第Ⅶ章 覇王之剣
大平原で睨み合うザンドリア軍とゴウラ軍。
両陣営からそれぞれひとりずつ人が歩み出てきた。
両者とも剛い髭をたくわえた壮年の男性で、かなりの巨漢。
他の兵よりも頭ひとつ飛び出ている。
単に上背があるだけではなく、体の向きが縦を向いているのか、横を向い
ているのか判らなくなりそうなほど胸板が分厚く筋骨隆々。
手や足も、太い丸太のようだ。
これだけ大きい体に見合う鎧となると、必然的に特注品になる。
身に着けている鎧も、見るからに一般兵のそれとは違っていた。
ただし、サイズが合うものがなかったから急ごしらえした間に合わせ品と
いう印象ではない。
それぞれ西洋風と、東洋風の違いはあれど、双方ともかなり手の込んだ豪
奢な拵え。
威風堂々の出で立ちであった。
鎧を見ただけでも、軍組織の中でも、かなり高位の人間なのだと判る。
両軍が対峙するなか、歩み出てきた男たちは、なんとそのまま戦場のど真
ん中まで歩いて行こうとする。
両軍が対峙する二百メートルという距離でさえ、いしゆみすら届きかねな
い危険な距離だというのに。
さらに歩を進め、戦場の真ん中まで出て行けば、敵との距離はわずか百メ
ートル。
ひとりでノコノコ歩いて行くなど、もはや敵に狙ってくれと言っているよ
うなもの。
無謀を通り越して自殺行為に等しかった。
「陛下、おやめ下さい。危のうございます。おい、お前たちもぼんやり見て
ないでお止めしろ!」
傍に控えていた美丈夫が、手下の兵に命令して、豪奢な西洋風鎧の男を引
き止めようとした。
遠くからでも分かる長い銀髪と、目鼻のくっきりした端正な顔立ち。
昨夜遺跡の東側の壁でドミーナの出会った、あのルナールだった。
「ルナール! 補佐役の分際で、我に指図しようというのか?!」
「主君を諌めるのも、補佐役の大事な使命でございます」
ルナールと、豪奢な西洋風鎧の男は、押し問答になった。
「ええい、邪魔だどけい。どかんかぁっ!」
しかし細身のルナールでは、人並み外れた巨躯の西洋風鎧の男には抗しき
れなかった。
配下の兵ともども丸太のような腕でひとはたきされて、簡単に振り払われ
てしまった。
一方、豪奢な東洋風鎧の男も、褐色の肌の青年武官に引き留められていた。
こちらで引き留め役を務めていたのは、ドミーナに剣を突きつけてきたあ
のチザムだった。
「王よ、行っちゃあいけません。弓兵に狙われます」
豪奢な東洋風鎧の男の前方に回り込み、行く手を遮るチザム。
しかし良いガタイをした褐色の肌の青年も、豪奢な東洋風鎧の男の人並み
はずれた巨躯の前に立つとさすがに見劣りする。
体格がニ周りほども小さく、まるで大人と子供みたいだった。
「痴れ者めが! ザンドリアの弓如きに、余が傷つけられるとでも思うてか
?!」
豪奢な東洋風鎧の男は、ひと蹴りで、褐色の青年武官を軽く地面に転がす。
「チザムよ、二度とそのような戯言をほざいたら、その素っ首、叩き斬られ
ると思えい!」
一喝されたチザムは、地面に這いつくばったまま首をすくめ、スゴスゴと
引き下がった。
東洋風鎧の男の『叩っ斬る』という言葉には、青年武官にそれが嘘ではな
いと思わせるほどの凄みがあったのだ。
ついに巨漢戦士二人は、戦場のド真ん中までやって来て対峙した。
二人とも飛び道具に狙われることなど、微塵も意に介していない様子。
この男たちには、そんなものでは自分はやられはしないという、絶対の自
信があるようだ。
「まーた、やられに来たかよザンダー」
まずは、鋭い猛禽類の眼をした豪奢な東洋風鎧の男が、声を発した。
「それはこっちのセリフだゴルドン」
いかめしい顔の豪奢な西洋風鎧の男も、これに応じる。
この二人の巨漢戦士こそ、ゼド大陸を二分し、争い続けている英雄王たち。
東洋風鎧の男・北の大国ゴウラを統べる皇帝ゴルドンと、西洋風鎧の男・
南の大国ザンドリアを統べる大王ザンダーであった。
二人とも、運命の恋人にでも再会したかのように、嬉々とした表情を浮か
べている。
ドミーナもまた、そんな二人の様子を、遺跡の入り口からジッと覗き見て
いた。
(あれが剣帝ザンダーと武王ゴルドン。お父さんとお母さんを殺した張本人
……!)
