表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇王剣ドミナントソード  作者: ノブタカ
9/14

第Ⅷ章 覚醒


 気付くと、いつの間にかドミーナは、さっきまでの平原とまったく異なる

場所にいた。

 そこは漆黒の無重力空間。

 闇のなかで、ドミーナの身体は、ふわふわと漂っている。

 遺跡の石室で寝ていたときとよく似た状況のようにも思えるが、体が本当

に浮かんでいることと、イミテーションの星が輝いていないことが違う。

 そこには偽の星明かりも、カンテラもなかったが、あたりが完全に漆黒の

ベールに覆われているわけではなかった。

 周囲には星の代わりに、膨大な映像シーンが、ひとつなぎのフィルムのよ

うに、次々と流れていたからだ。

 こんな世界が、現実にありえるわけがない。

 ここは、ドミーナの頭の中。

 彼女の精神世界。

 ソードオブルーラーに蓄えられていた膨大な記憶や知識が、自分の脳内に

流れ込んで来るのを、彼女は視覚的なイメージとして捉えていたのである。

 既にソードオブルーラーが有する基礎的な知識部分を、脳内へダウンロー

ドし終えたドミーナには、それが理解った。

 ドミーナの周囲で映画のフィルムのように流れていたイメージの奔流は、

徐々にゆっくりになり、やがて件の遺跡が映っているシーンで流れを止めた。

 そして今度は、映像の風景が周囲の漆黒の空間を侵食し始め、気付いたと

きにはドミーナは、映像の風景のなかに入りこんでいた。

 イメージのなかで再現された遺跡は、ドミーナの知っている遺跡の姿とは

大きく異なり、壁面はピカピカ。

 未来的な高層建築物だった。

 それだけではない。

 底面にはノズルとおぼしきものや、翼のような物まで生えていた。


(これって、もしかして建物じゃなくて、巨大な乗り物?)


 さらに遺跡を取り囲むように、以前夢で見たのと同じ白亜の尖塔が、何本

もそそり立っていた。


(まるで回教のモスクか、ミナレットみたい)


 ドミーナの生きている世界には、回教どころか一神教すら存在していない。

 なのに、ドミーナがそのような喩え方をするのは妙な気もするが。

 ソードオブルーラーからドミーナの脳にダウンロードされた知識の影響が、

もう出始めているのかもしれない。

 また遺跡からそれぞれの尖塔へと、白い吊り橋のような物が架かっていた。

 遺跡と尖塔を行き来するための空中回廊のようにも思われる。


 そしてその尖塔の一本の前で、二人の人物が向き合って立っていた。

 ひとりはあの巨大な蚕の怪人。

 もうひとりは、蚕怪人の身長の五分の一ほどしかない若い女性。

 年の頃は二十歳くらいだろうか。

 ドミーナのお母さんみたいな、きれいな長い黒髪のひとだった。

 飾り気の無い、若草色のワンピースを身に着けていた。


「その姿は……。そうか、キミは本当に近代的な暮らしを捨ててしまったん

だな」


 聞こえてきたのは、若い男性の声。


(これが、蚕怪人の声? でも、この声どこかで……)


 ドミーナは、蚕怪人の声に聞き覚えがある気がした。

 もっとも、少女が一番気になったのは、その声ではなく、発声器らしきも

のがない蚕怪人が、どうやって喋っているのかだったのだが。


「火星に行く人たちも、体を小さくして行けばいいのに。そうしたら、こん

なにたくさんロケットを用意する必要もなかったでしょう」


 女性が尖塔群を見回しながら言う。


「その理屈は本末転倒だよ。小さくなりたくないから、火星へ移住するのに」


 ナンセンスだと言わんばかりに、蚕怪人が手を広げて見せる。


「だったら、火星へ着いてから、また元の大きさに戻せばいいじゃないの」

「いまの技術じゃ、体を縮めることは出来ても、元のサイズに戻すことは難

しいんだよ」

「あら、そうなの?」


 その話を、女性は初耳だったらしく、キョトンとした顔をしている。


「一度絵を縮小コピーしてから、拡大し直しても、元の絵とまったく同じに

はならないだろう? それと一緒さ。縮小・拡大を繰り返すことで、どうし

ても分子レベルで遺伝子情報の劣化が起きてしまうんだ」

「へえ、知らなかった」


 素直に感心する女性。

 それを見た蚕怪人は、参ったなあと、頭を掻くような仕草をする。


「そんなことも知らないで、小人化を選択したのかい? キミには本当に呆

れるよ」

「別にいいのよ。私が移民計画に同意してたのは、生き残りの人が全員で移

り住めるって話だったからなんだし。本音では、他天体へ移住するなんて、

あんまり乗り気じゃなかったんだから。地球に残れるなら、体が小さくなる

くらい気にしないわ」


 ツンと顎を上げ、女性は言った。


「やっぱりキミは凄い女性だな。『小さくなるくらい』なんて簡単に言って

のけるなんて」


 腰に手を当てて蚕怪人が言う。

 のっぺりした顔ではっきりとは判らないが、どうやら感心しているみたい

だ。


「でも返す返すも口惜しいよ。箱舟計画さえ頓挫しなかったら、一緒に行け

たのに。でも僕らの希望『移民船ノアシップ号』も、いまやロケットに燃料

を供給するためだけの、ただのでっかい燃料タンクになってしまったな」

「いまさら言っても仕方ないことよ」

 

