第Ⅸ章 インギー馬
「どうしてだ? どうしてソードオブルーラーは、我ではなく、あんな小娘
の言うことばかり聞く?!」
「何故ソードオブルーラーは、王の中の王である余の言うことを聞かんのじ
ゃあああ!」
あっさり人質と、神剣を奪い返されてしまい、地団駄を踏む王たち。
「そりゃあ当然でしょう。あなたたちは、ソードオブルーラーの意思を無視
して、散々人殺しの道具として扱ってきたんだもの。加えて私は、あなたた
ちと違って、ソードオブルーラーを持つにふさわしい資格だって持っている
もんね♪」
祖母を取り返し、ドミーナの気分は高揚していた。
声も自然に弾もうというものだ。
「一介の村娘の分際で、ソードオブルーラーを持つにふさわしい資格だと?
何をたわけたことを! 武王と呼ばれるこのゴルドン以外に、誰がソードオ
ブルーラーの持ち主にふさわしいというのだ!」
「わかっていないなあ。一介の村娘だからだよ」
ドミーナは、大きなソードオブルーラーを軽々と担ぐと、剣の峰に当たる
部分で肩をトントンと叩きながら言った。
「私は、ソードオブルーラーの所持者に認められたとき見せられたの。ソー
ドオブルーラーにまつわる遠い過去の記憶をね」
言った後に少女の顔が少し歪んだのは、石室で行われたあの殺戮劇を思い
出したからだ。
「遠い昔、ソードオブルーラー目当てで遺跡に盗みに入った盗賊たちは、ソ
ードオブルーラーのことをソードウィズルーラーって呼んでいた。ソードオ
ブルーラーの『ルーラー』は本来、『測量用メモリ付き』って意味だったの
に、いつしか『覇者』って意味の言葉のルーラーと混同されて大陸覇者の証
だなんて誤解が生まれちゃったみたいね。だから本当はこれは、大陸の覇者
が持つべきものなんかじゃない」
少女は、傍らの祖母に目を移す。
「うちのお祖母ちゃんは、染織家でね。裁断から裁縫までやっちゃう人なの。
その手ほどきを受けている私も、染織家見習いってことになる。だから、殺
し合いを生業とするあなたたちと違って私は、ハサミであるソードオブルー
ラーを持つことに、古代国家の法的にも何ら抵触しないのよ」
銃刀法に基づけば、染織家のドミーナがハサミを持つことは適正な理由が
あると判断され、ソードオブルーラーの所持許可が降りるのだ。
「つまり、ソードオブルーラーは、一介の小娘こそが持つにふさわしい道具
ってこと!」
「ぐぬぬぅ。ならばこのザンダーが、ソードオブルーラーを再びバラして殺
戮の道具に戻すまでよ」
「ふうん。出来るものなら、やってみれば?」
「へらず口が叩いていられるのもいまのうちだ。ルナール、ルナールは何処
におる」
「ははっ、ここに」
ルナールが、苦し気な表情で出てきた。
「陛下のお言いつけ通り、準備を滞りなく済ませておきました。あとは陛下
が合図するだけ。皆、陛下の号令を待っております」
「そうか。んん? どうしたルナール? 顔色が悪そうだが」
「いやそのぉ……あ痛たたたたっ。ちょっと朝食べた物の食べ合わせが悪か
ったらしく、腹蔵の具合がおかしくて。少し休めば治ると思うのですが……」
しきりに鎧の腹の辺りをさすりながら顔を歪めるルナール。
「この大事に何をやっておるのだ、この痴れ者めが。その腹、この場にて我
がかっ捌いてやっても良いのだぞ!」
「も、申し訳ありません。ど、どうかご容赦を……」
「もうよいわ。戦いの邪魔だから、お前は下がっておれい」
「ははあ……」
ルナールは、そそくさとその場を退いた。
「ルナールめ。普段したり顔をしている癖に、肝心なとき役に立たん。よお
し行け、我が精鋭たち。あの生意気な小娘を串刺しにしてやるのだ!」
