第12話「絶対屈服のお尻叩き」(エルフメイド)
あれは、寒い冬の日のこと。
お嬢様は、とあるきっかけで知り合った下町の平民の男の子と、勝手に屋敷を抜け出してしまったのです。
「お二人をつかまえたら折檻です。まず、お嬢様より年上でやんちゃな男の子に、お嬢様の目の前で見せしめになってもらいます」
お尻叩きにも、技術というものがありましてね。
細い一本ムチは、皮膚を切り裂いてしまうので危険。
パドルと言って、平たい、面積の広いムチで叩くのが安全でしょう。
傷つけるのではなく、痛みを与えるのが目的なのですから。
パドルでお尻を叩くと大きな音がします。
これが恐怖をあおるので都合がいい。
そして、自分より大きな男の子が悲鳴を上げ、恥も外聞もなく許しを請う声。
お嬢様は思わず目をそらし、耳を塞ごうとしてしまうのですが、もちろん許しません。
そして、自分より幼い女の子に無様なところを見られ、ますます追いつめられる男の子。
たっぷりと時間をかけ、お嬢様の目と耳に惨状を刻み付けました。
この後、自分がされてしまうことをね。
「終わるころには、なにもされていないはずのお嬢様はフラフラでしたわ」
でも私は優しいのです。
お嬢様もお疲れですし、お仕置きは夜、寝る前に延期して差し上げます。
お嬢様も、情けない悲鳴をこの子や屋敷の使用人たちに聞かれたくはないでしょう?
「もちろん、それも罠ですけど」
イヤなことはいっそ、さっさと済ませてしまったほうが精神的に楽でしょう?
お仕置きを夜まで延期することで、それまでの時間、お嬢様は刻み付けられた恐怖をフラッシュバックのように何度も頭の中で反芻し増幅させ、震えながらすごすことになるのです。
夜になり、満月が美しい姿を現すころにはお嬢様はすっかり『できあがって』しまっていました。
そして、使用人たちに聞こえないように、と言いましたが、実際には幼いお嬢様の就寝時刻は早く、屋敷の者たちはもちろんまだ寝ていません。
それどころか、夜になり仕事を終えて静かに過ごしているため、お嬢様が悲鳴を上げたら全部聞かれてしまうという状態でした。
冬場に気を付けなければならないのは、お尻が冷えていると、痛みが倍増するということ。
ですから身体を温めたほうが良いとお嬢様に忠告し、暖かな紅茶をお出ししました。
そうして私のことをすっかり信用してしまったお嬢様は、下着を下し自ら私の膝の上に載って、その小さくかわいいお尻を差し出したのです。
その、血管の浮き出て見えるような白いお尻を優しく撫でほぐし……
「不意打ちで、容赦ない平手打ちを見舞いました」
思わず透き通るような絶叫を上げるお嬢様。
「屋敷の者に聞かれてしまいますわ」
とささやいてやると、その小さなモミジのように愛らしい手を口に当てて必死にこらえて。
痛みに耐えようと、ぶるぶると身体が震えるほど力を入れて身を固くするのですけど、しょせん、お嬢様育ちの幼い女の子。
その体力はたかが知れていて、すぐに力尽きて力が抜けてしまう。
そこを狙いすまして痛烈に叩く!