 あっけらかんとした性格らしい若草色の服の女性も、蚕怪人のこの言葉に

は少し表情を曇らせた。


「そうだな。だったらせめてこれを受け取ってくれないか。これからキミた

ちの作っていく新世界では、ハイテク製品が禁忌だってことは知っているけ

れど、地球に残るキミたちと、宇宙へ旅立つ僕らの、友情の証の品として」


 蚕怪人は、その場にしゃがみ込むと、上体を折って女性のほうへ巨大な手

を差し出す。


(この映像……遺跡で眠りこけたとき見た夢と同じ。それにこの台詞も。戦

場で私の頭の中に語りかけてきたのと同じだ。そうか。ソードオブルーラー

は、このときに記録した音声や映像を再利用して、私に語りかけていたんだ)


 ドミーナは合点した。

 巨大な手が近付くにつれ、映像の中の蚕怪人の顔も徐々に近付いてきて、

アップになって行く。

 そして、スモーク加工された面の奥に透けて見える、蚕怪人の本当の顔が

露わになった。

 それは、端正な青年の顔だった。


 黒塗りの顔に見えた面は、暗色の遮光用バイザー。

 宇宙活動時は、さらにこの上からもう一枚、ゴールドメッキされた鏡面仕

上げのバイザーを下ろす仕組みになっている。

 白くて丸い頭部は、フルフィスヘルメット。

 蚕のように節くれだった身体は、全身をボンレスハムのように外部から締

めつけることで与圧を行なう引き締め型宇宙服。

 見た目のゴワゴワした質感は、旧来の宇宙服とそんなに変わらないものの、

スタイリングはそれでもかなり細身になっている。


 つまり蚕怪人の正体は、アストロノーツだったのだ。

 そしてアストロノーツが女性に差し出した物こそ、合体した状態のソード

オブルーラーであった。

 ソードオブルーラーを受け取った女性は、それを大事そうに両手で胸に抱

いた。


「それひとつあるだけでも、かなり生活の助けになるはずだよ」

「ありがとう。大事にするわ」

「もう出発の時間だ。じゃあ元気で」


 手を振り、別れるアストロノーツと女性。

 アストロノーツは、目の前の塔に寄せられた車輪付きの移動式櫓……乗降

専用台車の梯子上部に登ると、白亜の突塔……星間航行用の大型ロケットの

中へと消えていく。

 そして空中回廊……母船ノアシップから伸びた、燃料供給用パイプが外さ

れると、猛烈な煙と炎を噴いてロケットは空へと舞い上がって行った。

 ロケットを見送る女性の眼には、キラリと光るものが。

 女性は、ロケットの噴煙が見えなくなっても、その場をジッと動かず、い

つまでも空を見上げていた。


(そういえば、被り物の奥の、蚕怪人の眼も光っていたような……)


 アストロノーツの青年が、女性と別れるに際して、ヘルメット被ったまま

だったのは、もしかしたら涙を気取られぬためだったのかもしれない。


(もしかしてあの二人って、恋人同士だったのかな……)


 間近で二人の様子を見ていたドミーナは、ふとそんなことを思い、感傷的

な気持ちになった。

 でも、ドミーナの感傷的な気持ちなどお構いなしに、映像の奔流は再び流

れ出す。

 そして違う時代、違う風景へと、またも場面は切り替わる。


 今度現れたのは、遺跡の外景よりも、もっとドミーナに馴染みのある場所。

 無数の人口の星が瞬く、あの星見の石室だった。

 部屋の四方には、篝火が燃えていて、室内を明るく照らし出している。

 そこへ腰布だけ着けた労働者たちがやって来て、大きな石の台座を担ぎ入

れた。

 彼らは、重い石の台座を、部屋の中央へ据え付けようと四苦八苦していた。

 凝灰岩の台座部分は、どうやら石室にあとから持ち込まれたものらしい。

 どうして台座だけ、石の材質が違ったのか、これで理由が判った。

 石の台座が定位置に納まると、冠に白いローブをまとった神官とおぼしき

人物が、ソードオブルーラーをうやうやしく持ち上げ、台座の上に安置した。

 そして懐から巻物を取り出し朗々と読み上げる。

 もっとも、お経のような独特の韻律で読み上げているので、ドミーナには

何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

 でも、おごそかな雰囲気からして、なんとなく祝詞のようなものであると

理解できた。

 巻物を読み終えると、やがて台座を囲んで奉納の宴が始まった。

 宴もたけなわ。

 台座の周りを輪になって踊り狂う人々。

 神官も、労働者階級も別なく、楽しく飲み、食い、歌い、笑う、無礼講の

祭りだった。

 そして石室を照らしていた篝火が燃え尽きかけたころ。

 ようやく宴は終焉を迎えた。

 かろうじて燃えている篝火も、かなり弱々しくなっており、いまにも消え

そうだ。

 石室内は、かなり薄暗くなっている。

 祭りに参加していた人々は、騒ぎ疲れたのか。

 思い思いの場所に適当に転がって眠りこけていた。

 そこへ突如乱入してきたのは、白い布で顔を覆った十人ほどの集団。


(この人たちは、いったい?)