ザンダーが手を振ると、彼の後方から地面を蹴立てて数十騎の騎兵が、ド
ミーナたち目掛け突っ込ん行く。
「ザンダー陛下。ここは我らにお任せを。精鋭ザンドリア騎士団の力、存分
に見せつけてやりましょうぞ!」
兜のてっぺんに羽根飾りを付けた騎士団長と思しき先頭の騎兵が、ザンダ
ーとすれ違いざま叫んだ。
一万と九千。
数においてはザンドリア軍が、ゴウラ軍にやや劣っている。
だが、数で劣っているからといって、必ずしもザンドリア軍が総合戦力で
劣っているとは限らない。
なぜならザンドリア軍には、ザンドリア国が誇る精鋭の騎兵団がいたから
である。
ザンドリア騎兵の体を覆うのは、ザンドリア軍特有の白い全身鎧。
片方の手の肘部分には、馬と同じ色の赤茶色の円盾。
もう片方の腕には、これまた馬と同じ体色の突撃槍を脇に挟むようにして
構えていた。
あんな物をまともに食らったら、ドミーナの小さい体など、モズの早贄み
たいにされてしまうことだろう。
騎兵が乗っているのは、スピードと跳躍力に優れたインギー馬だ。
主にゼド大陸南部で産出する希少生物である。
飼育に時間がかかり、個体数が少ないため、大国か、大きなキャラバンを
組めるほどの大商人でもなければ運用できない。
もちろんゴウラにだってインギー馬はいたが、生育に適していない土地柄
なのか、現在騎兵団を作れるほどの数は揃えられておらず、騎馬は伝令役と
してのみ使われている。
ザンドリア騎兵団は、百騎にも満たない数だったものの、自前の騎兵団を
持たないゴウラ軍にとっては大変な脅威であった。
そのゴウラ軍を苦しめたザンドリア騎兵団が、いまドミーナに牙を剥こう
としている。
でも、いかに騎兵が機動性に優れていようとも、英雄王二人を相手するの
に比べたら恐くはないはずだ。
少女は、騎兵が近付いて来ていても慌てず、相手を観察した。
(私は知っている。インギー馬と呼ばれているけれど、あれは馬とは名ばか
り)
ソードオブルーラーによって、過去の時代の教養を身につけたドミーナに
は判っていたのだ。
あのインギー馬と呼ばれる手綱もつけていない嘴を持った二本足の生き物
が、本物の馬ではないということを。
(あれは馬じゃない。あれは鳥。インギー鶏だわ)
インギー鶏とは。
種子島の南部、南種子町の天然記念物で、小型のニワトリのことである。
明治時代。
嵐によってイギリスの帆船が、種子島に漂着したことがある。
その帆船の中で飼育されていたニワトリを貰い受けたのが、インギー鶏の
起源だ。
帆船に乗っていたイギリス人のことを、地元の言葉で『インギー』と呼ん
だことから、インギー鶏と呼ばれるようになったとされる。
インギー鶏の特徴としては、尾骨はあるが、尾羽がない。
日本国が健在だった時代は、この土地の特産品として有名だった。
だが上述の通り、飼育期間が長くかかるのが難点で、当時から個体数が限
られていた。
肉質は弾力があって柔らかく、食すと大変美味であるとソードオブルーラ
ー教えてくれた。
ソードオブルーラーは、遠い昔の耳寄りグルメ情報までフォローしている
らしい。
(ふうん。食べたことないけど、インギー馬って美味しいんだ。一度串焼き
にして食べてみたいものだけど……私のほうがあの槍で串焼きにされちゃう
のはゴメンだな)
ドミーナは、猛スピードで迫り来る騎兵の赤茶色い槍を見て思った。
(戦闘中に食べ物のことを考えるなんて)
ドミーナは、呑気なこと考えている自分に、クスリと笑ってしまった。
それだけドミーナには心に余裕があり、頭が冷静な証拠だ。
先頭きって飛び込んできたのは、兜に羽根飾りを付けた騎兵部隊のリーダ
ーとおぼしき騎士だった。