二人の王が対峙している地点は、遺跡から目と鼻の先。
百メートルと離れていない。
ドミーナにとっては、これ以上ない好機だった。
至近距離で睨み合う二人の王。
一触即発。
二人の間で、徐々に緊張が膨れ上がっていき……そして弾けた!
同時に後方に飛んだ二人の王は、退く瞬間、すばやく剣を抜き放っていた。
まるで、合わせ鏡でも見ているかのような二人の動き。
すぐにも斬り合いが始まりそうな空気を醸し出している。
ところが、場違いな少女の声が、勝負を水入りにした。
「待って下さーい、王様がたーーっ!」
いわずもがな、声の主はドミーナである。
少女は、遺跡から這い出し、全速力で王たちのほうへと駆け出して来る。
勢い余ったドミーナは、王たちの直前で転げるようにして倒れこむと、そ
のまま平伏した。
「お、恐れながら、お二方に陳情申し上げます!」
突然現れた闖入者によって、勝負に水を差された王たちは、かなり不機嫌
そうだった。
ザンドリア軍の先頭では「あれほど釘を刺しておいたのに」と言わんばか
りの苦渋の表情を浮かべたルナールが、眉間に手を当て、首を振っていた。
ゴウラ軍の先頭では、怒りの表情を露わにしたチザムが、少女のほうに向
って無言で口を大きく動かしながら「な・に・や・つ・て・ん・だ・ク・ソ
・ガ・キ!」と、声なき怒声を上げていた。
でもドミーナには、ルナールとチザムの都合なんて知ったこっちゃない。
彼らには、英雄王たちの蛮行を止めるチャンスが、これからも巡って来る
かもしれない。
けれど、少女が祖母を救うチャンスは、今日、いま、このときしかないの
だから。
「私は、この近くの村の娘でドミーナと申します。王様がたは、民の窮状を
ご存知でしょうか。度重なる戦で、多くの民が苦しんでいます。みんな我慢
の限界なんです。どうかもう争うのはよして下さい」
「ふんっ、何かと思えば。そんなくだらぬ話か」
ドミーナの訴えを鼻で笑うザンダー。
「そちは、そんなことを言うために、余たちの宿命の戦いに水を差したのか。
まったく腹立たしい」
ゴルドンは、虫けらでも見るような目で少女を見下ろして言った。
「くだらないなんて酷い! 私たちにとっては、生き死に関わることなのに」
「だから、それがくだらんと言っておるのだ。しもじもの者の生き死になん
ぞに拘っておっては、国など動かせんわい」
「ゴルドンの奴の言う通りよ。汝のような村娘如きに、天下国家の何がわか
るというのだ。邪魔だから引っ込んでおれい!」
下がれ、下がれと、少女に向って手を振るザンダーとゴルドン。
でも、ドミーナだって命懸けでここまで来ている。
そう簡単に引き下がるわけにはいかない。
必死の思いで、王たちに食い下がる。
「納得できません! だって、お二方が握手するだけで、世の中は平和にな
り、大勢の人の命が救われるんですよ? 大陸にその人ありと称えられるお
二方が、どうしてそんな簡単なことも出来ないんですか?」
まだ人生経験の短かいドミーナは、正論をぶつけて言い負かせれば、王た
ちを変心させられると単純に考えていた。
でも、その考えは間違いだと、すぐ思い知らされることになった。
「この世界の平和だと? 笑わせるわ。弱肉強食こそが、この世の習い。真
の強者だけが、大陸を一つに束ね、世界を恒久平和へと導けるのよ」
ゴルドンは、ドミーナの言葉を一笑に付す。
「いかにもその通り。我らのやり方が気に食わぬというのなら、民草も剣を
持って戦えばよい。戦う気概も持たぬ者には、文句を言う資格すらないわ!」
ザンダーもまた、ドミーナの理想論をバッサリと切り捨てた。
そもそも、強者至上主義の王たちと、お花畑な平和主義を掲げているドミ
ーナとでは、考え方が水と油ほども違う。
話が噛み合うはずもなかったのだ。
そのうえ王たちは、一介の村娘にすぎないドミーナのことを見下している。
チザムの言っていた通り、初めから少女の言葉に耳を傾ける気など、さら
さら無いようであった。
自分の言葉に酔いしれているかのように、二人の王は言葉を続ける。
「フフフッ。それに、このソードオブルーラーが、我に東へ進軍せよと訴え、
て震え続けているのだから仕方あるまいて」
チャキッと剣を立てて見せるザンダー。
「それは、余とて同じこと。神剣の意志に導かれ、この遙かな西方の地まで
遠征してきたのだ」
ゴルドンも同様に剣を立てて見せる。
王たちの持つその剣こそ、天空の神より授けられたと云い伝わる神剣『ソ
ードオブルーラー』であった。
ソードオブルーラー。
その名は『支配者の剣』を意味する。
伝承によると、地上を統べる神の代行者として選ばれた者のみが所持を許
される伝説の武器らしい。
ソードオブルーラーを持つ者は、神の如き異能の力を得るとも伝わる。
しかし根拠が遙か昔の言い伝えなので、剣に本当にそんな凄い力が宿って