 なんと彼らは、手にした曲刀で、次々と眠りこけている人々の首を掻き切

っていく。


(ひいっ!)


 凄惨極まる光景に、ドミーナは、さっきまでの感傷的な気持ちなど、完全

にどこかへ吹き飛んでしまっていた。


(いやああっ、もう止めて!)


 ドミーナは、見ているのが耐えられなくなり、目を閉じ、さらに両手で目

を覆った。

 しかし、覆った手や、瞼すらも透過して、殺戮劇の映像は、直接少女の眼

球に飛び込んで来る。


(やだよおぉぉ、もう見たくないよおぉぉ!!)


 目を背けようとしても、背けることが出来ない。

 当然だ。

 この世界は、ドミーナの精神世界。

 目の前で起きている惨劇は、ソードオブルーラーが過去に起きた出来事を、

少女の脳内で再生し、追体験させているにすぎない。 

 目ではなく脳で見ているので、目を覆ったところで目を背けることなど、

出来るはずもなかったのだ。

 殺戮劇は、ほんの一分間ほどの出来事で、あっという間に終わった。

 でも少女の体感的には、永遠とも思える一分であった。


(ハァ、ハァ、ハァ……やっと終わったの?)


 殺戮劇が終わってからも、ドミーナはなかなか恐怖が治まらず、ワナワナ

と震えて続けていた。

 それでも、『その程度』のショックで済んだのは、他の子供ではなく、ド

ミーナだったからである。

 普通の子供であったなら、きっと二度と立ち直れないほどの精神的ショッ

クを受けていたに違いない。

 幼くして親の死に目に遭い、さっきまで独りで戦場という極限状況下に置

かれていたドミーナだったからこそ、この精神的拷問に耐え抜けたのだ。

 少女を見舞った数々の不幸こそが、少女に強い精神耐性を与えていたとは、

なんとも皮肉としか言いようがない。

 ソードオブルーラーも、ドミーナならば惨劇の現場を目の当たりにしても

耐えられると判断を下しし、あの映像を見せたのだろう。


 結局、部屋にいた人は、神官も、奴隷も、ひとり残らず殺されてしまった。

 床は、殺された人の血で真っ赤に濡れていた。

 全員を抹殺し終えたのを確認したあと、暗殺集団のひとりが、台座へと近

付いていく。

 そして、その真っ赤に染まった手で、ソードオブルーラーを掴んだ。


「これが伝説のソードウィズルーラーか」


(えっ、ソードウィズルーラー? ソードオブルーラーじゃなくて?)


