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第15話「慈悲の心」(エルフメイド)

「まぁ、そういうことで。ロズ、スノウ様のお世話をよろしくね」

「はい」


 お言葉にうなずく私に微笑んでお部屋を出られるアドルフィーネお嬢様。

 そのお背中に、


「これが『慈悲の心』というものなのでしょうねぇ」


 私が漏らしたつぶやきに、ロキ様が反応しました。


「なんだそれは」


 信じられない言葉を聞いたとでもいう声。

 思わず苦笑しながら説明します。


「いえ、騎士団長様のご令息のお話を思い出しまして」

「あの活殺剣の?」

「はい、活殺剣の」


 代々この王国の騎士団長を輩出してきたランバルト伯爵家には、聖剣とともに活殺剣と呼ばれる剣技が伝わっていると聞いております。


「先ごろご令息、ランスフォード様が歴代最年少で聖剣の継承を果たしましたが、それがどうやらお嬢様の影響を受けてのことだというのです」


 武人の家系にふさわしい頑健な身体。

 邪魔にならないようオールバックにまとめた黒髪に引き締まったお顔を持ったあの方が、お嬢様の前だけでは年相応の少年の笑顔を見せるのですよね。


「この活殺剣と呼ばれる剣技、活人剣と殺人剣、二つの体系の技からなるそうですが」

「聖剣の象徴、という話だったな」

「はい、聖剣アークセイバーはすさまじい切れ味を持つと同時に、その鞘には癒しの力が宿っています」


 お嬢様は「エクスカリバー?」などとおっしゃっていましたが。

 それはともかく、


「ロキ様は活人剣と殺人剣、どちらが強いと思われますか?」


 ロキ様は腕組みをするとその大きな手で自分のあごを撫でさすり、


「普通に考えれば殺人剣。不殺の活人剣など、きれいごとに過ぎぬが……」


 私が問うからには逆だということがお分かりの様子。


「確かに、並みの剣士レベルまでの戦いなら、勝つのは殺意が強い方に決まっています」


 しかし、


「達人のレベルまで到達した場合はまた話が違います。力量が伯仲した達人同士で殺人剣と活人剣をぶつけ合えば、必ず活人剣が勝つのだそうです」


 私はランスフォード様から聞いた言葉を告げます。


「それがランバルト家に伝わる活殺剣の極意『慈悲の心』」


 これを真に理解しなければ聖剣の継承は絶対にできない。

 そういう話でした。


「師である父に、そして偉大なる祖父に繰り返し言われたランスフォード様はそれが示すことが分からず「どいつもこいつもおなじようなことを!」と荒れていたのですが」


 それが、お嬢様と交流を深めることで変わられた。


「武術のことは私にはよく分かりませんが、我がマクラミン男爵家に伝わる『調教』という技術の粋を極めた私には、その理屈が理解できました」


 他流とはいえ一流を極めると同じ心境にたどり着くものなのかもしれませんね。


「お前がか?」


 非常にうさんくさそうに、ロキ様が私を見ます。


「さすがにそういう目で見られると傷つくんですが」

「まさか、マクラミン家の者が傷つくなど聞いたことがないぞ。ヘビがサンバを踊るようなものだ!」


 無茶苦茶言いますねぇ。


「まぁ、確かにそのとおり、こんなことで傷つくような精神をわが家の人間は持たないわけですが」


 本家であるベッカー公爵家を影から支える暗部、非情の者こそが我々マクラミン男爵家ですからね。


「だからこそ、マクラミン家の『調教』の技はアドルフィーネお嬢様の『慈悲の心』には絶対に勝てないのですよ」


 そのことをランスフォード様はお嬢様から学ばれたのでしょう。

 だから、あのお方は聖剣の継承を受けることができた。


「人間には…… いえ、あらゆる生き物には同族を傷つけることに、同族殺しに対する忌避があります」


 種の保存が生命の本能であるならば。

 同族同士で殺しあうことに対してタブーを感じないわけが無いのです。


「憎しみや闘争本能、意志の力でそれを無理矢理外す、心を凍らせることで心の枷を働かなくする。人を必ず殺してしまう殺人剣を振るうには、そういう準備がどうしても必要になります」


 その剣技の威力が大きければ大きいほど、それを人間に対して放つことに対する心の抵抗は大きくなる。

 それに対して、


「では、本気で放とうとも絶対に人を殺さない技があったらどうでしょうか?」

「まさか……」


 ロキ様も気づいたようですね。


「そう、人を殺さない技、活人剣であるならば恐れず、ためらわず、何の気兼ねも無しに相手に対して安心して全力で放てる」


 ほんの少しの差が勝敗を決する達人の領域で、この違いはあまりにも大きい。


「だから活人剣は殺人剣に必ず勝つのです」


 おそらく殺人剣はこのことを学ばせるために作られた学習用の技。

 ランバルト家に伝わる活殺剣は活人剣と『慈悲の心』こそが真髄なのでしょう。


「では…… お前のような者はどうなのだ?」


 おっと、そこに気づかれましたか。


「ええ、私のように生来、良心というものを持たずに生まれた者、殺人に対する忌避を持たない異常者も居ますが」


 でも、これでは話にならないのですよ。


「武術というのは、心技体、すべて揃ってはじめて十全の力を出せるものなのだそうです」


 私は苦笑して言う。


「私のような異常者には、その内の『心』というものを技に乗せることができない。感情を排した暗殺者では剣聖には絶対に勝てない、そう言われているのはそれが理由ですよ」


 そもそもランバルト家の活殺剣とは、断てぬものは無いと言われる聖剣で放つ殺人剣を見せ技に、反対の手で持った黒塗りの鞘で活人剣を全力で叩きこむという恐ろしいものですしね。

 癒しの力を持つ聖剣の鞘で殴られても破壊された身体は瞬時に癒されますが、だからこそその痛みは想像を絶するものになる……


 お嬢様は「剣豪が鉄の棒で人の頭をガンガン叩いて『不殺』とかバカじゃないの」などと呆れられていましたが。


「ん? ということはつまり、アドルフィーネも」


 私が何を言いたかったのか、お分かりになられたようですね。


「はい、お嬢様は純粋に善意で聖女様に接していますからね」


 ですから、そこには何の迷いもためらいもない。

 お嬢様は安心して全力で良かれと思って聖女様に調教をできるわけです。

 ご本人にその気はありませんが、だからこそ、ですね。


 これが狂信者のように歪んだ思想に基づくものなら、その歪みが無理を生じさせるのですが、お嬢様にはそれがない。

 あれだけ無茶苦茶をしながら、実際にはきちんとした筋が通されている。

 だから強い。

 だから誰にも負けないのです。


 ロキ様は呆れたようにため息をつきます。


「そんなものを叩き込まれた日には……」

「聖女様の心と身体が持つわけがありませんね。堕ちるのも当たり前です」


 そういうことでした。

 聖女様が完堕ちさせられる訳をお届けしました。


 ご感想、またはブックマークやこのページ下部にある評価でポイントを付けていただけると幸いです。

 続きはみなさまの反響次第でということで。


 それではまた。

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