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覇王剣ドミナントソード  作者: ノブタカ
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第Ⅳ章 決意


 ドミーナが広場にいたのは、ほんの僅かの間だけ。

 少女は、広場を最短距離で突っ切り、再び暗い通りへと入っていた。


 落ち込んだとき、歩くことで気分転換になることもあるが、少女の気持ち

はまったく晴れていなかった。

 それどころか、一歩一歩、歩を進めるつれ、少女の内の理不尽な戦争に対

する怒りは高まる一方。

 その抑えきれない怒りが、広場で足を止めることを許さなかったのだ。

 そして怒りに突き動かされた足は、村の脱出ルートとは反対の方向……両

軍が陣を敷く村外れの平原へと向いていた。


「戦場は目と鼻の先。きっとすぐにも戦火は村に及ぶはず……」


 両軍が布陣しているのは、村があるのと同じ平原。

 ナカタニャーゴ村まで被害が及ぶのは、火を見るよりも明らか。

 そのうえ兵士たちは、女子供であろうと平気で殺す飢えた狼のような奴ら

だ。

 村に残って平穏無事でいられると考えるほうが、どうかしている。


「お祖母ちゃんの嘘つき! 床下に隠れたって、火をかけられたらどうする

のよ! 大丈夫なワケないじゃない!!」


 ドミーナは、体の内側から膨れ上がって来るやるせない思いを抑えきれず

に、思わず叫んでいた。


 実際四年前の戦争でも、村は焼き討ちに遭っている。

 今回も、村に火が掛けられる公算は極めて高い。

 アガシャが身を隠すと言っていた床下の食糧備蓄庫は、地下深く掘られて

いるわけではないので、火事のとき避難用シェルターとしては機能しない。

 たとえ床下に潜み、略奪に来た兵士たちを上手くやり過ごせたとしても、

火を掛けられたらいっかんの終わりなのだ。

 アガシャは、ドミーナを安心させるために言ったのだろうが、そんな詭弁、

少女にとって気休めにもなりはしなかった。


 両親を亡くしたドミーナにとって、アガシャは親代わり。

 もうひとりの親と言っても過言ではない。

 その親が、一度ならず二度までも理不尽に奪われようとしているのだ。

 腹が煮えくり返るのも当然だった。


 夜の帳に隠されていたが、家を出た直後と比べてドミーナはかなり恐い形

相になっていた。

 眼は座り、眉尻がキッと上がり、鼻筋には皺を寄せている。

 また唇をほうれい線がはっきり出るほど歪ませているのは、痛いほど歯を

食いしばっている証左だ。

 幼い少女には似つかわしくない憤怒の形相であった。


 長きに渡る戦争で、すっかり諦め癖がついてしまった村の大人に比べれば、

子供のほうが、まだ現状をどうにかしようという気概があった。

 とはいえ、子供がたったひとりで戦場へ向かおうなんて、いくらなんでも

正気の沙汰ではない。

 子供が、理性より感情を優先してしまう生き物だとしても、その行為が自

死に等しいことくらいは判断できるであろう。

 たとえ他の子供が、ドミーナと同じ境遇に置かれてたとしても、こんな常

軌を逸した行動には出はすまい。

 ドミーナ自身でさえ、四年前であれば、果たしてこんな無謀な行動に出た

かどうか。

 でも今のドミーナは、ただ泣いていることしか出来なかった四年前の彼女

とは違った。


 疾風勁草。

 強い向かい風に遭ったとき、人間は本当の自分の強さ、弱さを知ると言う。

 両親の死と向き合うため、ドミーナは長い時間をかけて、独り遺跡で内省

してきた。

 そして気付いたのだ。

 カワイイ、カワイイと猫可愛がりされ、庇護される存在に甘んじていては、

同じような惨事が起きたとき、また何も出来ずに悲劇を繰り返すだけだと。

 自ら考え、行動を起こす人間に変わらなくてはならないと。

 だからドミーナは、周囲に猫可愛いがりされていただけの昔の自分を捨て、

仏頂面の可愛くない女の子になったのだ。

 それは、生物が過酷な環境にさらされたときに発揮される力。

 環境に合わせて自らの在りようを変え、逆境を乗り越えようとする『環境

適応能力』だったのかもしれない。

 このドミーナの内面で起きた急激な変化は、過酷な環境に生きていなけれ

ば、生じえないものである。

 普通の日常を送っているプレティーンの少女が辿り着ける境地ではない。

 だから、木を見て森を見ようとしない村の大人たちには、ドミーナの変化

が、グレたとか、精神を病んだと映ったのだろう。

 もっとも祖母のアガシャだけは、孫娘の雰囲気がいかに変わろうとも、彼

女の心根は純粋なまま、以前と変わっていないと看破していたようだが。


 子供は、信頼と無償の愛を寄せてくれる者を欲っするもの。

 ドミーナにとっては、アガシャこそがそんなかけがえのない存在がだった。

 どんなに説得されたとしても、大切な祖母を見捨てて自分ひとりだけ逃げ

延びるなど出来るわけがなかったのである。

 歩いているうち、やがてドミーナの考えは固まった。


(そうだ! お祖母ちゃん見殺しにするくらいなら、いっそお祖母ちゃんを

殺そうとしているヤツに直談判しに行ってやろう!)


 と言っても、具体案があったわけではない。

 ただはっきりしていたのは、戦争を起こそうとしている張本人に会わない

ことには、問題の解決はありえないということ。


(ともかく、戦場に行って、戦争を起こしている張本人に会わなきゃ)


 ドミーナの頭の中には、ただそれだけしかなかった。


(たとえ殺されたとしても、戦争を起こした張本人に、ひとこと言ってやら

なきゃ気が済まないよ!)


 少女の唇は、血が滲むほど噛み締められ、手は肌色を失うほど強く握り締

められていた。



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