暗殺者の呟く声が聞こえた直後、再現映像は突然ブツリと切れた。


 ◇


「はっ!」


 ドミーナは、夢から醒め、我に返った。

 味あわされた仮想現実があまりにリアルだったため、少女の手はまだ小刻

み震えていた。

 自分に白昼夢を見せたソードオブルーラーを、改めてマジマジと見つめる

ドミーナ。

 刀身に映る自身の眼の色は正常。

 既にルナールとチザムが言っていた異様な光彩は、少女の眼から消え去っ

ていた。


「さっき見た夢は、ソードオブルーラーが見てきた過去の記憶……。そうか。

あなたは、今までずっと以前の持ち主の姿を借りて、私にメッセージを送っ

てたんだね」


 剣に語りかけたのち、少女は顔を上げて周囲を見回した。


 そこは以前と変わらぬ血生臭い戦場だった。

 少女に吹き飛ばされた王たちは、キョトンとした顔で、地面に尻餅をつい

たままでいた。

 状況から察するに、ドミーナの意識がトリップしてから、ものの数秒と経

っていないらしい。

 戦場の異変が伝わったか。

 間近で王たちが吹き飛ばされたのを目撃していた兵のみならず、すべての

兵が、戦う手をいったん止めていた。

 近くにいた兵に支えられ、起き上がる二人の王。


「くそうっ! いったい何が起きたのだ?!」


 まだよく状況が、呑み込めていない様子のザンダー。


「分からんわい! 余に聞くな!」


 ゴルドンもまた、何が起きたか分からず当惑していた。


「なら教えて差し上げますよ、王様がた。いえ是非とも聞いて下さい。この

世界の成り立ちと、そしてソードオブルーラーと呼ばれている物の正体につ

いて」


 ドミーナに声を掛けられ、二人の王は顔を見合わせる。

 そして少女は、歌うように滔々と語りだした。


「ソードオブルーラーは、私に教えてくれました。遠い昔、私たちの祖先は

戦争を繰り返し、ついには世界全体を汚染してしまったと。汚染された世界

で、唯一残された生存圏。それがこのゼド大陸。かつて種子島と呼ばれた島

なのです」


 ゼド大陸のゼドとは、おそらくシード。

 種子島の『種子』の意訳が、時を経るうちに訛ったものなのであろう。


「でもこの狭い土地では、生き残った全ての人の食料を賄うことは不可能で

した。だからある者は、新天地を求め空へと旅立ち、ある者は資源を食い潰

さぬよう体を小型化し、生活も大昔のレベルに戻さなければならなかったん

です」


 種子島は、その多くが平野で耕作に適した土地柄であったが、生き残りの

人類の最後の生存圏とするには、さすがに土地が狭すぎた。

 誰も切り捨てず避難者全員が生き残るには、他天体への移民と、肉体の小

型化しか方法がなかったのだ。

 大絶滅期。

 多くの種が絶滅していくなか、哺乳類の祖先が生き残れたのも、身体が小

さく、命を維持するのに多量の餌を必要としなかったからに他ならない。

 体を小さくすることは、過酷な環境下を生き抜くのにとても有利なのだ。


 しかし地球に残留した者たちが生きていくにはそれでもまだ足りず、文明

レベルを産業革命以前の自給自足生活にまで戻さざるをえなかったのである。

 だが、結局その文明退行が、正しい歴史の伝承さえも難しくしてしまった

わけだ。

 ドミーナは言葉を続ける。


「もうお分かりでしょう? ソードオブルーラーを残し、天界へ去った伝説

の神々とはつまり、小さくなってまでこの地にしがみつくことを良しとしな

かった人々。新天地を求め、空へと旅立った私たちの同胞だったんですよ!」


 荒唐無稽な話に、ポカンとした顔をしている英雄王たち。


「かつてソードオブルーラーが奉納されていたあの遺跡も、空へと飛び上が

れなかった巨大な『宙船』だったのよ」


 ドミーナは、倒壊した古代遺跡を指差し言った。


「もともと宙船の打ち上げ場は、大陸南東側の岬にあったんだけれど、終末

戦争の影響で潮位が上昇したために、沿岸部から内陸部のこの場所に移され

たの」


 種子島では、ロケット打ち上げの失敗時に大きな被害が出ないように、発

射台は海に近い岬に設けられ、海のほうに向って発射された。

 しかし海水面の上昇によって、種子島宇宙センターの機能は、島中央部の

種子島空港に移さざるをえなくなったのだ。

 移民船ノアシップ号による他天体への移住計画に狂いが生じ始めたのも、

この打ち上げ場の移転が最初のきっかけだった。


「ソードオブルーラーが、かつて納められていた石室の天井には、緻密な星

図が描かれていたわ。もしかしたらあの石室は、宇宙旅行の航程を練るため

の作戦室だったのかも。うん、きっとそうだわ」


 ドミーナは、自分で言って、自分で納得した。


「でもおかしいでしょ? 戦争で滅びかけたご先祖様が、私たちに遺してく

れた唯一の品が武器だったなんて。そう、これは、本当は武器なんかじゃな

かったのよ」


 ドミーナは、傍らに立てて持っているソードオブルーラーのほうを再び見

た。


「はんっ! 馬鹿馬鹿しい。これほどの業物が、武器でなくて何だというの

だ!」


 話を聞いていたザンダーが、恫喝するように大きな声で、ドミーナの解説

に難癖つけてきた。

 しかしザンダーの難癖にも、ドミーナは眉ひとつ動かさない。

 そしてザンダーの問いに対し、ソードオブルーラーを高く掲げて応えた。


「これはハサミ。もっと正確に言うなら、ハサミがメインツールになってい

る宇宙飛行士用の万能工具マルチプライヤーよ!」

 