いるのかは不明だ。
あるいは英雄王たちのあまりに出鱈目な強さを見た者が、その強さの理由
を神剣に求めたせいで、神剣に神通力が宿るなどとまことしやかに語られる
ようになったのかもしれない。
もっとも、神通力が備わっていようと、いまいと、ソードオブルーラーの
価値は揺らがない。
何故ならステータスシンボルであることにこそ、ソードオブルーラーの真
の価値があったからである。
ソードオブルーラーは、神の地上代行者として指名された大陸覇者の証。
ソードオブルーラーを持つ者に逆らうということはつまり、神をも畏れぬ
不届き者ということになり、逆賊のレッテルが貼られてしまう。
大陸各地に有力諸侯は数あれど、ただでも強い英雄王相手に、逆賊の烙印
を押されてまで逆らおうとする気骨のある者はいなかった。
ルナールやチザムにしたって、大陸覇者の証を携えた英雄王に公然と歯向
かうことの愚を判っているから、どさくさに紛れて暗殺しようとしていたの
である。
ソードオブルーラーは、単なる武器というより、英雄王の権力基盤を強化
する『社会的装置』だったのだ。
(何て妙ちくりんな剣なんだろう)
「剣が戦地に向かえと言っている」などとのたまうとは。
ドミーナは、戦の原因を剣のせいにして憚らない王たちの傲慢さに驚いた。
だが、それと同じくらい間近で見せられた王たちの剣の形状にも驚いてい
た。
ドミーナが、驚くのもむべなるかな。
剣とは呼ばれているものの、ソードオブルーラーは片刃。
厳密にいえば剣ではなく、刀に近い。
だが刀と呼ぶのさえ憚られるほど、その形はいびつだった。
長さは百八十センチほど。
かなりの大太刀と言ってよい。
ただし柄がとても長く、剣全体の半分くらいを占めている。
そのため、見ようによっては、棒状武器のようにも見える。
作りは、刀の幅の広い直刀。
ところが、刀身と柄の間の区の部分がうねっていて、剣の切っ先
から柄頭までが一直線でないため、全体的なフォルムはS字型に見える。
また直刀といえば、棟は真っ直ぐで、刃は緩やかな流線を描いているのが
常だけれども、ソードオブルーラーの場合はその逆。
刀身の峰の部分に刃が有り、刃の部分が峰になっていた。
これではまるで『鎌』だ。
さらに、刀身と柄の間の区には、大きな肉ヌキ穴まで空いていた。
重量軽減のためだとしても、あえて一番強度が要る部分に、大きな穴を開
ける意味がわからない。
もしかして製作者は、柄をはめるときに使う目釘穴を、間違った位置に空
けてしまったのだろうか?
でも、それにしては穴のサイズが大きすぎる。
製作者の意図するところがまったく不明だ。
だが、そんな形状のいびつささえも、些細なこと。
ドミーナが一番不可解に思ったのは、王たちの持つ剣の造りが、まったく
同じという点だった。
(神様より授かった支配者の証の剣だって言うのに、どうしてそっくりなも
のが二振りもあるんだろう……)
少女は、素朴な疑問を抱いた。
「なーんだ。王様の証だなんて言うから、どれほどの物かと思ったけど。似
たようなのが何本もあるんじゃない。バカバカしいの」
ドミーナは、つい思ったことをポロリと口にしてしまった。
「この小娘が、何を言うか!」
「その言葉、聞き捨てならん!」
ドミーナの呟きを、耳聡く聞き咎めた二人の王が、大声で怒鳴る。
大気を震わす雷鳴のような声にビックリして、少女は首をすくめた。
ソードオブルーラーに対する侮辱発言が、王たちの逆鱗に触れてしまった
ようだ。
(あちゃー、聞こえちゃってたか。しまったなあ、どうしよう。怒らせちゃ
ったかも)
ドミーナは、自分の迂闊さを呪った。
しかし幸いなことに、怒りの矛先は少女には向かわなかった。
どちらの剣が本物かで、二人の王が言い争いを始めたからだ。
「よおく聞け。このザンダーの剣こそが真のソードオブルーラーよ。ゴルド
ンなんかのと一緒にするな!」
「馬鹿を言え! このゴルドンの剣こそ、正真正銘のソードオブルーラーに
決まっておろうが。ザンダーのほうこそ真っ赤な贋物だわい!」
「ならばゴルドンよ。この場でソードオブルーラーの真贋の白黒をつけてく
れようぞ」
「おう、それは余とて望むところ。真の覇者が誰なのか、今度こそはっきり
させてやるわい!」
再びやる気をみなぎらせ始める二人の王。
ゆっくりと相手に向かって剣を構え直す。
(本当にダメダメだこの人たち。民の気持ちなんて、これっぽっちも考えて
いないもの)
命懸けで直訴までしたのに、結局状況は何ひとつ好転せず。
これでは、少女が何をしに戦場までやって来たのか分からない。
いたたまれない気持ちになったドミーナは、決死の覚悟で二人の間に割っ
て入ろうとした。
「もう、こんなことやめてーーっ!」
「ええい、虫けらが五月蝿い!」
「邪魔だ。どけいっ!」
ドオンッ!
