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覇王剣ドミナントソード  作者: ノブタカ
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第ⅩⅡ章 蒔かれた火種


「ああ、良かった。本当に良かった」

 アガシャは、ドミーナの頭頂部にキスしたあと、再び彼女の体を強く抱き

しめた。


「もう心配させて。どこも怪我してないわよね?」


 ドミーナは、しばらくアガシャに抱かれるに任せてから、茫然自失状態の

英雄王たちをその場に残し、村への帰路についた。

 膝をついたままの英雄王たちには、もう一瞥もくれない。


 結局ドミーナは、多くの人を殺してきた英雄王たちに止めを刺さなかった。

 間接的とはいえ、英雄王たちはドミーナの両親の仇。

 憎くないと言えば嘘になる。

 でも少女は今日、うんざりするほど多数の人の死を見てきた。

 たとえそれが憎き英雄王でも、これ以上は人の死など見たくなかったのだ。

 それに、戦闘力を完全に失った彼らは、今度は狩る立場から狩られる立場

になる。

 大勢の人から怨みを買っている英雄王たちは、この場で見逃してやったと

ころで、これからも生き延びられる保証はない。

 彼らが生き延びるも、生き延びられぬも、天に任せるのが良いだろうと考

えたのだ。

 運が良ければ、彼らは落ち延びられるだろう。


 村へと続く野っ原は、草が踏み均されていて、一応道らしきものが出来上

がっている。

 ただし、ちゃんと整地されているわけではなかったので、ところどころ凸

凹している。

 お世辞にも歩き易いとは言えなかった。

 ゴウラ軍に捕まったとき、杖を取り上げられてしまっていたアガシャには、

なおさらだ。

 そこでドミーナは、祖母にソードオブルーラーに載って運ぶことを提案し

た。

 でもアガシャは、提案を固持した。

 彼女は、まだソードオブルーラーに対して警戒心を抱いているようだ。

 ドミーナみたいに、ソードオブルーラーのことを何から何まで理解してい

るわけではないのだから、それがこの時代の人の普通の反応だろう。

 仕方ないのでドミーナは、自分の肩を貸して、自分が祖母の杖代わりにな

ることにした。

 ドミーナもまた、ソードオブルーラーを杖代わりにすることでパワーアシ

ストを受けていたので、この方法ならば祖母の体重を引き受けたところで、

さしたる負担でもない。


 足が悪い割りに、二人の足取りはスムース。

 杖代わりになっているソードオブルーラーが、絶妙な体重分散を行い、足

に負担のかからない歩き方を実現させているからか。

 いいや、それだけではあるまい。

 きっと心のつかえが取れたことも関係しているだろう。


 吹きつける海風を避けるために防風林が植えられているのは、村の西側も

東側と一緒。

 村に近づくにつれ、辺りには徐々に道の脇には灌木が目立ち始め、やがて

高木の立ち並ぶ雑木林になった。

 地面も、村が近づくほど平らに均され、並み木道らしくなってきた。

 道が均され、歩き易くなったこともあって、二人の歩行速度はさらに上が

る。

 もうしばらく行けば、雑木林も終わり、あの村外れの芋畑が見えて来るだ

ろう。

 ところが、軽快だった足が突然止まった。


「どうしたのドミーナ?」


 ドミーナは、口のところに人差し指を立てて、祖母に声を出さないように

サインを送る。


「誰? 居るのは分かっているのよ!」


 少女が叫ぶと、下生えを踏む音とともに、道脇の木立の中から、白金色の

鎧にマントを羽織った美丈夫が姿を現した。


「どうやら驚かせてしまったようですね」


 ドミーナは、その顔に見覚えがあった。

「あなたは、ザンダーの手下の人! えーと、名前は確か……」

「改めて自己紹介させて戴きましょうか。ワタクシはザンドリア軍の元参謀

で、ザンダー王の補佐役を務めておりましたルナールと申します。以後お見

知りおきを」


 うやうやしく一礼するルナール。


「いささか唐突な登場になってしまいましたね。まあでも、御身の前に出る

きっかけが見つからず困っていたので良しとしましょう」