傍らに足の不自由な祖母がいる以上、ドミーナに攻撃を避けるという選択
肢はない。
突撃槍を受け止めるか、あるいは相手の攻撃よりも先に、相手に攻撃を当
て打ち倒すか。
そのどちらかだ。
リーチは、ソードオブルーラーよりも、突撃槍のほうがやや長い。
でも半身になっておもいきり腕を伸ばせば、ソードオブルーラーのほうが
先に相手に届くと、ナビゲーションシステムは教えていた。
「ええーい!」
ナビゲーションに従い、思い切り突きを繰り出すドミーナ。
ところがインギー馬は、ドミーナの攻撃が当たる前に勢いよくジャンプ。
少女の遙か頭上を飛び越えていった。
そして彼女の背後に着地。
そのまま走り過ぎて行った。
「なっ?!」
攻撃が当たると確信していたドミーナは、驚きを隠せない。
「避けられた?! そんな……相手は英雄王でもないのに!」
初めから全力でかわすつもりでもなければ、如何な素早い騎兵といえど、
ソードオブルーラーの攻撃は避けきれない
ソードオブルーラーの人工知能は、そう分析予想を下していた。
ところが、そのソードオブルーラーのナビゲーションシステムによる精緻
極まる攻撃が、ものの見事に空かされた。
驚きのあまり、後方へ走り抜けて行く騎士団長の姿を、ついつい目で追い
かけてしまうドミーナ。
ドミーナが驚くのも無理はない。
ドミーナは、英雄王の攻撃すら捌いてみせたソードオブルーラーの分析能
に全幅の信頼を置いていたが、ソードオブルーラーが英雄王に完璧に対処で
きたのは、かつての持ち手である英雄王を熟知していたからである。
しかしインギー馬の騎兵については、英雄王に対したときほどの事前デー
タをソードオブルーラーは持ち合わせていない。
まして敵は、希少なインギー馬を任されているほどのエリート騎兵。
当然全員が、かなりの訓練を積んだ手練とみるべきだったし、まだ充分な
対戦データを得られていない現状では、事前の分析予想を上回る動きを見せ
たとしても不思議はない。
それにドミーナは騎兵隊のことを『英雄王ではない相手』と侮っていたが、
ことスピードに関しては騎兵は英雄王に優る。
データを充分とれていない現状では、ある意味英雄王以上に油断ならない
相手だった。
でも、いつまでも攻撃を空かした騎士団長騎にばかり気を取られている余
裕はなかった。
脳の後ろ側の部分。
ちょうど頭頂葉と後頭葉の間の辺りで、チカッチカッと紅玉に似た赤い光
が明滅したからだ。
驚いて前方に顔を戻すと、すぐ目の前まで後続の騎兵の槍が迫って来てい
た。
騎士団長の背後にピッタリとくっつくことで、ドミーナに気取られないよ
うに姿を隠していたのだ。
騎影がピタリと重なっていては、超音波センサーや、赤外線センサーでは
識別が難しい。
でも震動センサーならば、足音から後続騎がいることは察知できたはず。
なのに、槍の穂先が目の前に迫って来るまで、ソードオブルーラーからは
警告が発せられなかった。
これはいったいどういうことなのか。
(ソードオブルーラーのセンサーでも近付いて来たのが感づけないなんて。
まさか、こいつら騎馬の足の歩調まで完璧に合わせることが出来るっていう
の?! そんな馬鹿な。そんな神業が出来るとしたら、この人たちは本当に
英雄王たち以上の強敵だわ!)
戦闘においては全面的にソードオブルーラー頼みだっただけに、ソードオ
ブルーラーの分析能でも捉えきれない挙動をする相手と初めて対峙して、少
女は戸惑いを隠せなかった。
ドミーナは、襲い来る槍を避けようと、咄嗟にソードオブルーラーを真横
にして掲げ、盾代わりにする。
ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ!