 合体したソードオブルーラーはかなり大振りだというのに、少女は片手で

軽々と持ち上げた。


「はんっ! ソードオブルーラーがハサミだと?! たわけたことを!」

「小娘、与太話もたいがいにしろ!」


 ザンダーとゴルドンは、少女の話をまったく信じていない様子。


「確かに、このハサミはよく切れます。だから、その優れた能力に目が眩ん

だ者たちによって保管されていた遺跡から強奪されてしまいました。でも、

これを作った大昔の文明には、刃物を取り締まる法律があって、ソードオブ

ルーラーには安全装置リミッターが施されていたんです。正当な所有者

が、正当な理由を以ってしか使えないようにね。だから簒奪者は、ソードオ

ブルーラーをそのままの状態では扱えずに、分割して安全装置を無効化する

しかなかったんです」


 日本国で刃物を取り締まる法律といえば。

 即ち、刃渡り五センチ半以上の刃物を規制する銃刀法のことである。


「そして回り回ってソードオブルーラーの片刃は、王様たちの手に渡ったわ

けです。でも、ソードオブルーラーが戦いを求めてるなんて、王様たちが勝

手な解釈したのは思い違いですよ。ソードオブルーラーは、人殺しの道具な

んかにされたくなかったの。だから、人殺しに加担しなくて済むように元の

形に戻ろうとして、分割されたパーツ同士、互いに呼び合っていたんですも

ん」

「ふっ、ガキの与太話にしては、よく出来た話だな」


 二人の王は、まだドミーナの話を信じてくれていないようだ。


「本当ですってば」

「仮に、そちの言ったことが本当だとして、それが何だと言うのだ。特別な

力を持った貴重な品であることに変わりはなかろう」とゴルドン。

「いやさ、先人の遺産であればなおのこと、汝の如き一介の村娘には預けて

おけんわ」とザンダー。


 ドミーナは、かつて起こった人類の過ちの歴史を懇切丁寧に説明してやっ

たというのに。

 いったい彼らは、少女の話の何を聞いていたのだろうか。

 ドミーナが懇切丁寧に説明したにもかかわらず、英雄王たちは、いまだに

ソードオブルーラーの武器や、力の象徴としての側面ばかりに注目していた。


「そこでだ。このザンダー様が責任を持って、その完全なるソードオブルー

ラーを管理してやろうではないか。さあ小娘よ、我にそのソードオブルーラ

ーをよこせ! よこさんか!」

「何を言うか! 剣の所有者にふさわしいのは、このゴルドンじゃ。そちは

引っ込んでおれい! さあ小娘、剣を余によこすんじゃい!」

「なんだと! 汝こそ引っ込んでおれ!」

「そちこそ引っ込んでおれい!」


 また不毛な言い争いを始めた英雄王たち。

 自分たちが今までしでかしてきた愚挙について、これっぽっちも省みよう

とする素振りは見えない。


「なんで? どうして?? これだけ言ってもまだあなたたちは、ソードオ

ブルーラーの力に固執するんですか!?」


 ドミーナは、開いた口が塞がらなかった。


「はーっ。なるほどねー。そりゃあ、こんな馬鹿王たちじゃあ、ソードオブ

ルーラーにも愛想尽かされるワケだよ」


 ドミーナは、大袈裟に嘆息して見せると、さっきまでとは打って変わって、

ざっくばらんな口調で話し出した。

 もちろん少女は、意識的にやっている。


「むむっ?!」

「なんだ、その口の聞きかたは!」


 プライドの高い王たちは、子供に馬鹿呼ばわりされたのがよほど腹に据え

かねたのか。

 顔を真っ赤にして怒りだした。

 でもドミーナは、王たちが怒っていようと、どこ吹く風。


「だってそうでしょう? こんな馬鹿王たちの喧嘩のとばっちりで殺された

なんて、私の両親も、戦災で亡くなった他の人たちも浮かばれないよ!」


 ドミーナは、いままで言いたくても言えなかった思いのたけを、王たちに

ぶちまけていた。

 呼び方も、最初はお二方と呼んでいたのが、やがてお二人になり、あなた

たちになり、そして今ではとうとう馬鹿王たち呼ばわり。

 少女は、もはやこの仕様もない王たちに、敬意を払う価値も無しと断じた

のだ。


「ぶっ、ぶっ……」

「ぶっ、無礼な!」


 気色ばむ英雄王たち。


「これだけ言っても無駄なら、こんなくだらない戦争、私がこのソードオブ

ルーラーで終わらせてあげます!」


 ドミーナは「むんっ」と、ソードオブルーラーを正眼に構え、英雄王たち

に対して威嚇して見せる。

 ソードオブルーラーを向けられ、たじろぐ王たち。

 だが、怯んだのは最初だけだった。

 すぐにその顔には、不敵な笑みが浮かんだ。


「ほざいたな小娘。良かろう。このザンダーが、直々に成敗してくれるわ。

誰か剣を! 剣を持てい!」


「余の剣もだ! 早よう、早ようせい!」

 部下の兵士から大剣を受け取った英雄王たちは、ジリジリと少女のほうに

にじり寄って行く。

 相手は、英雄王とまで呼ばれた歴戦の勇者。

 ソードオブルーラーを持っているとはいえ、ドミーナが受けるプレッシャ

ーは凄まじい。


「い、いいんですか? ソードオブルーラーの力は、二人ともご存知のはず。

勝ち目なんてないですよ?!」

「それはどうだかなあ、小娘ぇ」


 ザンダーは余裕綽々だった。


「くくく、震えてるじゃないか。脅えているのが丸分かりだぞ。そんなに余

たちが恐いのか?」


 ゴルドンも挑発してくる。

 ドミーナが子ネズミとすれば、王たちは巨大な戦象。

 力も、体格も、圧倒的に劣っている。

 そのうえ英雄王たちと違って、ドミーナには戦闘経験なんてものもない。

 脅えるなというほうが無理な話だ。

 それに、ドミーナが威勢良く啖呵をきって見せたのだってポーズ。

 彼女が強気な態度に出ることで、根性の腐りきった王たちも、もしかした

ら考えを改めてくれるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いていたのである。

 でも、少女の期待はあえなく裏切られた。

 相手は、腐っても英雄王と呼ばれた男たち。

 子供だましのこけ脅しなど、通用しなかったのだ。

 それどころか、脅しをかけたことで、逆に王たちの戦闘狂の血に、火を点

けてしまったようだ。

 英雄王たちは、少女を屠らんと舌なめずりする。

 その表情は、英雄というよりも、獲物を前にした猛獣と言ったほうがふさ

わしい。


(やっぱり、この人たちに何を言っても無駄なのね……)