 ルナールは、感じの良さそうな笑みを浮かべて見せた。


「何の用ですか?」


 ドミーナは、アガシャを背後に庇いつつ、ソードオブルーラーを構えた。


「あなた、遺跡で逢ったときに村を焼くって言ってましたよね。まさか本当

に村を焼きに来たんじゃ……」

「まあ、まあ、落ち着いて。あれはお嬢さんが、短絡的な行動に出ないよう

に釘を刺すつもりで言ったまでのこと。本気で村を焼き討ちするつもりなん

てありませんよ」


 遺跡の壁越しに聞いた会話でも、暗に脅しであると匂わせていた。

 けれど、村を焼くと言ったときの、彼の眼には、単なる脅しと思えない恐

さがあったのを少女は忘れていなかった。

 油断は禁物である。


「そんなに警戒しないで下さい。ワタクシは何も、あなたと戦いに来たわけ

ではないのですから」


 ルナールは、両手を掲げて敵意がないことを示す。


「実はワタクシは、お嬢さん……いえドミーナ様と、内々にご相談したいこ

とがありまして。こうして、まかりこした次第です」


 流暢な言葉使い。

 優雅な身のこなし。

 柔らかな物腰。

 見た目だってかなり良い。

 でもこのルナールという男、どうも胡散臭かった。


(確かに言葉は流暢なんだけれども……言葉が暗記してきた台詞みたいで、

何処か空々しい感じがするし、優雅な身のこなしも大時代的で芝居がかって

見える。遺跡でも優しい顔をして、恐いこと言ってきたし……)


 ソードオブルーラーのメモリーバンクの中にあった『悪徳セールスマン』

とかいう旧世紀の詐欺商売ともイメージが重なった。


(このひと、どうも信用おけないわ)


 警戒するなと言われても無理な注文だった。

 それにドミーナには、ルナール以外にも、警戒を解けない理由があった。


「ふうん、それで? もうひとりのお連れさんは、ずっと隠れているつもり

なの? まさか私を油断させたところで、後ろからバッサリなんて魂胆じゃ

ないわよね?」


 言ってドミーナは、チラリと上空を見やる。


「連れ?」


 ドミーナの疑問符に対して、ルナールも疑問符で返した。


「ワタクシ以外にも、この場に誰かがいると?」


 身に覚えが無いのか。

 ルナールは、困惑した表情になっていた。

 すると突然、上空から声がした。


「幼いとはいえ、さすがソードオブルーラーの使い手だな。とっくに気付か

れていたか」


 雑木林に反響する謎の男の声。

 そして梢を揺らす音とともに、ルナールの傍らに黒い影が降り立った。

 肌が黒く、彫りの深いアーリア系の面立ち。

 身に着けているいる鎧は黒鉄色。

 風貌で特に目を惹くのは、猫科の動物を想わせる黄色に近い琥珀色の眼だ。

 理知的なルナールとは対照的な、野生味のする若者。

 この若者にも、ドミーナは見覚えがあった。


「あなたは、ゴルドンの手下の、えーと、名前は確か……」

「チザム! ゴウラの二枚舌の黒豹が、何でこんなところをウロウロして

いるのですか?」


 少女が名前を思い出すよりも早く、ルナールが、ゴウラ武官の名前を呼ん

でいた。

 どうやら彼も、ドミーナのことを待ち伏せしていたらしい。

 重い鎧を着たまま、高い木から飛び降りるなど、いっけん自殺行為のよう

ではあるが、人間も、木の高さも、縮尺が違うことを留意されたい。


「よぉっ、奇遇だな。ザンドリアの狡猾狐殿」


 チザムは、ルナールに軽く挙手礼をして見せる。


「どうやら考えることは同じみたいだな。まあ当然か。あの戦場で目端が利

いて大局も見える人間となれば、俺以外にはお前しかいなかったからな」


 皮肉っぽい笑みを浮かべるチザム。

 対して声をかけられたルナールのほうは、柳眉な眉をひそめ、露骨に不愉

快そうな顔をしている。

 予期せぬ闖入者に横槍を入れられ、面白くなかったのだろう。

 そんな相方を無視して、今度はチザムが自己紹介を始めた。


「知っているかもしれんが、改めて自己紹介させて貰うぜ。俺は、ゴルドン

王の副官を務めていたチザムってもんだ。俺も、ちょっとばかしお嬢ちゃん

に話があってな」

「あなたもなの?」

 これで、ドミーナに話があると言う怪しい人物が二人に増えてしまった。


(何か、面倒なことになってきちゃったな)