連続する鈍い打撃音。
猛烈な騎兵団の連続チャージ攻撃が、ソードオブルーラーの幅広の刀身に
炸裂した。
後続騎のあとからも、そのまた後続騎が突撃して来て、絶え間ない攻撃を
加えてきているのだ。
ランスチャージを、正面からまともに受け続けていては、いくら頑丈なソ
ードオブルーラーを盾にしていても、少女の貧弱な体のほうが保たない。
ドミーナは、自分に縋る祖母のほうに槍の穂先が向わないように配慮しな
がら、ソードオブルーラーに角度をつけ、出来るだけ攻撃を受け流すように
努めた。
(そうか。最初に飛び込んで来た敵は、私の注意を惹く囮役。後続騎が攻撃
し易いように隙を作らせるのが目的だったんだ)
ドミーナは、津波のように繰り返し襲ってくる槍を受け流しながら、よう
やく悟った。
最初に飛び込んで来た騎士団長が、注意を惹きつける囮役に徹し、攻撃を
避けることにのみ集中していたのなら、ソードオブルーラーの攻撃を避けら
れたのも頷ける。
幼い少女とはいえ、ドミーナは二人の英雄王に土をつけた難敵。
虎の子の騎兵団をもってしても、簡単には倒せる相手ではないと判ってい
たはず。
だから入念に対抗策を講じてきたのだろう。
攻撃が止んだと思ったら、すぐにまた別方向から突撃が敢行される。
どうやら騎兵団は、複数に分けた部隊編成でヒット・アンド・アウェイ攻
撃を繰り返し、ドミーナに反撃に転ずる間を与えず、このまま一挙に押し切
るつもりのようだ。
相手の意図に気付いたところで、引きもきらない攻撃に曝されていては、
態勢を整えることすらままならない。
さらに単調なランスチャージばかりだけでなく、時折インギー馬の跳躍力
を生かしたジャンプ攻撃も織り交ぜてくるから厄介だった。
インギー馬の動きは、本物の馬に比べ不規則で、反撃しようにもなかなか
的を絞れない。
苦し紛れに剣先を突き出したところで、スルリと避けられてしまう。
「もうっ、何で当たらないの!」
最初は冷静だったドミーナも、癇癪を起こし始めた。
ソードオブルーラーのナビゲーションシステムがいくら優れていても、操
っているのは辻髪を伸ばし始めたばかりのまだ幼い女の子である。
自分では、ちゃんとナビゲーション通りの攻撃軌道をトレースして、剣を
打ち込んでいるつもりでも、苛立ちが微妙に剣のコントロールを狂わせる。
これでは、いくらナビゲーションシステムが優秀だろうと、当たるものも
当たらない。
そして剣を打ち込んだ直後には、どうしても隙が生まれる。
中途半端な剣の打ち込み方をすれば、隙はさらに大きくなる。
その隙を突いて、別の一隊が死角方向から突撃して来た。
すぐに察知して敵に向き直ったものの、盾としたソードオブルーラーは、
再び豪雨のような連続攻撃に曝された。
「くううっ、これじゃ身動きがとれないよ。どうしたらいいの……」
ドミーナは、攻撃に耐えながら、ついつい弱音を洩らしていた。
そのとき、自分の腰にしがみつき、ガタガタ震えている祖母の姿が目に入
った。
(そうだ。四年前は、お祖母ちゃんが私を助けてくれたけど、今度は私がお
祖母ちゃんを助けなきゃならないんだ。弱音なんて吐いちゃいられない。私
が気をしっかり持たなきゃ!)
