第7話「ボクの姉さま」(年下子犬系公爵令息)
ご希望の声にお応えして、本編の過去、主人公である悪役令嬢の義弟、年下子犬系公爵令息編を書いてみました。
全4話構成でお送りします。
ボクはウィル・ベッカー。
ベッカー公爵家令息、そしてアドルフィーネ姉さまの弟ってことになっているけど、本当は違う。
王都のとある屋敷に幽閉され、育児放棄といっていい扱いを受けていたボクを、死んだ父の弟だというベッカー公爵が引き取ってくれたんだ。
だから姉さまとボクとは本当は従姉弟どうしってことになる。
「まぁ、あなたが私の弟になるのね」
姉さまに初めて会った日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
夜の闇を刷いたようにきらめく、まっすぐで艶やかな黒髪。
吸い込まれるような深さを湛えた黒曜石の瞳。
一流の芸術家がその魂を懸けて造り上げた芸術作品のような美しさを持った女の子が、好意を隠そうともせず笑いかけてくれたのだ。
父も、母も、使用人ですらも、誰一人顧みなかったボクを、正面から見て、笑ってくれる人。
その日からボクの一番はアドルフィーネ姉さまになったのだ。
「こっちよ、ウィル」
ボクは姉さまに育てられたようなものだ。
ベッカー公爵、父さまは家のことに無関心。
そのせいか、母さまはボクのことを父さまの浮気の子だと固く信じていてボクを見てくれることは無かった。
そんな中で、あれこれと世話を焼き、導いてくれる姉さまは母であり師でありボクの目指すべき理想だったのだ。
「今日は、狩りが得意なライオンと狩りが下手なライオンのお話をしてあげる」
一日、礼儀作法や勉強を頑張ると、ご褒美だと言って姉さまは眠る前に色々なお話を聞かせてくれる。
「狩りの下手なライオン? それってダメな子だよね」
ボクはベッドに入って姉さまのお話を聞く。
「そうかしら?」
いたずらっぽく笑う姉さま。
「ある日、ライオンたちが暮らす草原に干ばつが訪れました」
「かんばつ?」
「日照りが続いて雨が降らなくなったのね」
姉さまはわからない言葉があっても、馬鹿にしたり呆れたりせず、ていねいに意味を教えてくれる。
だから姉さまとのお話はとっても楽しい。
「そうすると川は枯れ、地は裂け、植物がしおれて、それを食べる草食動物も減ってしまうでしょ」
「うん」
「狩りが得意なライオンは、餌になる動物を早々に狩り尽くして飢え死にしてしまいました」
「えっ……」
「でも、狩りが苦手なライオンは死滅していなかったわ! 獲物を食べ尽くすということが無いから、細々とでも、生き残ることができる」
ダメなライオンなのに?
「そう、どこも優れたところのない、誰が見ても劣っていると思われる者の方が生き残ることもある。それが私たちが生きる世界なの」
ボクは息を飲んだ。
「ダメでもいいの?」
「いろんな生き物や、いろんな人が居ることが大事なの」
姉さまは言う。
「例えば、この王国では獣人はあまり身分が高くないけど」
姉さまは言葉を選んだけど、ボクも現実は知っている。
獣人たちはこの王国で差別を受けてる。
「ここに、人間だけの国、獣人だけの国、人間と獣人が仲良く暮らしている国、三つの国があったとするわ」
また新しいお話。
「ある日、獣人だけに流行る病気がこの国々を襲いました」
「獣人の国は大変だね」
「そうね。そして次の年には、今度は人間だけに流行る病気が襲って来ました」
そんなことがあったら、
「人間だけの国、獣人だけの国は病気のために無くなってしまいました」
歴史の勉強でも習った。
怖い病気が広まったせいで滅んだ国が昔あったって。
「でも人間と獣人が仲良く暮らしている国では病気になっても、元気な方がお互いを看病でき、助け合うことができたので病を乗り越え、いつまでも平和に暮らし続けることができました」
そう言って笑ってくれる姉さまに、ボクは思う。
完璧な姉さまに比べたら、ボクは狩りの苦手なライオンのようにダメなやつかもしれないけど、お話のように姉さまと助け合えるよう、そうなりたいと。
姉さまはボクの女神さまだ。
だけど……
「やめて、姉さま……」
じわりと涙がにじんだ瞳で、姉さまに許しを請う。
「あら、泣いてるの?」
「言わないで!」
耳を塞ごうとするボクの手を握って、ベッドに横たわるボクにのしかかり、顔を寄せる姉さま。
「いいのよ、泣いても。たまには涙腺の洗浄も必要だわ」
その、熱く、濡れた声が耳元に注がれる。
「ほらほら、泣いちゃえ。女の子のようにあんあん泣きだしちゃえ」
「あっ、ああっ」
だっ、だめっ!
「やめてーっ! 姉さまっ、やめっ!」
あっ、あっ、あーっ!