 面倒ごとが増えてしまって、ドミーナは顔を顰める。


「話ってなんです? 親分の仇を取ろうって言うのなら、まとめて相手にな

りますけど?」


 ドミーナは、ソードオブルーラーを正眼に構え、剣先をピタリと二人に向

けた。


「おいおい、いくらなんでも、わざわざ会いにやってきた人間に、いきなり

武器を向けるってのは無いんじゃないのかい? フレンドリーに行こうや」


 チザムは、おどけた口調で言う。


 ソードオブルーラーを突き付けられているというのに、臆する様子がまっ

たくない。

 胆が座っているのか。

 それともただのおバカさんなのか。


「俺は、お嬢ちゃんの敵じゃねえ。俺と、そこのルナールが、英雄王を除こ

うとしてたってのは、お嬢ちゃんも知っているだろう。目的は一緒だって、

お嬢ちゃんも言っていたじゃねえか」

「ええ、もちろん昨晩のことはよく覚えているわ。あなたがその腰に帯びた

剣で、私の口を封じようとしたこともね」


 ドミーナは、ズイッと、剣先を二人に近づける。


「あれは、お嬢ちゃんが馬鹿な気を起こさぬように、ひと芝居打ったまでさ。

俺みたいな善人が、本気で年端もいかぬ子供を殺そうとするわけがないだろ?」


 チザムは、抜け抜けという。

 でも、あのときルナールは、チザムに殺意がなかったと言っていた。

 殺す気がなかったというのは、本当のことなのかもしれない。

 でも遺跡で会ったときと打って変わって、この馴れ馴れしい態度。

 ルナールと同じく、調子の良いことばかり言ってくる。

 ドミーナは、チザムのことも、到底信用する気にはなれなかった。


「それから、この俺に詰まらんコケ脅しはやめときな。ソードオブルーラー

が力を発揮出来るのは、自分の身を守るときだけだってことくらい調べはつ

いているんだぜ」


 チザムが余裕をかましていられたのは、英雄王たちと同様、ドミーナから

攻撃を仕掛けてくることがないと、たかをくくってのことだったのだ。


(なるほど。上司が上司なら、子分も子分ってわけね)

「俺の持ってきた話は、お嬢ちゃんにとっても悪い話じゃない。決して悪い

ようにはしねえから、武器を下ろして俺の話を聞けよ」


 ソードオブルーラーに教えられ、ドミーナは『悪徳セールス』には『ロー

ボール・テクニック』という手法があることを知っていた。


 ローボール・テクニックとは、最初に呑み易い条件を提示して、相手を話

に食いつかせておいてから、条件を吊り上げていくという手法だ。

『話だけでも聞いてくださいよ』と言うのは、そのローボール・テクニック

の常套句だった。

 チザムもルナール同様、物言いが『悪徳セールスマン』っぽくなってきた。

 でもドミーナは、そんな彼らの駆け引きに乗ってやるつもりはサラサラな

かった。


「うん、そうだよ。ソードオブルーラーが、真の力を発揮するのは、自分の

身を守るときだけ」


 ドミーナはチザムに対し、屈託なく応える。

 自分の言った言葉を肯定したことで、少女が自分に折れて、話に乗ってき

たと思ったのだろう。

 チザムは、目を細め、ニヤリと笑った。

 如何にも、してやったりと言う顔だった。


「でもさー、この封印状態のソードオブルーラーでも、ぶん殴られると結構

痛いと思うんだよねー」


 そう言ってドミーナは、チザムとルナールの鼻先で、これみよがしにソー

ドオブルーラーを振って見せた。


 ブオン、ブオン、ブオン!