気を取り直したドミーナは、消極的な守りの姿勢を捨て、思い切って攻勢
に出ることにした。
戦略変更したドミーナに応え、ナビゲーションシステムも精神リンクを介
し、少女に新たな戦闘プランを提案してきた。
ドミーナはナビゲーションシステムの提案に従い、真横に刀身を構えてい
た受け優先の姿勢を解くと、素早く左足を前に出し、体を右斜め向きにして
構え直す。
剣は頭より上にとり、剣先は馬を返して再び突撃して来ようとしている騎
士団長へと向ける。
上方を防御しながら、瞬時に攻撃に転じれる霞上段の構えだった。
小柄なドミーナに対して、敵は全員大人。
皆が少女よりも上背があるうえ、馬にまで跨っている。
攻撃によって槍を突き出す角度は多少変われども、ランスチャージであろ
うが、ジャンプ攻撃だろうが、必ず攻撃の起点は、ドミーナの頭より上にな
る。
剣を真横に構えた防御重視の構えは、防御範囲が広く、安心感がある。
けれども敵の攻撃が必ず自分よりも上方から来るとわかっているのなら、
何も防御範囲を最大にとる必要性もない。
霞上段の構えなら、上方に意識を集中できるので、上からばかり来る相手
の攻撃には対応し易い。
また、剣法で名前に霞とつく構えは、自分の心の動きを相手に悟らせぬ意
味がある。
この構えをとったことで、敵はドミーナが防御重視の構えをとっていたと
きよりも出方が読みにくくなったはず。
敵が、ドミーナを警戒して慎重になれば、槍の勢いも多少鈍ろう。
(インギー馬は、本当の馬じゃない。だからピョンピョンジャンプするし、
動きを捉えにくい。ソードオブルーラーのアーカイヴァーにあった騎馬兵に
対する戦術分析だって、インギー馬に乗った騎兵には全然役に立たなかった
し。でも、鳥なら鳥の弱点が、きっとあるはずだわ)
ドミーナは、ふうっと息を吐くと、そっと目を閉じた。
ソードオブルーラーは、複合センサーの塊。
機械の眼で見ていれば、必ずしも眼を開けている必要はないのだ。
いやむしろ、余計な感覚情報をカットして、特定の感覚にのみ意識を集中
するほうが、感覚は研ぎ澄まされる。
(落ち着け私。落ち着いて狙えば必ず当たるはずよ)
センサーは、迫り来る敵を一騎と判断していたが、聴覚にだけ意識を集中
してみれば地面を蹴る足音は二つ聞き取れる。
(やはり背後に一騎ついてきているみたいね)
騎馬の足音がピタリと揃っているわけでもないのに、どうやらソードオブ
ルーラーが勝手に敵を一騎だけだと誤認識してしまっているようである。
いくらソードオブルーラーが凄い道具でも、道具の力を過信して、すべて
を任せきりにしまうのは危険なのだと少女は学んた。
今度の騎兵団長の攻撃は、ランスチャージか?
それとも後続の攻撃の呼び水となる陽動か?
はたまた上空からのトリッキーなジャンプ攻撃か?
突進してきた騎士団長のインギー馬は、果たしてドミーナの手前でジャン
プした。
騎士団長は、ドミーナの頭上を飛び越えつつ、槍を繰り出す。
(違う。本気で打ち込むつもりのジャンプ攻撃じゃない……これも陽動)
ドミーナの読み通り、繰り出された槍は、全力で突き込まれたものではな
く、少女の頭上を飛び越えるついでに、軽く突いてきただけの牽制に過ぎな
かった。
ドミーナの頭に引っ掛けるように繰り出された槍の穂先を、彼女は姿勢を
変えず、頭上に構えた神剣の角度を少し変えただけで簡単に払い除けた。
(だとしたら、次の攻撃が本命!)
追い討ちをかけるように、騎士団長の影に隠れていた後続の騎兵の槍が襲
って来た。
しかしこれも、ドミーナは上体を大きく逸らして避ける。
槍の穂先が喉元を疾りぬけ、薄皮を一枚裂いていったが、ドミーナは構わ
ず左足を大きく一歩前に踏み込む。
そしてすれ違う直前、気合を一閃!