 事ここに至っては、もう腹をくくるしかない。

 戦う覚悟を決め、ドミーナは、奥歯をギリリと噛み締める。


「うるらあああああっっ!!!」


二人の王は、ケダモノような雄叫びを上げ、一斉に打ちかかってきた。

 右! 左! 右! 左!

 左右から襲いくる激しい連檄。

 ドミーナは、怒涛のような攻撃を、ソードオブルーラーを盾にしてかろう

じて避け続ける。

 ひとつの武器で、同時に二つの刃を御さなくてはならないのだから、息つ

く暇もない。

 反撃どころか、攻撃をかわすだけで精一杯だった。


「ほれほれ!」

「どうした、どうした!」


 王たちは、突き、下段払い、振り向きざまの回転打ちなど、避けづらい攻

撃を織り交ぜつつ少女を追い詰めていく。

 しかしそれでもドミーナは、奇跡的とも言える剣捌きと、身体コントロー

ルで、英雄王たちの攻撃を、紙一重でかわし続けていた。


「小娘がっ、のらりくらりと!」

「ならばこれでどうじゃ!」


 業を煮やした二人の王は、これでもかと言わんばかりに、大上段に構えた

剣を同時に、勢いよく振り降ろす。


 ガシンッ!!


 全身の骨が砕けてしまいそうな強烈な一撃!

 それでもドミーナは、真横に構えたソードオブルーラーでなんとか受け止

めた。

 だが相手は、膂力自慢の大男二人。

 鍔迫り合い、顔が触れ合わんばかりに肉迫されると、さすがに分が悪い。

 かといって、受け流すこともならず。

 ザンダーとゴルドンの剣によって、ソードオブルーラーの刀身の左右に均

等に力がかかっているので、受け流そうにも受け流せないのだ。

 為すすべなくジリジリと押されていくドミーナ。


「あううう……」


 ドミーナは、もはや二人の圧力に耐えるのでやっとの状態だった。


「ぐふふっ、やーっと捉えたわい。ソードオブルーラーの神通力を借りてい

るとはいえ、余たちの剣をここまで受けきったことは、まあ褒めてやろう」

 とゴルドン。


「だがなあ。人を切れぬナマクラ剣と分かっておれば、如何なソードオブル

ーラーとて、畏れる道理はないわ!」

 ザンダーも吼える。


「そういうこと……」


 ザンダーの言葉で、ドミーナは合点がいった。


「完全体のソードオブルーラーが人を斬れないと知っていたから、強気に出

ていたのね」

「迂闊にも、我らにソードオブルーラーの弱点を洩らしてしまったのが汝の

運の尽きよ」

「死ね小娘っ!」

 嵩に掛かった英雄王たちは、剣ごと少女を押し潰さん勢い。

 しかし、そのときだった。


 ポロリ~ン♪


 ソードオブルーラーから緊張感のない電子音が流れてきて、蝶番になって

いる紅玉が再び強い光を放ち始めた。


「あっ。やっと承認が下りたみたい」

「承認、じゃと?」

「言い忘れてましたけど……」


 剣圧に耐えながら、ドミーナは、途切れ途切れ言葉を紡ぎ始めた。


「刑法三十六条一項……火急のとき、不当な侵害を受けた場合の防衛行為に

ついては……それが通常罰せられる行為であっても……罰せられない。つま

り……」


 ドミーナが言葉を紡いでいる間にも、ソードオブルーラーの紅玉の放つ輝

きは、どんどん強くなっていく。


「小娘、何の話じゃ! 何の話をしておる!?」

「おいゴルドン、何か様子が変だぞ……これは……」


 ザンダーとゴルドンも、少女とソードオブルーラーのまとう空気が、変化

しつつあることに気付いたようだ。


「正当防衛の場合ならば……ソードオブルーラーのあらゆる力の行使が認め

られる!!」

 ドミーナが言い切ると同時に、ソードオブルーラーの刀身に空いた溝から、

勢いよく高圧ガスが噴射され、彼女を強烈にアシストした。


「ふぬぬぬうぅぅぅっ?!」


 今度は、英雄王たちがどんなに力を込めても、ドミーナの体は身じろぎも

しない。

 それどころかドミーナが歩を進めると、何倍も大きい英雄王たちのほうが

逆に押されていく。


「な、なにぃ??!」


 目の前で起きている信じられない現実に、目を白黒させる英雄王たち。


「ううぅぅぅ…うわあああああっ!!」


 ドミーナは絶叫と共に、英雄王たちに場外ホームラン級のスイングを見舞

った。


「どわあっ!」

「なんとぉっ!」


 英雄王たちは、ソードオブルーラーに突き飛ばされ、再び尻餅をつかされ

ていた。

 そればかりか、ソードオブルーラーの一撃をまともに受け止めた二人の剣

は、ポロリと根元から折れてしまった。

 折れた剣を呆然と見つめる英雄王たち。

 滑稽で、まるで笑劇の一場面みたいな光景だった。


挿絵(By みてみん)