 ソードオブルーラーのスイングは、風切り音だけでもかなりの威圧感だ。

 そしてさらに止めのひと言。


「あっ、それから、力加減を間違えて、あなたたちの首がもげちゃったらゴ

メンなさい」


 効果は覿面。

 チザムも、ルナールも、顔面蒼白になり、大きく後方へ跳び退さっていた。


「おおっと、藪蛇、藪蛇」とチザム。


 まだ彼は、軽口を叩けるだけの余裕はあるみたいだが、皮肉っぽい笑みは

引き攣れ、頬はピクピクと震えていた。


 ちなみにソードオブルーラーは、刃を開いていない状態であっても、敵意

の無い者にはその力を行使できない。

 筋力を強化するパワーアシストも、ジャイロコントロールも働かないよう

になっている。

 だから、たとえソードオブルーラーでおもいきりぶん殴られたとしても、

純粋に十二歳の少女の筋力だけの打撃となる。

 チザムのように屈強な戦士なら、まともに食らったところで、たいして痛

くもないだろう。

 ようするにドミーナの言ったことは、単なるハッタリだったのだ。

 でも言われた側には、そんなことは判らない。


「チザム! 話がこじれるから貴公は少し黙っていなさい。どうかお気を鎮

めて下さいドミーナ様。ワタクシは、こやつめと違って、あなた様と戦う気

など毛頭ございません。そこのところお間違えなく……」


 チザムと一緒にされては迷惑と、すかさずルナールは弁明を始めた。


「俺だって、お嬢ちゃんと戦う気なんて、これっぽっちもないぜ。ちょっと

した言葉の行き違いがあっただけじゃねーか」


 自分ひとり悪役にされては堪らないと、チザムはチザムで言い訳を始めた。


「それが浅はかだというのですよ!」

「なんだと?!」


 売り言葉に買い言葉。

 ルナールとチザムは、言い争いを始めてしまった。

 遺跡で出逢ったとき、ドミーナは、二人は仲が良いものとばかり思ってい

た。

 だが、全然そんなことなかったらしい。


「ルナール、お前の魂胆なんか見え見えなんだよ! どうせお嬢ちゃんを神

輿に担いで新興勢力を興し、自分はちゃっかり宰相の地位にでも収まろうっ

て腹づもなんだろう!」

「チザム、貴公こそ自らの権力の地盤固めに、ドミーナ様の力を利用するつ

もりだったのではないのですか?!」


 英雄王を打倒するという共闘目的がなくなったいま、二人はもはや、いが

み合っているのを隠そうともしない。

 言い争っている二人を見ながら、ドミーナは気が付いた。


(そういえばこの二人、英雄王たちとの戦いのときに、途中から姿が見えな

くなったわね)


