とりあえずの最終話「なにそのうわぁ、って顔」
スノウ嬢の粗相をクリーンの魔法で処理して、気絶したように眠る彼女を客室のベッドに寝かせた。
そして自室に戻る。
「なにそのうわぁ、って顔」
すべてを見ていた小人のイーヴァルディ……
に変化していた魔神ロキは本来の美青年の姿に戻ると、なんとも言い難い表情を浮かべていた。
「いや、あそこまで徹底して責め抜くなんて、はっきり言ってドン引き……」
彼は北欧神話におけるトリックスター、愉快犯的な存在のはずなのだけれど、時々妙に常識的かつ良識的になる。
「何よ、痛いこと、暴力的なことなんていっさいやってないでしょ」
「それで確実に心を折りに行ってるから怖いんだろう」
これだから女は、と言う彼に、私は説明の必要性を感じた。
「あのねぇ、これは演技よ」
「演技?」
私はうなずく。
「あなたもパーティに紛れ込んで聞いてたでしょ。彼女が自分から不幸に転げ落ちていく地雷女だって」
「うむ。よくあそこまで人の心を洞察できたものだな」
そりゃあね。
「乙女ゲーム『ビター・ラブストーリー』の話はしたでしょ」
「ああ、この世界の未来を描いていると思われる予言の書のような物語だな」
「ええ、このゲームが発売された当時、もの凄い批判が集まったのよ」
女の子をいじめていた男の子が物語を進めるうちに心を入れ替え、女の子を愛するようになる、というのがメインシナリオになっているこのゲーム。
このいじめとやらが『好きな女の子に素直になれない男の子の好意の裏返し』程度だったら良かったのだろう。
しかし実際にはこのいじめの内容がシャレにならないほどひどかった。
流血するまで顔を殴られ、真冬の池に突き落とされ、虫入りの料理を食べさせられる。
こんな真似をした相手とヒロインが結ばれるというのだから、不自然を通り越して気持ちが悪い。
生理的嫌悪が走るほど。
案の定、発売されたゲームへの評価は最低。
ネット上でこれでもかというぐらい炎上し、原作者はSNSを閉鎖せざるを得ない状況にまで追い込まれていた。
しかし、不思議なことにこの最低な物語に高い評価をする人がごく少数ながら存在したのだ。
最初は単なるアマノジャクな逆張りさんかな、とも思ったけれど違った。
こういう『何でこりずに酷い男ばっかり何度も選んで不幸な方、不幸な方へと進むの!』っていう不幸体質の地雷女って現実にも居るよね。
そういう意味じゃ『ビター・ラブストーリー』のメインシナリオってもの凄いリアリティのある奥の深いお話じゃない?
ということだったのだ。
そういう見方もあるのか、と思った私はこの不幸体質の女性について調べ、結果、パーティ会場で語ったような結論に達した。
「だから『もの凄い酷いことをされるシチュエーション』を演じて、彼女をそんな悲劇に見舞われるヒロインだと思い込ませ、錯覚させるのよ。実際、私は髪の毛一筋たりとも彼女を損ねたりしてないでしょう?」
「肉体的にはそうだろうが、隷属の首輪を着けさせた上に、魔力を奪い、最高強度の絶対拘束で魂まで縛るとは」
「それも必要なんだって」
私は噛んで含めるように言う。
「不幸なシチュエーションに酔わせると同時に、彼女を支配することで不幸に転げ落ちることを防止するわけ」
何しろ彼女自身が無意識のうちに不幸を呼び込むものなのだから保護と監視は絶対必要なのだけど、現実問題、それを完全にすることは不可能だ。
だったら魔術で縛ることで行動を制限し、管理してやるしか無いだろう。
魔法という力が存在するこの世界だからこそできる対処法だ。
「魔力を奪ったのだって、そうやって抵抗できないようにしないと聖女たる彼女には絶対拘束が効かないからだし」
そもそも私自身の魔力量では、まだグレイプニルみたいな最高強度の絶対拘束は使えないしね。
「しかし、犬の真似をさせ屈辱を味合わせる必要があったのかね?」
うん、それはね、
「彼女は雪狼の血を引く獣人とのハーフでしょう」
「そうだな」
「狼は群れを作り、ボスに従う生き物。それゆえに、狼に近い犬は人間を主人にして従うわけなんだけど」
つまり、
「スノウ様の本性は『犬』なの。だから、そのように扱ってあげると、本能と身体は喜ぶわけ」
ムチとアメの、アメの方だ。
「私はサディストでもないし、他人を虐げて喜ぶような感性の持ち主でも無いの。だから酷いことはしたくないけど、形だけでもしなくちゃならないならムチとアメを両方同時に与えられる方がいいわ」
スノウ嬢の人としての意識は犬扱いされる不幸に酔い、犬としての本性は同時に喜ぶ。
それでいいじゃない、と思う。
「裸にする必要性は?」
「彼女、過去に虐待されていたトラウマから狼の耳やしっぽを隠して生活していたでしょ。これからは私の犬であることを自覚してもらうため、という名目で実際には過去を乗り越えてもらうために耳やしっぽを出して生活してもらうつもりだけど、今すぐドレスは用意できないわ。だからとりあえず剥いた」
そもそも裸じゃないし。
しっぽを隠すドレスは脱がせたけど下着は残したでしょ。
服をはぎ取ることで対象からプライドとアイデンティティをそぎ落とすことができる、とも聞くけどそこまでやるつもりも無いし。
けれどロキはまだ納得していない様子だった。
「顔面騎乗なんぞまでしておいて、いたぶるつもりは無かったと?」
「がんめんきじょう?」
なにそれ。
ロキに説明してもらう。
顔面騎乗は、SMプレイにおいて支配側パートナーが服従側パートナーの顔の上に股間を密着させて座る行為。主に相手に屈辱感を与え、屈服させる目的で行われる。
「なんて言葉を乙女に教えるのよ!」
私は叫んでいた。
このエロエロ魔神!
