プロローグ:春のはじまり
なろうの中で、皆様の素敵な恋愛小説を読んでいるうちに、自分でも書きたくなって恋愛小説を書いてみました。
人生は、何で測れるだろうか。
生きた時間の長さ?
きっと違う。
◆
春子は、窓際で静かに本を読んでいた。
日は入るものの、まだ春になったばかりで、部屋はまだ少し寒い。スカートから伸びる細い足を、ぴったりと合わせて縮こまるようにしている。
柊一郎が湯気の立つカップを差し出すと、春子は顔を上げた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
春子は読み掛けの本に栞を挟んで、傍に置くと、両手で包むようにカップを受け取った。舌が火傷しそうなほど熱いココアを、ゆっくりと、味わうように口に運ぶ。
「気に入ったのなら、借りていって構わないよ」
柊一郎は春子の読んでいた本に目を向けた。『はてしない物語』――ミシャエル・エンデの名作だ。臙脂色の美しい装丁のファンタジー小説は、読み始めれば引き込まれて止められないだろう。
「いいんです。ここで読みたいんです」
春子が首を振ると、真っ直ぐの黒髪が、さらさらと揺れた。その言葉に、柊一郎は少し苦笑する。
ココアをまるで宝物のように、時間をかけて大切そうに飲み終えた春子は、カップを両手で持ったまま、柊一郎に呼びかけた。
「柊一郎さん」
「何だい?」
「私、高校三年生になりました」
「……そうか、良かったね」
柊一郎は何を言うべきか少し考えた後、そう答えた。無事に進級できたのだから、良いことに違いはないだろう。
「私がここに来るようになって、一年になります」
「そう……だね」
「好きです」
柊一郎は、春子の言葉に目を瞬かせた。
「私、柊一郎さんが好きです」
「……。」
駄目だよ、と柊一郎が言う前に春子の大きな瞳が柊一郎を見つめる。
「どうしてですか? 私がまだ子供だからですか? 年が離れているからですか? でも私」
「……春子ちゃん、」
嫌いな訳がない。
一年もの間、古本屋を巡って、本を貸し借りして、一緒に散歩に出かけて、ゆっくりとココアを入れて、たくさん話をして、――春子と柊一郎は、そんな時間を過ごしてきたのだ。
それでも、柊一郎は春子の言葉を遠ざけようとした。
「僕の事情は、春子ちゃんも知っているよね? だから、」
「でも、私、柊一郎さんが好きです、柊一郎さんは、柊一郎さんは――」
――私が好きですか。