 おそらくドミーナの手にソードオブルーラーが渡り、戦局が読めなくなっ

たので、ちゃっかり安全なところから戦いの趨勢を見守っていたのだろう。

 ルナールが、お腹の具合が悪い振りをしていたのも、舞台から消えるため

の芝居だったのだろう。

 二人の言葉の応酬は、まだ続いていた。


「相手が幼い子供と見て、簡単に言いくるめられるとでも考えたかよ。変わ

り身の早いザンドリアの狡猾狐が!」

「宗旨替えが早いのは、二枚舌の黒豹殿も同じでしょう。人のことを言えた

義理ですか!」

「言わせておけば!」

「それはこちらの台詞!」


 ルナールとチザムは、腰の剣に手を掛け、お互いの鼻を擦りあわせんばか

りに顔を近付けて睨み合う。

 いつ斬り合いを始めてもおかしくない険悪な雰囲気だ。

 ドミーナそっちのけで、角突き合わせる二人。

 呆れたドミーナは、剣の構えを解いた。


「はーあ。詰まるところあなたたちも、英雄王たちと同じく、自分さえ良け

ればいい自分勝手な人間みたいね」


 二人の不毛な言い争いを見ていれば、まだ幼い少女のドミーナだって、溜

め息が洩れようというものだ。

 もうドミーナは、二人に付き合っているのが面倒くさくなってきた。


「あんな人たち、もう相手にしてらんないよ。さあ行こう、お祖母ちゃん」

「え、ええ」


 ルナールとチザムを置き去りにして、しばらく歩いて行くと、村のほうか

ら誰かがこちらへ駆けて来るのが見えた。


「おーい、ドミーナーッ!」


 聴き覚えのある声。

 幼馴染のアデルだった。


 息を弾ませ、ドミーナたちの元まで駆け寄って来るアデル。


「良かったーっ。二人とも無事だったんだね」


 アデルは、ドミーナたちの無事な姿を確認して、胸を撫で下ろした。


「どういうわけか、兵隊たちが皆、散り散りになって逃げてっ行っちゃった

んだよ。いったい戦場で何が起きたの?」


 アデルは、軍隊が退散したのを知って、ドミーナたちを迎えに来てくれた

らしい。


「うーん、ひと言で説明するのは難しいから、歩きながら話すよ。さあ行こ

行こ」


 ドミーナは、アデルの背中を押して、村のほうへと回れ右させる。


「あれ? あの人たちは? 軍人さんみたいだけど、ドミーナの知り合い?」


 アデルが、彼方のルナールとチザムのほうを振り返りながら訊いてきた。

「さあ知ーらない。戦争は終わったっていうのに、まだ二人でゴウラとザン

ドリアの代理戦争をやっていたい人みたいだし、勝手にやらせとけばいいん

じゃないの?」


 素っ気無く答えた少女の背中に、遠くから声が掛かる。


「待てって、お嬢ちゃん。あんた、なんか勘違いしてないか? 戦争はまだ

終わってなんかいないんだぜ」

「チザムの言う通りです。むしろ本格的な戦争は、これから始まるのですよ」


 ザンドリアとゴウラの戦争は、双方の軍が瓦解する形で決着がついたはず。

 それなのに戦争が終わっていないなんて。

 二人は、何をおかしなことを言っているのだろうか。

 ドミーナには、二人の言った言葉の意味がまるで理解できなかった。


(もしかして、意味深なことを言って、私の気をひこうといるのかしら?)