王たちの腕に突き飛ばされ、少女の小さな体は、大きく後方へ吹っ飛ぶ。
状況的には、ソードオブルーラーによって、むごたらしい少女のぶつ切り
が出来上がっていてもおかしくないシチュエーション。
でも、王たちにとってドミーナは、視界の隅にチラチラ映り込む小バエみ
たいな取るに足らない存在。
いちいち注意を払う価値も無かったのであろう。
だから、互いのことに集中していた英雄王たちは、剣を振る手とは逆の添
え手で、少女のことを処理したのである。
おかげでドミーナは、ぶつ切りにされず、突き飛ばされるだけで済んだの
だ。
ガキーン!
ぶつかり合う刃と刃。
鍔迫り合いになる二人の王。
二人の上腕二等筋が隆起し、二の腕の部分の鎧が内側から押し上げられる。
だがどちらも押し負けていない。
二人の力は、完全に拮抗していた。
「王を援護しろ!」
「突撃、突撃ーっ!」
「おーっ!!」
王たちの戦いの成り行きを見守っていた両軍の兵士たちだったが、ようや
く動き出すタイミングを見つけたか。
ルナールとチザムの号令一下、わらわらと進軍を始めた。
とうとう幕を開けた総勢一万九千人の大規模戦闘。
戦場は、たちまち混戦状態となった。
一方、ドミーナはというと……。
地面にしゃがみこみ、手で頭を抱え小さくなっていた。
戦場のド真ん中で、完全に身動きがとれなくなっていたのだ。
いったん本格的な戦闘が始まってしまえば、もはや小さな少女に戦争を止
める手立ては無い。
出来ることといえば、外界の凄惨な殺し合いを意識の外へと追いやり、ひ
たすら耐え忍ぶことくらいだった。
ドミーナが、地面にうずくまりジッとしていると、徐々に鳴り響く剣戟の
音や、怒号、悲鳴といった雑音は遠のいていった。
蝉時雨の中にいると、あまりの騒々しさに聴覚が麻痺して、静謐な世界に
いるように錯覚するのと同じ現象だ。
ところが、外の雑音が遠ざかるにつれ、頭の中に、別の音が聞こえてきた。
(……ってくれ……)
最初は、不明瞭な音だったので、少女は聞き間違えかと思った。
でも違った。
(……を取ってくれ……)
確かに聞こえる。
これは声なのか?
誰かが何か囁いているようだ。
「誰?」
声にハッとして、ドミーナは瞑っていた目を開けた。
そのころ二人の英雄王は、もうお邪魔虫の村娘のことなどすっかり忘れ、
思い切り剣を打ち合っていた。
王たちの周りは、凄惨な有り様。
鼻梁まで頭蓋を割られた者。
首の飛ばされた者。
胴体を真っ二つにされた者など、死屍累々。
死体の山が築かれている。
おそらくこの死体の山は、王の援護に来たものの、王たちの戦いの巻き
添えを食らって殺されたものだろう。
ドミーナだって、一歩間違えれば、彼らと同じ運命を辿っていたはずだ。
たまたま運良く死を免れたにすぎない。
両軍の兵士とも、仲間が大勢犠牲になってから、ようやく王たちに不用
意に近付くのが危険と理解したらしい。
王たちを援護するために戦端が開かれたはずなのに、もはや誰一人とし
て王たちに近寄ろうとはしない。
英雄王たちのいる場所は、戦場のド真ん中であるにもかかわらず、完全
に二人だけのプライベート空間と化していた。
ガキン! ガキン!
