したのかと、私は不思議に思いました。
この数日後、明兎さんは将来の事で悩んでいた事を、苦笑混じりに話してくださいました。
それを聞いたとき、私に「弱い所を見せてくださった」のだと、驚いたのを覚えていますわ。
どうやら明兎さんは、将来御自身のお母様と同じ、宝飾デザイナーになりたいと思っていらして、既に様々なデザインを描き出しておられるそうなのです。
ですが、明兎さんは御次男。
御長男であり、後継でもある、明兎さんのお兄様を助けて、家業を盛り立てる事が、周りに望まれた資質であり、御実家における最優先事項。
成るべき物と、成りたい物が食い違い、どっち付かずな今の状態を、嘆いていた為の、発言だったそうです。
その上、明兎さんが好むデザインは、叔母様の作品──不思議の国のアリス──とは違い、“植物”がモチーフなのだそう。
御実家のコンセプトからは、少々逸脱してしまっていて、その事にも悩んでいらしたみたい。
それを教えて頂いた時、私はふいに婚約の内容を思い出し、明兎さんに提案いたしました。
我が家の服飾ブランド『苺』は、名前の通り“植物”の“苺の果実”をモチーフにした、甘めの印象のデザインが中心です。
明兎さんのお家の宝飾ブランド『ワンダーランド』にも、“植物”としてなら、不思議の国のアリスには、うろ覚えですが、“口の悪い花達”が登場したはずです。
私達の婚約の建前は、『双方のブランドを混在させた、独自ブランドを展開させる為の下準備』だったはずですから、明兎さんが好む“植物モチーフ”のデザインなら、多少解釈の幅があるかも知れませんが、当て嵌まるのではないか…と。
この提案をいたした時の明兎さんは、キラキラと瞳を輝かせて、普段の落ち着いた様子とは違う、年相応の少年そのものでしたわ。
そして、多分この時から、私の「恋」は始まりました。
そう、前向きにキラキラと輝く、明兎さんの瞳に、私は魅せられたのです。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(現在)
昔を思い出す程に、自分の不甲斐なさに、心が疲弊していく様です。
「明兎さんは、成績も運動も学年トップ。
御容姿も整って御出だし、なにより真っ直ぐな御気性でしょう。
人望も、将来性もあって、素晴らしい才能も御持ちだわ」
「ん~。運動は兎も角、苺花もそうだと思うけど?」
「いいえ。明兎さんは、私には勿体無い程、素敵な婚約者様です。
ですが、私は──「僕にとっては、苺花が唯一無二の女の子だ」
お兄様の慰めを拒絶して、後ろ向きな自己否定を口にしそうになった私の言葉に、被せる様に掛けられた声は、愛しい婚約者様の物で………。
振り返った私の目には、ほんのりと怒りを帯びた眼差しの明兎さんが映ります。
「!? 明兎さん……」
言葉の意味を理解した途端、顔に熱が集まりました。
唯一無二……他には無いもの。
私だけが、明兎さんにとって「女の子=異性」なのだと…。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(回想)
私が提案した事は、明兎さんの夢に繋がった様で、それから三年、中学生となった私達は、それまで以上に親しくなりました。
社交の場でのエスコートは勿論、明兎さんからデートに誘われたり、一緒に出掛ける際には必ず手を繋いだり、私が体調を崩せば、心配して泊まり掛けで看病してくださったり。
公私の区別無く、宝物を扱うかの様に、大切に接してくださりました。
男女差がハッキリして、照れが入ってしまう年齢ではないかと思いましたが、明兎さんは本当に真摯に誠実に接してくださりますので、恥ずかしさを覚えつつも、私も素直に甘えさせて頂く事にしておりました。
明兎さんと御一緒するときは、仕方が無いとはいえ、はにかむ事が標準装備となっていますわねぇ。
「苺花、今日も可愛いね」
「─っ、ぁ、有難う御座います。明兎さんも素敵です…」
成長して、紳士の卵となった明兎さんは、時々私を絶句させるほど、甘い笑顔と御言葉をくださります。
呼び方も、「苺花ちゃん」から、「苺花」へと変わりましたし。
家族以外で、私を呼び捨てるのは、明兎さんだけです。
桜の季節の終わりが近付き、梅雨を迎える前の僅かな平穏。
五月の初め……私の十三歳の誕生日。
本日は観劇の御誘いです。
御迎えに来てくださって直ぐ、誕生日プレゼントだと、桜色の口紅をくださいました。
私達も中学生、公式の場へは、盛装しての出席が増えます。
女性である以上、多少の化粧は必須、嬉しい贈り物です。
その上、「傍に居られない時でも、僕があげた色を身に付けていて?」などと、独占欲を示す様な御言葉まで頂きました。
赤面してしまっても、仕方無いですよね?