「バカな?! 百戦練磨のこのゴルドンが、あんなガキに、二度までも不覚

をとろうとは!」


 ショックを受けているゴルドン。


「あのような小娘が、我よりもソードオブルーラーの力を上手く引き出せて

いるというのか……そんな馬鹿な……」


 ザンダーも衝撃を隠せないでいる。

 ゴルドンの言う通り、英雄王たち二人は、どちらも百戦練磨の勇者である。

 ドミーナと比べたら、体格においても、剣の技量においても、天と地ほど

の差があったし、ソードオブルーラーなど無くとも十分強い。

 そのうえ、その百戦練磨の英雄王たちが二人掛かりだったのだ。

 まさか最強の英雄王たちが、束になって挑みかかっていって、幼い少女に

押し負けようとは、誰だって思わなかったろう。


 では何故、最強の英雄王たちが押し負けたのか?

 答えは簡単だ。

 子供でもわかる加減法の理屈である。

 ドミーナと、英雄王たちとでは、実力に雲泥の差があったけれども、同じ

ようにドミーナの持つ得物と、王たちの持つ得物では、持ち手の実力差を覆

すほどの能力差があったのだ。

 ソードオブルーラーと、ただの剣。

 両者は、同じ刃物のカテゴリーでありながら、もはや隔絶の感を覚えるほ

ど質の違うものだった。


 最大の相違点は、なんといっても所持者をサポートするナビゲートシステ

ムが付いているか、付いていないかであろう。

 ナビゲートシステムとは、持ち手がソードオブルーラーと接触し、神経リ

ンクを果たすことで常時発動状態となるオートスキルのこと。

 パワーアシスト装置や、荷重コントロールを初めとして、ソードオブルー

ラーのほとんどの機能は、このナビゲートシステム上で運用されている。

 ナビゲートシステムが、持ち手の意図を理解して、次にやるべき行動や手

順を、頭の中で手取り足取り教えてくれちゃうのだ。

 そのうえ機械のほうでやれることは、いちいち指図せずとも勝手にやって

くれてしまう親切設計。

 英雄王たちに対抗したときも、その勝手にやってくれてしまう機能が活躍

してくれていた。


 ソードオブルーラーに搭載された人工知能が、ジャイロによる荷重移動コ

ントロール装置と、ガスの吸気・排出によるパワーアシスト装置で持ち手を

サポート。

 最適な姿勢、スピード、パワー、刃の角度で、剣が振れるように、動きを

補正してくれていたのだ。

 剣術の型などまったく知らない十二歳の少女が、力のみならず技量でも、

王たちと互角に渡り合えたのも、この機能の恩恵によるものだ。

 もっとも、ドミーナが主体的に剣を振っていたというより、もはや剣に踊

らされていたと表現したほうが正確かもしれないが。


 このように、道具の高性能化というのは、単なる性能の向上のみならず、

誰もが同じように最高性能を引き出せるようにしてしまうものなのである。

 ナビゲーションシステムによって、剣の腕で王たちと互することが出来る

ようになったドミーナ。


 しかし、それでも一本の刃物で二本の剣を御さなくてはならない不利は変

わらない。

 では、多対一の不利を、ドミーナはどうやって克服しえたのか。

 ソードオブルーラーが打ち出した対抗策は、至極明快なものだった。

 相手の二倍の速さで動けばいい。

 ただそれだけだ。

 二倍で動けば、一人の相手に割く時間は、半分で済むようになるという理

屈である。


 ただし、パワーアシストで常人の二倍の速さで動けるようになっても、所

詮は人間の眼は二つしか付いていない。

 別々の動きをする二つの敵を、常に視界に捉え続けるのは、カメレオンで

もなければ不可能な芸当だ。

 そこで活用したのが、ソードオブルーラーにとりつけられている各種のセ

ンサー機能だった。

 ソードオブルーラーと神経リンクしている状態では、ソードオブルーラー

の各種センサーは、拡張五感として働く。

 そのためソードオブルーラーの持ち手は、全身が眼と化すのだ。

 いわば、テクノロジーの実現した『心眼』である。

 おそらく、いまのドミーナならば、背中から斬りつけられたとしても、振

り返ることなく防御してのけるだろう。

 ドミーナは、この擬似的心眼能力を駆使して、王たちの猛攻を凌ぎきった

のだった。


 ソードオブルーラーは、ハイテク多機能ツールだ。

 普通の刃物より優れている点は、他にも多々ある。

 自然エネルギーからバッテリーを自動充電できる点。

 基礎教養レベルのモバイル辞典が付いている点。

 刃を研ぐ必要がない点。

 音声や映像を録画しておける点。

 メジャーが付いている点。