「いや、お前、実際に聖女に対してさせていただろう?」
ああ、あれを見て誤解したのか。
「違うわっ! 人の股間の匂いをかぐのは、犬の習性なのっ、私が無理やりさせたわけじゃないんだからねっ!」
前世、日本でもスカートに鼻面を突っ込んでくる犬は居た。
と言うより、うちで飼ってた犬がそうだった。
「犬は仲間のお尻や性器のあたりに顔を近づけ、クンクンとにおいを嗅ぎ合う習性があるの。そうやって犬同士で匂いを交換してあいさつをするわけなんだけど、人間に対しても同じことをする犬が居るのよ」
ちなみに、
「匂いを嗅ぎあうときに堂々と自分のにおいを嗅がせる犬は強い犬で、逆に尻尾をおろしてお尻を隠してしまう犬は自分に自信が無い弱い犬。つまり犬は初めて出会ったその瞬間から、どちらの立場が上かという犬同士のランク付けをしているわけ」
犬は縦型社会で暮らす動物なので、順位付け行動を必要とするわけね。
「だから、犬に股間の匂いをかがれた場合に避けるのは良くないの」
「それで平然と匂いをかがせていたわけか……」
そういうこと。
まぁ、変に意識してしまったら恥ずかしいので、極力、動揺しないよう努力はしていたけどね。
ちなみに、
「おなかを見せて服従のポーズをする犬をなでてあげるのも、順位付けのためよ」
「しっぽを握って止めをくれてやるのもか?」
「とどめ?」
よく分からないけど、
「しっぽの付け根は、触ってやると犬が喜ぶ場所ね。性感帯だ、なんて俗説もあるみたいだけど」
迷信よね。
「失禁までさせて、屈辱を与え心を折っていただろう?」
「いや、ウレションも犬の習性だから!」
犬が嬉しさや楽しさ、喜びのあまり興奮状態になっておしっこを漏らしてしまうことを、ウレションと言う。
喜びの発露なのだから、叱らないのがしつけのポイント。
叱られることを犬が「構ってもらえる」と勘違いして学習してしまうと、飼い主の気を引くためにウレションをやめないというパターンもありうるから注意が必要ね。
「うん?」
そこで気づく。
「どうした?」
「いえね、私が転生トラックにひかれてこの世界に転生した話はしたでしょ」
「うむ」
「あの時、私はユキ…… 飼い犬との散歩の途中だったのよね」
うん、突っ込んでくるトラックからとっさにあの子を、ユキをかばって私は死んだんだけど。
「何だかスノウ様のしぐさというか犬としての行動があの子と妙に重なるのよね」
スカートの中に鼻面を突っ込んだり、おなかを見せて甘えたり、興奮と嬉しさのあまりウレションしたり。
「まさか、あの子も一緒にこの世界に転生してたりとか?」
そしてスノウ嬢に生まれ変わっていたりとか?
いやいやいやいや。
「今となっては確かめようが無いんだけど」
考えるだけ、無駄か。
「まぁ、これからやることも色々あるしね」
ダリウスの始末に、攻略対象だったキャラの救済、そして魔王退治…… には私も同行しなくちゃいけないんだろうなぁ、聖女の飼い主として。
「私たちの戦いはこれからだ! って感じねぇ」
ご愛読ありがとうございました。
いじめっ子といじめられっ子の間に恋物語など生まれない(完)
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反響次第で長編化、連載版の掲載も考えます。
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