 訝しむドミーナ。


「そんなこと言って、私の気を引こうとしたって無駄ですからね。ベーだ!」


 背後を振り返ったドミーナは、遠くの二人に向ってアッカンベーしてやっ

た。

 対してルナールとチザムは、互いに肘で牽制し合いながら、早足で少女た

ち追いかけて来た。

 相変わらず二人は仲が悪そうだったが、ドミーナと交渉を持つという本来

の目的を思い出したらしく、二人の個人的な喧嘩は、いったん休戦すること

としたようだ。


「お嬢ちゃんは認識が甘いねえ。自分のしでかしたことが、どういう結果を

もたらしたか、考えてみなかったのかい?」

「どうやらドミーナ様は、事態がまだよく呑み込めておられないようだ」


 ルナールとチザムは、ドミーナに追いつくなり言った。


 彼らは、いま大陸がどういう状況にあるのか、説明し始めた。


「ドミーナ様は、英雄王たちを倒して世界を救った気になっているかもしれ

ませんが、世界にもたらされたのは、むしろ逆の結果です。ザンダーとゴル

ドンの権威が失墜してしまったことで、いままで二人の王に頭を押さえつけ

られていた各地の有力諸侯が、大陸に覇を唱えようと動き出すことは確実。

このまま事態を放置すれば、世は麻の如く乱れることでしょう」

「ルナールは、いけすかない奴だが、言ってることは間違ってないぜ」


 さっきまでいがみ合っていたチザムまでもが、ルナールの意見に同意した。


「そんな……」


 非情な現実を突きつけられて、少女は言葉を失った。


「いままで戦場になってきたこの村の人からしたら受け入れ難い話でしょう

が、暴君であっても英雄王たちは必要悪だったのですよ。ザンダーとゴルド

ンの両巨頭が、力の均衡を保っていたことで、救われてきた村も確かにあっ

たのですから」

「各地で諸侯が蜂起し始めれば、戦火は国境の村だけに留まらず、大陸全土

に飛び火するだろう。戦争被害は、英雄王たちが健在だったときよりもむし

ろ拡大するはずだ。群雄が割拠する戦国時代が幕を開けようとしているって

ことさ」


 戦国時代の幕開けとは穏やかでない。


「じゃあ、あなたたちは、大陸が混乱すると判っていて、どうして英雄王た

ちを除こうとしたの? 大陸を平和にしたいって気持ちがあったからじゃな

いの?!」


 ドミーナは、二人に当然の疑問をぶつけた。


「俺たちは、そのぉ……なんだ……。なあ、ルナール……」


 ばつが悪そうな顔になったチザムは、ルナールに視線を送る。


「言いにくいことなのですが……。実はワタクシたちは、英雄王たちからソ

ードオブルーラーを奪い取り、英雄王たちに成り代わるつもりだったのです。

国の枠組みはそのままに」


 つまり二人は、国の体制はそのままに、一番上の地位の英雄王の首だけす

げ替える斬首戦を狙っていたということらしい。


「お嬢ちゃんなら理解できるだろ? あの英雄王たちに国の舵取りを任せて

いたら、民も、国土も疲弊していき、やがては国が滅んでしまうって。だか

ら英雄王たちが大陸を治めるよりは、俺たち二人が治めるほうがマシと思っ

たんだ」


 しかし力の象徴たるソードオブルーラーが、ドミーナの手に渡り、二人の

目論見はご破算になってしまったというわけだ。

 しかしまさか二人が、そんな調子の良いことを考えていたとは。

 少女は、開いた口が塞がらなかった。


「呆れた。民を思う気持ちが少しはあるのかと思ったら。自分たちが英雄王

の後釜に座って、良い思いをしたかっただけなんじゃないの」


 二人を少しはマシな人間だと思っていただけに、ドミーナは非常にがっか

りした。

 なんとも気まずい空気が、その場に流れる。


「えー、コホン、コホン」


 場を取り繕うように咳払いしてから、ルナールは説明を続けた。


「でも結局ドミーナ様が、ソードオブルーラーを手に入れたことで、ゴウラ

軍と、ザンドリア軍は崩壊。二国で大陸を分け合っていた枠組みも壊れてし

まいました。いまさらソードオブルーラーをドミーナ様から奪い取って、ワ

タクシたち二人が不完全なソードオブルーラーを分け合ったところで、もは

や大陸を掌握することは出来ません。大陸各地で紛争が起こるのは不可避で

す」


 ルナールは、もはや自分たちが神剣を手にしても益がないこと。

 そしてドミーナから神剣を奪う気もないことを理論立って説明した。


「本当にこれからも戦争が続くって言うの? そんな……じゃ、じゃあ、私

がしたことっていったい……」


 ドミーナは、英雄王を無力化したことで、戦争の芽も完全に取り除かれた

と思っていた。

 でも、その自分の認識が間違っていることを気付かされ、ショックを隠せ

ない。


「とりあえずこの村は命拾いしたってだけだな。当面、有力諸侯たちは、自

分の領地の地盤固めに忙しいだろうから、二万の軍勢を退けちまった化物が

いる村なんかに、ちょっかい出している余裕はないだろう。だが飽くまで当

面はだ。いずれ必ず有力諸侯たちは、ソードオブルーラーを狙ってこの村に

までやって来る」


 確信があるのだろう。

 チザムは、はっきりと断言した。


「いまだに多くの人が、ソードオブルーラーを持つ者を大陸覇者と信じてい

ます。そしてソードオブルーラーは、ドミーナ様を主人と認めた。大陸統一

を目論む者にとって、アナタ様は目の上のたんこぶなのですよ」


 ルナールが補足説明する。


「ふ、ふんっ。たとえ敵が攻めて来たって、私がソードオブルーラーで、何

度でも追い返してやるもん!」


 少女は、ムキになって答えた。


「ですがこの村は、平原の真ん中にポツンとある集落。防衛には向きません

よ」

「だ、大丈夫だもん。村の周りに、壁や、濠や、柵を、何重にも張り巡らせ

るから!」

「ふむ、確かに……」


 そう言ってルナールは、周囲の雑木林を見回した。


「ソードオブルーラーの力を持ってすれば、この防風林を切り出して柵を作

ったり、地面を掘り返して濠をめぐらすことも、短期間で可能でしょうね」


 ルナールは、意外にも素直にドミーナの意見を肯定した。


「ですが……」


 しかしルナールは、少女が考えた村の防御対策を、全面的に肯定したわけ

ではなかった。


「いかに防御を固めようと、大軍勢で一気に押し寄せて来て、村の周りを包

囲されたらどうしますか? 敵は当然、破城槌や雲梯といった攻城兵器も使

ってきますよ? 街道を押えられたとき、水や食料の補給はどうするのです? 