 扇風機代わりのミニファンになる点。

 スマート端末であるソードオブルーラーの優位性を、ひとつひとつ上げて

いけば、それこそきりがない。

 しかしソードオブルーラーの優位性の本質を理解しようとするのなら、ひ

とつひとつの機能に注目するよりも、もっと根本的な部分……製作された時

代背景などに目を向けるべきだろう。

 考えてもみて欲しい。

 ソードオブルーラーは、体の縮尺を変えられるほどの技術を持った高度な

文明の所産であり、体の大きい小さいが過去の価値基準と成り果てて、力の

強さがステータスではなくなった時代の品なのだ。

 そんなロストテクノロジーの塊みたいなオーパーツに対して、コナン・ザ

・バーバーリアンみたいな戦士が力任せに挑んだところで、太刀打ちできな

くて当然と言えよう。


 衆人環視のなか、小さな少女に敗北を喫した英雄王たちの面目は丸潰れ。

 それでも、二人の王が折れた剣を叩き捨て、再び立ち上がって見せたのは、

王たる者の最後の矜持か。

 もっとも二人とも、苦虫を噛み潰したような顔になっていたが。

 そんな不機嫌そうな顔をしたゴルドンのもとに、ひとりの伝令が駆け寄っ

てきた。


「王様、実は……」


 伝令がゴルドンに何事か耳打ちする。


「妙な老婆がウロチョロしていただと? そんなくだらんことを、いちいち

報告せんでもよいわ……いや待てよ……」


 ゴルドンの目が狡猾な狐のように細まる。


「その老婆、確かに戦場へ孫娘を探しに来たと申したのだな? ふぅむ、よ

し。ここへ連れて参れ」


 腕を荒縄で縛られ、兵に引き立ててこられたのは誰あろう、ドミーナの祖

母のアガシャだった。


 まさかの戦場での肉親との再会。

 足の不自由な祖母が、ひとりで戦場までやって来れるなんて想像もしてい

なかったドミーナは驚きを隠せない。


「お祖母ちゃん、どうしてここに!?」

「ドミーナ!」


 互いに呼び合う祖母と孫娘。

 ゴルドンは、二人の反応を見てにんまり。


「くっひっひっひっ、この婆は、やはりおまえの肉親だったか」


 ゴルドンは、とても一国の王とは思えない下卑た笑い声を上げた。


「こいつはいい。よくやったぞゴルドン。さあ、婆の命が惜しくば、おとな

しく剣を渡せ」


 ザンダーは咎めるどころか、ゴルドンの卑怯なやり口に便乗する気のよう

だ。


「サイテー! なんて人たちなの!!」


 ドミーナは英雄王たちのことを、心底軽蔑した。

 でも祖母を人質にとられていては、下手に逆らえない。

 少女は、力なくうなだれると、渋々ソードオブルーラーを地面に投げ棄て

た。

 投げ棄てられたソードオブルーラーは、ガランガランと音をたてながら地

面を転がり、柄を王たちのほうに向けて止まった。


「あれは余のものだ!」

「いいや、あれは我のものだ!」


 ソードオブルーラーを目の前にして、再び醜い取っ組み合いを始める二人

の英雄王。

 押し合いへし合いながら、二人は神剣に手を伸ばす。

 あと少し。

 あと少しで、剣の柄に手が届くというところで、少女が突然叫んだ。


「いまよ!」

 少女の声に反応して、紅玉にカタツムリのようなマークと『Measur

e』の文字が浮かび上がる。


 バシュッ!


 すると神剣の柄の先から紐状の物体が勢い良く飛び出し、アガシャの足に

絡みついた。

 それは、表面にメモリの刻まれた細長い帯。

 巻尺帯ルーラーだった。


「な、なにぃ?!」


 いがみ合っている二人だったが、ここは息の合った驚きの声を上げる。

 さらにソードオブルーラーは、ブレード部分に空いた細いスリッドから高

圧ガスを噴出。

 少女の足元まで、自ら戻ってきた。

 ドミーナは、素早くソードオブルーラーを拾いあげると、おもいきりそれ

を引っ張る。


「そおれっ!」


 地面を滑り、猛スピードで、孫のほうに引き寄せられるアガシャの体。


「ひいいいっ」


 アガシャが悲鳴を上げるのも構わず、ドミーナは、一本釣りよろしく祖母

を釣り上げた。

 そして縛めを切り、アガシャを自由にしてやる。


「ああ、良かったドミーナ」


 解放されたアガシャが、ドミーナ抱きついてくる。


「うん、お祖母ちゃん。もう大丈夫だから」


 束の間の抱擁。

 ずっと緊張していた少女の頬の筋肉が、やっと緩んだ。

 両親を亡くして以来、久しく笑い方を忘れていた少女だったが、数年ぶり

に心から笑顔になっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