辺りに、金属のぶつかり合う音が連続して鳴り響く。
一撃で人間の胴体を真っ二つにするほどの強力な斬撃の応酬。
一合たりとも、ぬるい打ち込みはない。
剣を打ち下ろしては、剣で受ける。
延々とそれの繰り返し。
そうして、いったい何合打ち合ったか。
当の王たちでさえも、判然としなくなった頃。
二人とも肩で息をするようになっていた。
「ハーッ、ハーッ、どうしたゴルドン。もう息切れか?」
「ザンダー、そういうお前こそ息が上がっているではないか」
力の拮抗している者同士、全身全霊の打ち合いを何十分も続けてきたので、
さすがに息切れしたのだ。
「ぬかせ。勝負はこれからよ」
「そうこなくてはな。面白くないわ」
それでも彼らは、英雄王と呼ばれる豪傑中の豪傑。
なおも根性で剣を振り上げようとする。
「どおりゃあっ!」
「ぬおりゃあっ!」
ところが、互いにふらつきながら剣を繰り出したのがいけなかった。
刃が勢いよくぶつかりあった衝撃で、剣は二人の手からすっぽ抜け………
…十メートルほど離れた地面に、刀身をクロスするように突き立った。
戦に脅え、縮こまっている少女の眼前へと。
ザンッ!
剣が突き立つ音を聞いて、ドミーナは伏せていた顔を上げる。
「どうして、ソードオブルーラーが、私の前に……うっ!」
ちょうどそのとき、昇って来た朝陽が刀を透過して、少女の目を刺した。
二つの刀身に開いた穴が、きれいに重なって、穴の向こうから太陽の光
が射し込んでいた。
(これを受け取ってくれ……)
再び、あの不思議な囁き声が、少女の耳に木霊した。
胸では、ペンダントに嵌まった紅玉が激しく明滅を繰り返している。
チカチカ明滅する赤い光を見ているうち、少女の頭に閃くものがあった。
「これって、もしかして……」
頭のなかで、いままで無関係と思われいた事象が、パズルの如く明確な
ひとつの形へと組み合わさっていく。
「そうか。ソードオブルーラーは、どちらか一方が贋物なんじゃなくて……」
ドミーナは、直感に導かれ、二つの刀に手を伸ばした。
「それは余の剣じゃ、触れるな!」
「娘ぇ、それを我によこせえぇぇ!」
二人の王は、剣を取り戻すべく、我先にと少女のほうへ殺到して来る。
英雄王たちの巨躯は、もう少女の目の前まで迫っていた。
二人の英雄王の鎧が、少女の視界を覆いつくしていく。
視界が英雄王たちの鎧に完全に遮られてしまう前にドミーナは、チザムと
ルナールがこちらに駆けて来るのを視界の端に捉えていた。
少女を救けに来たのか。
あるいは、自らの保身のために、口封じに来たのか。
彼らの意図は判らない。
だがどちらにせよ、いまさら来てももう遅い。
衝突の瞬間。
英雄王たちの巨躯が、少女の小さな体を完全に覆い隠す。
現場に居合わせたある者は、痛ましさからその目を閉じ、またある者は顔
を背け、またある者は少女のミンチになった姿を想像して呻き声を洩らした。
現場にいた誰もが、哀れ少女は、ペシャンコになってしまったと思った次
の瞬間――
ドンッ!
鈍い音がして王たちの巨躯が、ピンポン球みたいに宙に吹き飛ばされる。
王たちを吹き飛ばした衝撃波の発生点には、ドミーナが目を伏せ、静かに
佇んでいた。
傍らには、大きな板状の物体を立てて持っている。
板状の物体の真ん中には、少女が首から提げていたあのペンダントの紅玉
が嵌まっていた。
剣の形状。
剣の相似性。
剣に反応して光るペンダント。
それらのヒントから、ソードオブルーラーの真の姿を悟ったドミーナは、
ペンダントを蝶番にして二振りのソードオブルーラーを合体させたのだ。
合体して、扁平さが増したソードオブルーラーの形状は、刀剣というより
も、もはやサーフボードのよう。
刃を内向きに組み合わせているので、機能的には、刀剣の態すら成してい
ない。
さらに変化は、ソードオブルーラーだけに止まらなかった。
ドミーナが、ゆっくり目を開ける、と。
「なんだ、あのお嬢ちゃんの目ん玉は……」
「眼の奥に、流星のような、異様な光彩が走っている……」
遠くでチザムとルナールがそう言ったのを、ドミーナは聞いた気がした。