村に兵糧攻めに耐えられるだけの充分な備蓄があるのですか? それに同時

に村の複数の場所を攻められたら、如何なソードオブルーラーでも、独力で

敵の攻撃を防ぎきるのは不可能なのではありませんか?」

「そ、それは……」


 矢継ぎ早に防衛対策の欠点を指摘され、ドミーナは言葉に窮した。


「頭の回転の速いドミーナ様のこと。この村を守りながら戦うのが現実的で

ないことくらい、御自身でもお判りのはず」


 ルナールの言葉は、的を得ていた。

 英雄王たちとの戦いでドミーナは、祖母ひとり守るのさえ難渋した。

 村人全員を守るとなると、果たしてどれだけ困難になることか。


「それに問題はよお。お嬢ちゃんの村だけのことじゃねえんだなあ。たとえ

お嬢ちゃんの村が何とかなったとしてもだ。今度は、この村であったのと同

じ惨劇が大陸全土で繰り広げられることになる。お嬢ちゃんは、英雄王を倒

して大陸を戦乱の渦に陥れた張本人の癖に、自分の村さえ安全なら、それで

いいって言うのかよ?」


 ドミーナは、予想もしていなかったチザムの言葉に愕然とした。

 当然だ。

 よりにもよって自分が、あの英雄王たちと同列に扱われ、戦乱を巻き起こ

した張本人呼ばわりされるなんて、思いもよらなかったのだから。


「わ、わ、私が、大陸を戦乱の渦に陥れたですって?! 酷い! 勝手なこ

とばかり言って! じゃ、じゃあ、私にどうしろっていうのよ!」


 酷い言われように、ドミーナは、目に涙を溜めながら怒る。


「そうですね。まずは、大陸に戦争の火種を蒔いた責任をとってもらいまし

ょうか。責任をとることで、結果的に御自分の村を守ることにもなりましょ

う」


 感情的になっているドミーナを、それ以上刺激しないように、ルナールは

努めて冷静な声で答えた。


「村を守ることになるって、いったいどういうこと? だいたい責任をとれ

なんて言われたって、私に出来ることなんて何にもないよ」

「出来ることならありますとも。英雄王を打ち倒した、あなたにしか出来な

いことがね」

「だな。お嬢ちゃんにしか出来ないことがあるな」


 ウンウン頷きあうルナールとチザム。


「???」


 でもドミーナには、二人の言わんとしていることが何なのか、皆目見当が

つかない。


「ドミーナ様には……」

「お嬢ちゃん……いや、お嬢には……」

「大陸を治める王になっていただきたい!」


 ルナールとチザムは、口を揃えて言った。


「はあ?!」


 思いもよらぬ要求に、ドミーナは目をパチクリさせた。

 話を傍らで聞いていたアガシャとアデルもまた、驚いて顔を見合わせた。


「私が王様? 大陸を治める? 悪い冗談だよね?」


 でも、ルナールとチザムの目は、至って真剣だった。


「ここナカタニャーゴ村は、大陸のヘソであり、南北をつなぐ要所。四方八

方敵だらけです。でも裏を返せば、この地より出でて、東にも西にも広がっ

ていけるということ。守りに徹したところで村を守りきれないのなら、いっ

そ討って出て、周囲の脅威をどんどん駆逐してしまえばよいのです。そして

最終的に、大陸中の敵を平定し、全土を統一してまえば、もう村を脅かす存

在はいなくなります。単純な理屈でしょう?」


 ルナールは、とんでもないことを、いとも簡単そうに言ってのけた。

 さらにルナールは言葉を続ける。