「一緒に出掛けられて嬉しいよ♪」
「わ、私も…です」
頬に触れる明兎さんの手に、恥ずかしさを隠して自分の手を添え、控え目に頬擦り致しました。
唇には、頂いたばかりの桜色。
私を見る明兎さんの瞳は、優しさに溢れていて、時々酷く熱を帯び、気を抜けば溺れてしまいそうな雰囲気を纏っていました。
初めての口付けを下さったのが、この時でした。
一度目は何をされたか理解できず、ふんわりと幸せそうに微笑む明兎さんが再び近付き、ゆっくりと少し長めに重ねられた二度目の口付けで、私の意識は真っ白に霞み、全身の血が沸騰したのかと思うほど、私は真っ赤に染まりました。
離れた唇を自身の親指で拭う明兎さんが、見知らぬ殿方の様で、「ふふ。桜色の唇は、桜の香りがするんだね」などと、私の羞恥を煽るような御言葉まで…。
目を合わせることも出来ず、赤くなって俯く私を、明兎さんは「可愛い」と仰り、抱き締められます。
羞恥に悶えつつ、明兎さんの腕の中、幸せに泣きそうになりながら思いました。
悪役となる悪夢が実現しそうな不安はありましたが、明兎さんに惹かれる心を否定することだけは、したくはありません。
もし、私が悪役令嬢となることが運命なのだとしても、私は恋慕った殿方の……明兎さんの幸せを願える私で在りたい。
「苺花、誕生日の贈り物とは別に、受け取って欲しい物があるんだ」
「受け取って欲しい物ですか?」
「うん。きっと似合うと思うんだ」
明兎さんは柔らかく微笑み、懐から細長く薄い箱を取り出されます。
鮮やかな藍紫の布張りの箱。
開いて見せてくださった中には、深紅の天鵞絨に包まれる様に中央に収まる、キラキラと光を弾き輝く、真っ白な石をトップにしたペンダント。
苺の花をモチーフにした白い石。
それに寄り添うのは、ミントの葉を思わせる澄んだグリーン。
あまりに可愛らしくも美しい意匠に、恍惚の溜め息を溢します。
「苺花への贈り物。僕が苺花の為にデザインして、手ずから制作した、最初のアクセサリー。
苺の花は『苺花』を、ミントの葉は『明兎』を表現してみた。
僕の名前は、音読みだとミントでしょ?
母さん曰く、僕の名前の由来らしいし。
自分でも独占欲が過ぎるとは思うけど…。
何時でも身に付けられる様に、華やか過ぎず、けれど控え目にもならない物にしてみたよ。
受け取ってくれるかい?」
「有難う御座います。勿論ですわ。こんなにも素晴らしい物を…。
本当に頂いてしまっても良いのですか?」
明兎さんの最初の作品。
思い入れが強く、思い出に残るものになるはずのもの。
それを、私の為に一から制作してくださった。
私と明兎さんをモチーフにして。
まるで、この先の未来を約束するかの様な贈り物。
嬉しさに零れた涙が一滴、頬を滑るのを感じます。
明兎さん……心から……貴方が好き……です。
愛しています。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(現在)
「───んぅ…ふ…ぅん……はんぅ…」
強く抱き締められ、深く口付けられ、呼吸を奪われ、身体中の力が抜けます。
魂までも奪うような口付け…この様な強引ななさりようは、初めてです。
それでも、相手は明兎さん……私の愛する唯一人の男性。
嫌悪や恐怖の感情など、浮かびようがありません。
ただ、この場にはお兄様もいらっしゃいます。
………。
~~~っ、は、恥ずかしいのですが!?
「………。あ~、明兎くん? それ以上は、流石に控えて貰えるかい?
妹が羞恥で失神しかねないよ?」
「──ん。苺花、愛してる…」
明兎さんの暴走を、困った様に嗜めるお兄様の声が、真っ白に霞む意識の向こうで、聞こえた気がします。
かくりと崩れ落ちた私を支え、口付けを終えた明兎さんが、艶めかしく私の名前を呼び、耳元で低く囁きます。
「僕の唯一。以前にも言ったよね? 苺花を蔑ろにするようなら、僕は“僕”を認めない。
万が一、億が一にも、そうなったのなら、それはもう“僕”じゃない。
聡義兄さん、そんな事になったなら、どんな手を遣っても、僕を正気に戻してください。
それが出来ないのなら、存在ごと排除してください。
“僕じゃない僕”を、僕自身が赦さない」
「了解。勿論だ。明兎くんにもお願いしておこうかな?
僕もね、“妹を泣かせる様な自分”は、許容出来ない。
そんな素振りを僅かでも見せたら、即刻排除に向けて動いてくれるかい?
ああ、でも、それ以前に、そうなりかねない原因を排除するのが先かな」
優しく、けれど離すものかと、確りと抱き締めたまま告げられた、明兎さんの宣言に、お兄様も強く頷き、小さな頃から変わらない穏やかな手つきで、抱き込まれたままの私の頭を、そっと撫でて下さります。
火照る顔を、明兎さんの胸に埋めて隠していた私も、明兎さんの強い腕と、お兄様の優しい手つきに、漸く落ち着きを取り戻します。
「明兎さん……お兄様……」
夢の中で見た乙女ゲームの舞台は、私達が通う此処、桜ノ宮学園の高等部。
こうして、明兎さんの最愛の婚約者でいられるのも、お兄様の可愛い妹でいられるのも、もしかしたら後僅かの時間だけかも知れません。
それでも、私は私の愛しい方達の為に、未来を諦めてはいけませんわね。
例え、悪役令嬢としての役割を与えられようとも、抗ってみせますわ。
大好きなお兄様の為に…。
最愛の婚約者様の為に……。
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─正門前─
「あ~も~、初日っから遅刻!? 待って、待ってぇ~、新入生です! 門閉めないでぇ~~~っ」
Game Start ……?
10000字以上って、長いのかな?
短いのかな?
取り敢えず、婚約者くん目線も、只今執筆中。
読んでくださると言う奇特な読者様が居るようでしたら、投稿するつもりです。
………。
魔が差しても、投稿するかも?