第2話「仕方が無いから私が貴女を飼ってあげましょう」
「そん、な…… 私はどうすれば」
顔面蒼白でくずおれるスノウ嬢。
帽子が頭から滑り落ちて狼の耳が頭から顔をのぞかせていた。
彼女は伝説の存在、雪狼の血を引く獣人とのハーフなのだ。
それゆえに過去いじめの対象にされ、しかしその血筋故の力で魔王に対抗する聖女に祭り上げられた。
そして彼女を婚約者にと望んだダリウスも、今や床に突っ伏したまま動かない。
私たちの話を聞いていた周囲もまた立ち尽くすだけだ。
さて、どうするか。
実際問題、彼女のような不幸体質が染みついた地雷女は周りがどう働きかけようと幸せにはなれない。
幸せになるのが苦痛で、不幸になり続けることのみが心の平穏につながるのだから、無理に助けたところでちょっと目を離したすきに自分で勝手に不幸へと転げ落ちて行ってしまうからだ。
助けようとするだけ無駄、と言うより周囲に被害が拡大するだけ。
実際、ダリウスの母親は家族を不幸にし、それによりダリウスがグレ、スノウ嬢を虐待するという負の連鎖に陥っている。
私の転生元、二十一世紀の日本だったら、迷わずメンタルクリニックに連れて行って、カウンセリングと治療を受けさせるところだけど、この中世っぽいファンタジー世界ではそれもできない。
この世界の『教会』なら何とかしてくれるかも知れないけど、あれって単に宗教による洗脳で上書きしてるだけだし正直、頼りたくない。
仕方がない。
私はドレスの隠しから銀に光る首輪を取り出し、さりげない風を装って床に落としてやる。
「あら?」
首輪は狙いどおり床の上を転がり、座り込んだスノウ嬢の手元へと届いた。
「これ、は……」
のろのろと首輪を手に取るスノウ嬢。
そんな彼女の元に向かって歩み寄り、身体をかがめて彼女の耳元にささやきかける。
「隷属の首輪、ですわ」
スノウ嬢の瞳が限界まで見開かれる。
「ベッカー公爵家が魔物使い、モンスターテイマーの血筋なのはご存知でしょう?」
無論、私自身もそうだ。
「その首輪、モンスターの支配に使うのですが……」
より一層、声を低める。
スノウ嬢の鋭敏な狼の耳だけに届くように。
「獣人にも、そして獣人とのハーフにも使えるのですよ」
「ひっ!」
スノウ嬢の身体が硬直する。
同時にまるで熱いものに触れたかのように首輪から手が離された。
そんな彼女に拾い上げた首輪を見せつけてやる。
「ほら、ここ。首輪の端と端をミスリル銀のリベット、鋲を打って閉じるようにできています。この首輪自体もミスリル銀製ですから、一度はめてしまえばもう二度と外れない」
「に、二度と?」
「ええ、気を付けてくださいスノウ様。あなたが万が一これを着けてしまったら、取り返しのつかないことになります。あなたはもうお終い。私がどんな酷いことをしても絶対に逆らえなくなる」
いじめを受けていた時のように、ね。
スノウ嬢の身体が電撃を受けたように鋭く跳ね、硬直した。
そこで私は声を戻し、彼女に優しく語り掛ける。
「先ほどは色々と厳しいことを言わせて頂きましたが、そんなに悲観することはございませんわ。人は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きるものなのですから」
「誰、でも?」
スノウ嬢の表情が呆ける。
私は大きくうなずいて。
「そう、学問を学ぶのも、礼儀作法を覚えるのも、武術を身に着けるのも、結婚したり、友人を作ったりするのも、世界平和を願うのも、それを乱す魔王を倒そうとするのも全部自分を安心させるため」
つまり、
「安心したいと願い、求めるのは誰であっても同じ。罪ではないのです」
私の言葉に瞳をうるませるスノウ嬢。
そこに私は毒を流し込む。
「その首輪、着けてみますか?」
「っ!?」
「もし、あなたが私のものになってくれるのなら、それだけで他のすべての安心が簡単に手に入るでしょうね」
「安心、が?」
私はうなずく。
「力によって不当に服従を強いられ、人権や尊厳を踏みにじられるのはたまらなく辛いでしょう?」
過去の心の傷に触れられ、スノウ嬢の顔がゆがむ。
「は、い……」
私は優しく見えるよう、スノウ嬢に微笑んであげながら語り掛ける。
「それではなぜ民は王に服従し、己の人権や尊厳を左右できるほどの権力を王に与えてしまうのでしょうか?」
「は?」
急に変わったように聞こえる話題に、スノウ嬢は小さく口を開けた。
無防備な、幼子のように。
そんな彼女に語り掛ける。
「民が王に仕えるのは、それによって王以外のすべてから保護してもらえる。つまり安心できるからです」
そこで、です。
「その首輪を着けて私に隷属することに何の不安感があるのですか? 私に従うだけで他のすべての安心が簡単に手に入るのですよ」
そう、彼女だけに聞こえるようささやきかける。
「その首輪はお預けします。もし、あなたが望むのなら、それを持って私のところまでいらっしゃってください」
最後に笑って、
「歓迎いたしますわ」
そう告げ、身をひるがえした。