第1話「あなた自身が不幸を望んでるんだもの。幸せになりようがないわ」
流血するまで顔を殴られ、真冬の池に突き落とされ、虫入りの料理を食べさせられる。
過去、壮絶ないじめに遭った少女スノウ。
母親の再婚でそのいじめを行った伯爵令息ダリウスと義兄妹になり逃げ場の無い一つ屋根の下で更なる虐待を受けるが、それに耐え、聖女として選ばれ最後には心を入れ替えたダリウスと結ばれる。
乙女ゲーム『ビター・ラブストーリー』のメインシナリオのとおり事態は推移し、そして今日、王家主催のパーティー会場で私が転生した悪役令嬢、アドルフィーネ・ベッカー公爵令嬢はダリウス様から婚約破棄を申し渡された。
だが、そんな彼らのハッピーエンドを私は言下に否定した。
「断言しますわ。スノウ様、あなたは将来、幸せであることにどうしようもない苦痛を感じ、耐えられなくなる」
これは確実だ。
「そしてまた自分を虐待するような悪い男を無意識に求め、誘惑し破滅する。今度は家族ごと」
「バカなっ!」
ダリウスが食って掛かる。
それはそうだろう。
彼がぐれてスノウ嬢にいじめと言うには凄惨すぎる虐待を強いたのは、母親たる伯爵夫人がろくでもない男に引っかかって孕ませられ貢がさせられ、家庭を崩壊させたからだ。
それを彼自身の恋人、将来の妻が繰り返すなど耐えられないだろう。
そもそも親子二代にわたって寝取られ男になるなど、醜聞もいいところであるし。
「世間には何度ひどい目に遭っても繰り返し悪い男に引っかかり、不幸になり続ける女が居ますわ。何故だかお分かりで?」
『何でこりずにそういう男ばっかり何度も選んで不幸な方、不幸な方へと進むの!』という不幸体質の地雷女は前世でも居た。
何故か。
「そういう女性は心を病んでいるのですわ。それゆえ無意識につらい過去のやり直しを求める、そう言われています」
だから何度も繰り返し不幸になった状況を再現して悪い男に引っかかり、当たり前だけど不幸に堕ちる。
まさに負のスパイラルだった。
「ねぇ、スノウ様」
私の呼びかけに、ダリウスの陰に隠れるように立っていたスノウ嬢はびくりと肩を震わせる。
そんな彼女に私は残酷なほど優しく問いかける。
「あなたには好意を持って下さった殿方が何人もいらっしゃいましたよね。なのにどうしてわざわざ、過去、自分を虐待したような酷い男性を選んだのかしら?」
オレ様第一王子を筆頭に、インテリメガネの宰相令息、筋肉バカ騎士団長令息、陰キャ宮廷魔術師長の弟子、更には私の弟、年下子犬系公爵令息と攻略対象キャラはより取り見取りなのに。
どうしてよりにもよって、凄惨なまでに自分をいじめ抜いた男をわざわざ選ぶのか。
つまり、ヒロインは……
「黙れ黙れ! スノウは違う! あんな女とは違うんだ!」
ダリウスが激しく首を振る。
語るに落ちるとはこのことか。
つまり、自分の母親とスノウ嬢の共通点、それが自分から不幸になる地雷女だと理解したのだ。
だからこその否定の言葉だ。
「仮に過去、俺がやったことが彼女を傷つけてしまっていたのだとしたら、それは俺の罪であって彼女に非は無い!」
『仮に』とか『だとしたら』って、あそこまでいじめぬいておいてそれっぽっちの認識なのですか?
いじめの加害者って本当にゲスね。
吐き気がするわ。
婚約破棄されて本当に良かった。
豪奢な扇で不快にゆがむ口元を隠す。
そんな私の悪感情に気づかない最低男は、なおも叫び、言い募る。
「それに彼女が過去のやり直しを求めているというのなら、彼女をいじめていた俺が改心したことで彼女は救われるはずだ!」
そう思うかもしれないけどね。
「無駄ですわ」
私は冷徹に言い切った。
「なに?」
「だいたい幸せになりたいのなら、まともな男性とやり直せば良いとは思いませんか? そうしないのは、それでは過去を再現したことには、やり直したことにならないからなのです」
そして、
「それはつまり、ダリウス様は彼女への態度を改めてしまった時点で、やり直しの対象の資格を失っているということですわ」
「なっ…… どうしてそんなに……」
納得行かない様子のダリウス。
まぁ、当然よね。
何でそこまで偏執的にこだわるのか、私も最初は分からなかったわ。
「なぜ、彼女のような女性は何度も不幸になると分かっていても同じ状況を執拗なまでに繰り返そうとするのか。それは可能性を自覚したくないからですわ」
「可能性だと?」
そう、
「まともな男性を選んで幸せになってしまったら『男を見る目が自分にあったら、過去、あんなにひどい目には遭わなかった』という事実に気づいてしまいますもの。スノウ様は過去と同じで今回も虐待されても誰にも助けを求めなかったでしょう? それも『誰かにきちんと助けを求めていたら、あんなつらい目には遭わなかった』という事実に気づくことに耐えられなかったからですわ」
過去にあったことが辛過ぎて、自分次第でそれが避けられたという事実を知ることに耐えられなかったのだ。
「バカな、それでは彼女は永遠に幸せになれないではないか」
ダリウスが思わずといった様子で叫ぶが、それは真実だ。
「スノウ様自身が不幸を望んでいるのですもの。幸せになりようがありませんわね」
ため息交じりに言う。
「不幸を?」
ダリウスは虚を突かれたように呆ける。
まぁ、気持ちは分かるわ。
「私は『スノウ様のような女性はつらい過去のやり直しを求めて不幸を繰り返す、そう言われている』と申しましたね。実はそれは正しくありません」
「は?」
「そしてそれがダリウス様にいくら幸せになるよう尽くして頂いても、スノウ様が幸福にはなれない理由なのです」
ひゅっ、とスノウ嬢が息を詰める。
そんな彼女を見据えながら私は淡々と語る。
「スノウ様のような女性たちは不幸を繰り返すことで、『やっぱり過去の不幸は避けられない、どうしようもなかったことだのだ』とあきらめ、安心してしまいたいのです」
スノウ嬢の身体がガタガタと震える。
「彼女たちは幸せに耐えられないのですわ。自分にも幸せになる可能性があったということに。自分次第であの過去の不幸は避けられたかもしれないという事実に」
だから、
「もう一度、断言しますわ。スノウ様、このままダリウス様と一緒になってもあなたは将来、幸せであることにどうしようもない苦痛を感じ、耐えられなくなる」
これは確実だ。
「そしてまた自分を虐待するような悪い男を無意識に求め、誘惑し破滅する」
一見、救いようのない不幸だが、彼女にはそれこそが救いなのだ。
「そうしてようやくあなたは安心できるのですわ。『自分が不幸になるのはやっぱり避けられない運命だった』と自分に言い聞かせ、過去をあきらめて安心することができる」
逆に言えば、彼女のような地雷女は、自傷行為、自分を慰める道具として暴力をふるうどうしようもないDV男を利用するのだ。
万が一、男がダリウスのように改心してしまったとしても、そんな男は地雷女には不要なものに成り下がる。
「いじめっ子といじめられっ子の間に恋物語など生まれない」
私は重い息を吐きながら言う。
「当たり前の話でしょう?」