「よいですかドミーナ様。唯一絶対の権力の前では、皆が押し並べて平等。

もしも大陸全土の統一が成り、統一国家が打ち建てられたならば、誰も国権

にたてつこうなんて考えなくなります。争いだって無くなるでしょう」


 少女は、あまりにスケールの大きな話について行けず、ポカンと口を開け

たままになっている。


「そして、その唯一絶対の権力の頂点に立つのにふさわしい人物こそ、お嬢。

あんただ」


 とチザムがドミーナを指差し言った。


「非力な子供の身で、ソードオブルーラーに所有者として認められ、あの英

雄王たちをも蹴散らしちまったお嬢は、民衆の怒りを具現化した存在と言っ

ても過言じゃねえ。お嬢以上に、民心を惹きつける偶像……じゃなかった、

王にふさわしい人材はいねえ!」


 ソードオブルーラーに納められた過去のメモリーを紐解けば、歴史上、幼

くして王位についた例は、そう珍しくもない。

 でも、そのほとんどの場合が、世襲や、禅譲によるもの。

 自分の意思とは関係なく、周囲の都合によって王座に据えられた実権の無

い『お飾り』の王だった。

 タナボタ式になるお飾りの王なら、ドミーナみたいな女児にだって務まる

かもしれない。

 けれども、二人がドミーナになれと強要しているのは、そのようなお飾り

の王ではない。

 自らの意思で身を興し、自らの力で大陸を平定し、自ら統一国家を打ち建

てろと言っているのだ。

 無茶を言うにもほどがある。


「ちょ、ちょ、ちょっ、待ってよ。いくら私にソードオブルーラーの力があ

るからって、王様をやれとか、大陸全土を平定しろとか、そんなの絶対無理

だよぉ」


 おもいきりのいいドミーナでも、そんなトンデモ話に、簡単に飛びつける

わけがない。

 二の足を踏むのも当然だった。


「まあな。ソードオブルーラーの力があったって、所詮お嬢も、手が二本、

足が二本しかない普通の人間だ。ひとりなら無理だろうさ」


 チザムは「わかっている、みなまで言うな」と言わんばかりの口振り。


「ふふん、そこでだ。この俺が、あんたのもうひとつの手足になってやろう

っていうわけさ」


 任せておけと、反らせた胸を叩いてみせるチザム。


「臣下の列に加えていただるのならば、不肖このルナールも、ドミーナ様の

ため、粉骨砕身働きまする」


 ルナールは、うやうやしく頭を垂れた。


「そんなこと言われたって……」


 突然臣下にしてくれなんて言われても、ドミーナだって困る。


「俺たちの私兵があれば、とりあえず村を守ることは出来るぜ」

「いざとなれば、ワタクシたちの領地に、ご家族を匿うことも可能です」


 ここが口説きどころと見定めたか。

 まだ答えを決めかねている少女に対し、チザムとルナールは、さらに畳み

掛ける。


「戦乱を納められるのは、ソードオブルーラーに選ばれ、英雄王を倒したお

嬢以外にいねえんだ。頼む。俺たちの王になってくれ!」

「ドミーナ様が、いま起たなければ、また何十年も血生臭い戦いが繰り返さ

れます。どうか御決断を!」


 さあさあと、ドミーナに返答を迫る二人。


(弱ったなあ。まさか、こんなことになっちゃうなんて。いったいどうした

ものかしら)


 ドミーナは、ほとほと困り果ててしまった。


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