表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

エピローグ:めぐりくる季節


 桜の花びらが舞うのを目で追いながら、柊一郎はある日の自分の言葉を思い出す。


『きっとご両親は、春になるたびに、春子ちゃんが生まれた時のことを思い出すよ』


 春が来るたび、春のように温かい少女と出会った日のことを思い返し、ああまた一年が過ぎたのだと思う自分がいる。


「春子、今年も春が来たよ」


 柊一郎の手からすり抜けるように花びらは風で舞い上がり、花のような火傷の痕に優しく触れる。


 ◆


 あれから――ずっと、ずっと、春子は、柊一郎と共に、生きてきた。

 自分といることは、ひとところに居られないということで――春子にはそのことで随分と苦労をかけさせてきたはずだと思う。


 それでも――春子は、柊一郎の手を引いてくれた。

 高校を卒業し、二十歳を過ぎた春子は、たくさんのものを失いながら、柊一郎の手を取り、共に生きることを選ぶ。


 柊一郎が無駄に生きてきた時間は、春子のものになり、それから柊一郎は、どうにかそれを幸福で埋め尽くそうと必死になり、時にはそれが彼女を傷つけることもあった。

 気まずくなった時は、決まってどちらかがココアとコーヒーを淹れる。もしくは、テーブルの上に本がそっと置いてある。


 そうやって二人の符丁は増えて、それが嬉しくて、でも、身に余る幸福が恐ろしくなって、迷うこともあって。

 それでも、確かな日々を。


 ◆


 人生は、何で測れるだろうか。

 生きた時間の長さ?

 きっと違う。


「ありがとう、春子」


 春子に出会うまでの自分は、きっと本当の意味で生きていなかった。

 ただただ時間が流れるのを、移ろうのを眺めていただけで、その時間の外側に、自分を置いていた。

 春に花が咲くことを、秋に葉が散ることを、ひとつひとつを追いかけて、大事なものを抱きしめるように噛みしめるように、生きていくことを思い出させてくれたのは、君だった。


 そして、それは、今も。


「柊のおじちゃん、行こう、行こう」


 満開に咲いた桜の木を見上げ、物思いに耽っていた柊一郎を呼んで、手を引いて走る子供。目の大きい女の子に、春子の面影を探す自分がいる。


「ああ、行こうか……そろそろ三回忌が始まるね」


 振り返れば、桜の木の下には、自分を迎えてくれるたくさんの家族たちがいた。

 今はもう空に旅立った春子が、永遠に自分に残してくれた、大切なメジャー。

 子供の成長を、孫の成長を、と言っているうちに、まだまだどこまでも生きていたいと思っている自分がいて、柊一郎は知らず、泣き笑いのような表情になる。


 これからも自分は、時に孤独に身を焼かれながらも、それでも、生きていくのだろう。

 人生を測る物差しを、もう柊一郎は落とすことはない。


挿絵(By みてみん)


不老不死って大変なんだ。


某保険会社(アヒルさんの保険会社です)の『不老不死の男』というCMを見て、げらげら笑いながら、ふと思いつきました。→なぜこんな話になる。


柊はその葉の形から、「ひりひり痛む」を意味する「(ひいら)ぐ」より名がついたとされているそうです。また、冬でも緑の葉を落とさない常緑樹であることから、不死の象徴ともされているとか。


冬を名前に持つ孤独な男と、春を名前に持つ少女が出会う小説。


お読みいただきありがとうございました。

少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