「やあっっ!」
ソードオブルーラーを、騎兵の肩口目掛けて打ち降ろした。
一撃食らった後続の騎兵は、インギー馬ごと、もんどり打って倒れ込む。
でもドミーナは、打ち降ろしただけでは、まだ動きを止めなかった。
突っ込んで来たのが隊長騎と、後続騎の二騎だけと見定めるや、勢いを止
めずにそのまま体を反転させ、振り向きざまの回転打ちで、彼女の後方に着
地した騎士団長の騎馬の胴体をはたき倒す。
横合いからのソードオブルーラーの一撃は、騎士団長と、その愛騎を、物
凄い勢いで吹き飛ばした。
下生えに転がった二人の騎士。
馬ごと地面に倒れたまま、もう起き上がろうとしない。
手足がピクピク動いていることから、どうやら息はあるようだが。
戦線復帰は無理そうだ。
一方ドミーナは、ソードオブルーラーを振りぬいた姿勢のまま、不思議そ
うな表情になっていた、
「軽くて、脆くて……なんだろう、この叩いたときの変な感覚は? そうか、
インギー馬は陸を走る鳥だから、倒すのには、ほんのちょっとバランスを崩
してやるだけでいいんだわ」
ニワトリやダチョウのような飛べない鳥にも翼があるのは、走っていると
きに倒れてしまわないように、体のバランスをとるためだ。
けれどもインギー馬の場合、騎士が翼の下に脚を差し入れる形で騎乗し、
なおかつ翼を手綱代わりに掴んでいるので、体のバランスがとりにくい。
インギー馬の小さな嘴では、轡をしっかり食ませるのが難しく、手綱をつ
けられないので、翼を手綱代わりに掴むのは致し方ないことなのだが、安定
性が悪いのはインギー馬の大きな欠点だった。
骨に空気の通り道が走っていて高い運動能力を発揮できる鳥類独特の気嚢
システムも、裏を返せば骨の中身がスカスカということ。
同じ大きさの哺乳動物に比べ、骨がスカスカなインギー馬の体重はとても
軽かったので、転倒させるのに強い力を要しなかったのだ。
ドミーナは当初、馬ごと叩き伏せるつもりでソードオブルーラーを大振り
していたから、トリッキーな動きをするインギー馬に、攻撃がなかなか当た
らなかった。
でも軽く剣で小突く程度でよいのなら、剣を当てるのも、そう難しい話で
はない。
おまけにちょうどソードオブルーラーの人工知能が、対騎馬戦闘用プログ
ラムに修整を加え、対インギー馬用プログラムとして調整を済ませたと報せ
てきた。
これでニワトリ独特の飛び跳ねる動きにもついていける。
二本足のインギー馬が二羽で重なるように走っていても、四本足の馬一頭
だと錯覚するようなエラーも、もう起こらないはずだ。
対インギー馬に対して、ドミーナの死角は完全になくなった。
「倒し方のコツは大体つかめたかしら。よーし、さあかかって来なさい!」
再びドミーナは、剣を霞上段に構え直した。
それからの戦闘は一方的だった。
騎兵団長を倒したときと同じように、少女は騎兵とすれ違いざま、ソード
オブルーラーの剣先や柄を、コツコツと軽く当てていく。
たったそれだけで、ザンドリア御自慢の騎兵が、面白いように地面に転が
っていった。
結局勝負が判らなかったのは、ソードオブルーラーがニワトリ独特の動き
に対応できるようになるまでの束の間だけ。
ソードオブルーラーの人工知能が、対インギー馬用に騎馬戦闘プログラム
を修整し終えた時点で、勝負は決していたのだ。
「もうよいわ。退け、退けーい!」
これ以上やっても被害が増すだけと見て取ったか。
ザンダーは、騎兵が半数以下になったところで、騎士団を下がらせた。




