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いじめっ子といじめられっ子の間に恋物語など生まれない  作者: 勇樹のぞみ
「逆転! 義弟に完全支配を受ける悪役令嬢」年下子犬系公爵令息編
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第9話「ボクはあなたをメチャクチャにしたい」(年下子犬系公爵令息)

「姉さま、それは?」


 姉さまが差し出したのは犬がつけているような首輪とリード。


「ウィル、あなた私にこれをつけて引きずり回してみたくはない?」


 思わぬ申し出に、ごくりとのどが鳴った。


「姉さまに首輪をつけて…… 引きずり回す?」


 気高く、美しく、女神と呼んでもよいくらいの存在である姉さまを、ボクが?

 そんなことを、現実に?


 長い黒髪をかき上げ、首筋をさらして見せる姉さま。

 ボクの震える指が、その折れそうに細い首に首輪を巻きつけた。

 衝動のままにリードを引くことで、姉さまを乱暴に引き寄せる。


「ああ……」


 悩ましい吐息を漏らす姉さま。


「こんな風に?」


 ボクの問いかけに、姉さまは、


「はい……」


 と従順にうなずいた。




「やめてちょうだい、ウィル。あなたのモンスター・テイマーの力は私に効くわ」

「………!」

「やめてちょうだい」


 ボクの本当の父親は、ベッカー公爵家の『呪われた血』を持っていたため、居なかったことにされた。


「ベッカー家の中には、時にモンスター・テイマーの力を暴走させ、対象外であるはずの人間を従属させてしまう者が時々産まれるわ」


 初めて力を暴走させそうになった日、姉さまはそう説明してくれた。


「その力を悪用されたら大変なことになる。だから『呪われた血』の持ち主は、ベッカー家の外に出さないよう厳重に管理される。でも……」

「ボクは……」

「あなたはその『呪われた血』を持った叔父さまと侍女の間に産まれた子供」

「じゃあ、ボクもその血を受け継いでいるのなら、どこかに閉じ込めておかなくちゃいけないんじゃ?」


 姉さまは首を振った。


「あなたなら大丈夫。練習を重ねれば力をきちんと制御できるようになれるわ」


 そう言ってボクの、血の気が引いていつの間にか冷え切っていた手を、温めるように握ってくれる。


「で、でも練習って……」

「私でやればいいわ」

「姉さまで?」

「ええ、あなたの力は私にも効くわ。でも、モンスター・テイマーとしての力量は私のほうが上だから、何か問題が起こっても半日もあれば自力で支配を解くこともできるもの」


 そして、ボクの支配の力は強いらしくて、この役目は姉さまにしかできないらしい。

 姉さまは、ボクを見つめてこう言った。


「今夜一晩、私はあなたのものになるわ」

「ね、姉さま……」


 ボクはうろたえた。

 姉さまは、男女の関係みたいな、そういう意味で言ったんじゃない!

 そう自分に言い聞かせるんだけど、いつにない不思議な光を宿した姉さまの瞳を見ていると、もしかしてって思ってしまう。


「正気で言っているの?」


 そう問いかけるボクの声は、みっともなく上ずっていた。

 姉さまは、そんなボクの手を自分の頬に導いてくれる。


「私はあなたに好かれていると思うのだけれど?」

「そっ、それはっ!」


 もちろん、好きだけど。


「だから、いいのよ」


 そうして、姉さまはその身をボクに差し出した。




 首輪を着けた姉さまがボクの方を上目遣いに見上げる。

 それを見たボクの背筋をぞくりと快感が走りぬけた。

 その瞳はいつもの姉さまじゃなかった。


 普段の、姉さまが導き、ボクが従うという関係が逆になって、戸惑っているのはボクだけじゃなかったんだ。

 姉さまもまた、戸惑っていた。

 夜の闇を閉じ込めたような黒曜の瞳には、いつもの自信としなやかな強さをたたえた光は影を潜め、代わりにわずかな怯えと哀願するかのような潤みがあった。

 姉さまがこんなに弱々しく見えたのは、あの日出会って以来、初めてのことだった。


「っ!」


 突然、ボクは自分の中に荒々しい感情が沸き上がるのを自覚した。

 それは全身に行きわたり、心と身体を激しく高揚させた。


「ボクに支配されているんだよね、姉さまが」


 姉さまがぎこちなくうなずく。

 その顔が次の瞬間、青ざめた。


「あぁっ!?」


 何を、という顔をする姉さまにボクは笑った。


「支配を強化しているんだよ。姉さまが言ったとおり、モンスター・テイマーとしての力はボクより姉さまの方が強いから。でも、こうして全力で支配を強化すれば一時的にでも姉さまは無防備に、何をしても逆らえなくなる」


 姉さまが迂闊にも与えてくれた隙をむりやりこじ開け、支配を広げていく。

 ボクからの浸食にさすがの姉さまもただ一方的に翻弄されるしかない。


 ボクは部屋のカギをかけた。


「この寝室の防音は完璧だよ。姉さまがどんな叫び声を上げても外には絶対に漏れたりしない」


 ボクは身を強張らせ、わななく姉さまのもとにゆっくりと近づいていく。


「姉さまはこうなる可能性を知っていたはずだよね。だってボクのことをボクより知っている姉さまだもの」


 それは確信。


「初めて会った日のことをまだ覚えているよ。姉さまは美しかった。あなたはどこに行っても注目の的で、自信に満ち溢れていた。あなたはボクの自慢の姉であり、母であり、師であり、女神だった。だから、姉さま」


 ボクは告白する。


「ボクはあなたをメチャクチャにしたい」

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