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第14話「大型犬が人懐こいわけ」

 慣れない運動で疲れてしまったのかブラッシングの途中で眠ってしまったスノウ様。


「いえ、あれは疲れたせいではなくお嬢様に与えられる快楽のあまりに意識が焼き切れてしまったものかと」

「えっ?」


 よく分からないことを言うロズの手を借りて、スノウ様を客間のベッドに寝かせた。

 本当、こうして幸せそうにすやすやと眠る様は雪狼の聖女と言うよりは、白い毛並みを持つ大型犬のよう。


 そうして自室に戻ると、昨晩に引き続き何とも微妙な表情をした美青年、魔神ロキが迎えてくれた。

 彼は呆れたように言う。


「まさか、裸に剥いた聖女を犬のように引きずり回し調教するとは」


 は?

 調教?


「また何かとんでもない誤解をしていない? ロズも何とか言って……」


 と背後に控える彼女を振り返ってぎょっとする。


「って、なんでそんな出来のいい生徒を見る教師のような顔をしてるの!」

「いえ、なんのためらいもなく笑顔で聖女様の心を折り、屈服させ、飼われる快楽をその身体に情け容赦なく刻み込むお嬢様の鮮やかな手並みに、この私も感服……」

「しなくていいから!」


 ロズにそっちの才能を認められたらお終いだと思うわ。

 私自身も身をもって知っているだけに。

 このサディストエルフメイドは!


「二人とも、また何か誤解しているようだけど違うんだからねっ」


 私はため息をつきながら説明する。


「そうねぇ、大型犬って大抵人懐こいものなんだけど、なぜだか分かる?」


 いきなり変わったと思えるような話題に、魔神は眉根を寄せてこう答える。


「身体が大きい分余裕があるから小型犬のようにヒステリックに吠えない。それを人間が優しい性格と感じるということか?」

「うーん、そういうのもあるかも知れないけど」


 ここで私が言いたいのは、


「昔、田舎の祖父が秋田犬あきたいぬ…… そう呼ばれる大型犬種を飼っていたんだけど」


 二人には私が転生者だということは話している。


「これが私が訪ねて行くと右に左に跳ね回って大変な騒ぎなのよ」


 鎖でつながれていて首が締まるっていうのにお構いなしで、こっちに少しでも近づこうとするし。


「どうしてそんな風になるかって言うと、大型犬って大抵、常に運動不足なの。だから人が来ると「構って、構ってーっ」って、一生懸命じゃれ付こうとするわけ」


 そんなあの子の相手は大変だったわ。


「運動不足?」


 首をかしげるロキ。

 これは分かってないわね。


「狼は群れを成してボスに従い、縄張りを見回って生活をする習性があるけど、狼に近い犬は飼い主に散歩に連れて行ってもらうことで、そういった欲求を満足させるわけ」


 おしっこで塀や電柱にマーキングしたりするのも縄張りの主張だしね。


「それで秋田犬のような大型犬が満足するだけ散歩をさせるとなると、朝に一時間、夕方にも一時間、それだけの距離を連れ歩かないと駄目なのよ」

「それは……」


 そう、大抵の人には無理ね。

 だから秋田犬を飼うのは難しいのよね。

 これぞ日本犬! っていう均整の取れた体つきにくるんと巻かれた大きなしっぽ。

 大きな身体のわりに人懐こい優しい顔つきが魅力的で、本当にいい犬種なんだけど。


「祖父も運動不足にならないよう、物干しのように張ったワイヤーに滑車付きの鎖をぶらさげてそれにつないで行ったり来たり走り回れるようにはしてたけど」


 でも一か所を往復するだけじゃあ、面白くないわよね。


「だから人間が来ると喜び勇んで「散歩に連れてってー、そうじゃないなら一緒に遊んでー」ってじゃれついてくるのよ」


 大型犬の体力でね。

 大抵の人はその迫力に逃げ腰になっちゃって、それで遊べなかった犬がまたしゅんと落ち込んじゃったりするんだけど。


 まぁ、つまり。


「スノウ様って獣人の血を引くことでいじめられていたから、狼の耳と尻尾を隠して目立たないよう息を殺すように暮らしてきたでしょ。でもそれって彼女が持つ雪狼…… 犬の本性からすると虐待を受けてずっと散歩にも連れて行ってもらってなくて生きてきた飼い犬のようなものなの」

「なるほど」


 ロズが片眼鏡モノクルの奥の切れ長の瞳を見開き、納得したように言う。


「そんな哀れでかわいそうな犬をお嬢様は生まれて初めての散歩に連れて行ってあげたということですね。それならあの聖女様の嬉しがりようも分かります」


 全身で喜びを表現してたわよね。

 うんうんとうなずきあう私たちに、しかしロキは怪しいものでも見るかのようなうさんくさそうな視線を向ける。


「例えそうであっても犬のように四つん這いにして引き回し、屈辱を与え心を折る必要はあるまい?」


 ロキは言うけど、だからさっきの話に戻るわけ。


「秋田犬…… 大型犬の話をしたでしょ。伝説の雪狼の血を引く彼女の本来の体力ってそれよりさらに上よ」


 私がそれに付き合いきれるわけが無いでしょ。

 これでもお嬢様育ちの公爵令嬢よ、一応。


「四つん這いでの歩行は軍隊でも取り入れている国があるほど効率的な全身運動法なの」


 やってみると分かるけど、なかなかきついのよ、あれは。


「これなら短時間で彼女に必要な運動を終え満足させてあげることができるわ」


 そういうわけ。

 幸いこの家、公爵邸は足が沈み込むほどの高級な絨毯が敷き詰められ、庭にも青々としたふかふかの芝が敷かれているから四つん這いでも手足を傷つけたりしないしね。


「そもそも彼女は雪狼の血を引くために持っていた膨大な魔力から王立学園でも術師系の道を進んでいたけど、実際にはケタ違いの身体能力の素質を生かした剣士系に切り替えた方がはるかに強いのよ」


 これは私が前世でプレイしたこの世界の物語、乙女ゲーム『ビター・ラブストーリー』でもそうだった。

 だから身体を鍛え基礎体力をつける意味でも毎日の四つ足歩行運動による散歩は欠かせないわ。


「それに剣士系の授業を受ける女生徒の制服は動きを制限しないミニスカートにスパッツ。術師系を志す生徒のような全身を覆うフード付きローブじゃないから彼女の狼の耳と尻尾が露出するわ」


 つまり、


「彼女が獣人とのハーフであることでいじめられていた過去を乗り越えるためにも、剣士系に転向して耳や尻尾を見せながら活躍をしていくのが理想なわけね」


 まぁ、剣士系の生徒向けの制服やそういうデザインの普段着について発注はしたものの間に合わなかったから今朝はドレスだけ脱いで運動してもらったんだけど。

 この公爵邸には使用人も含めて身内、家族と言っていい間柄の人間しか居ないからいいわよね。

 私自身、前世を思い出す以前の幼い頃はキャミソール姿で邸内を歩き回ったりしてたし。


 分かってもらえたかしら。


「つまり、こいつは純粋に善意で自覚無しに聖女を完全調教してのけたということか」

「よろしいんじゃありません? 結果として聖女様のためにもなっていますし、聖女様自身も喜んでいますし」

「むぅ……」


 何だかロキとロズがひそひそと話し合っているけど。


 何も問題ないわよね?

 秋田犬、可愛いですよね。

 あの体格で全力でじゃれつかれるのは大変ですけど。


 お読みいただき、ありがとうございました。

 ご感想、またはブックマークや評価でポイントを付けていただけると幸いです。


 それではまた。

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