何度も、何度も。
ゆっくりと、お嬢様の恐怖が最高潮に達し、耐えられなくなった瞬間に、お尻に叩き込まれる平手打ち。
そうして、息も絶え絶えになったところで、お嬢様にささやきかけます。
「ところで、世間にはムチで叩かれたりいたぶられたりすることで快感を覚える者が居ますが、これはそういった特殊な性癖の者だけに限られた話だとお思いですか?」
実は、これにはからくりがあるのです。
「運動すると、体に負担がかかって苦しいはずなのに気持ちがいいですよね」
お嬢様はランナーズハイと言っていましたが。
「これは苦しさを紛らわせるため脳内麻薬が分泌されるために起こるのですが、ムチ打ちでも同様の現象を引き起こすことができるのです」
痛みに耐えるために多量の脳内麻薬が分泌され、ランナーズハイを遙かに上回る多幸状態を造り出してしまう。
脳内麻薬に常習性はないが、
「その状態で、エッチな刺激をほんの少し与えてあげれば、通常ではありえない深い快楽を感じることができる。それが忘れられなくなってしまうのですね」
ムチ打ちに耽溺するマゾヒストができあがってしまうのは、そういった仕組みがあるからなのです。
「まぁ、性的に未成熟なお嬢様にはまだお教えできませんが」
でも、
「人体にはもう一つ、『生理的快感』というのが備わっていてですね。これは要するに、ご飯を食べるときに感じる快楽なんですが、その他にも……」
私はお嬢様にささやきかける。
「おトイレ、我慢してるんじゃないですか?」
わざとはしたなく、あけすけに聞くと、びくん、とお嬢様の身体がふるえる。
「想像してみてください。我慢は苦しいですよね。でも出すことが出来たら?」
気持ちいいですよね。
「そう、それもまた『生理的快感』のうちなのです。そして『生理的快感』と『性的快感』は別物ですが、非常に似ているのでヒトは体験によって、これらを混同してしまうことがあるのです。しかも、そうやっていったん間違えて身体と精神が学習してしまうと…… もうダメです」
なぜなら、
「それは生きていくうえで必要な、根源的な喜びなんですから。精神力とか淑女としての心がけとか貴族のプライドとか、そんなモノで我慢できるはずがないのです」
「ま、さか……」
脳内麻薬でぐちゃぐちゃになった頭でも、ようやくハメられたと分かったのでしょう。
私は心からの笑顔で答えた。
「ええ、紅茶には利尿作用がございますからね。それを『身体があたたまる』までお飲みになって、寒い冬場の室内でお尻を出して過ごしたのですから、当然……」
その瞬間の、お嬢様の顔といったら!
信頼して心を許していた侍女に裏切られ、信じられないという驚きと深い絶望がないまぜになったそのお顔が本当に素敵でした。
「我慢しようにも、緊張のあまり限界を超えて酷使された筋肉はがたがたでもう身体に力が入らないでしょう?」
脳内麻薬は火事場の馬鹿力を引き出しますが、その反動は当然その身に跳ね返ってきます。
「お嬢様はもう王手詰み、チェックメイトにハマってしまったのです」
でも、
「まぁ、私も鬼ではありません。あと3回、お尻叩きに耐えられたら勘弁してあげましょう」
そして、手を振り上げ……
「さすが、アドルフィーネお嬢様。信じられないことにあの状態で、3回とも耐えきったのです」
そう言うと、ウィル様はほっと息をつき、
「4回目の不意打ちで決壊しましたけど」
と続く私の言葉に、あの時のお嬢様と同じ、安堵から一転して絶望へと叩き落されたことに信じられないという顔をして、
「そんな、約束したのに!」
と言われる。
やはり、ご姉弟でいらっしゃいますね。
そして私は今も昔もこう答えるのです。
「すみません。私は生まれてこの方、一度も『約束』というものをしたことが無いのです」
と。
私はロズ・マクラミン。
ベッカー公爵家の持つモンスター・テイマー、魅了の力に頼らない『調教』技術で主家を影から支えるマクラミン家の者。
その技術と一命をもって、アドルフィーネお嬢様の枷となる『鎖』を務める非情の者です。
「まぁ、あれだけの仕打ちを受けていながら、今も『苦手』という程度で私という存在を受け入れているアドルフィーネ様こそ、大したものなのですけどね」
無理に抑え込んでいるため、あの日の晩と同じ満月の夜には反動で我慢できなくなってしまわれるのですが、そうして乱れるさまもまた好ましい。
この命果てるまで、お仕えさせていただきます。
私のかわいいお嬢様。
本編の過去編はこれで完結です。
お読みいただき、ありがとうございました。
次からは本編の続き…… を書けるといいなぁ。
反響次第で長編化、連載版の掲載も考えます。
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