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覇王剣ドミナントソード  作者: ノブタカ
1/14

序章


 夕餉どき。

 目抜き通り沿い。

 夕陽に照らされて茜色に染まる家々。

 落ち葉を踊らせながら僅かに塩の香りのする寒風が、家並みを吹き抜けて

いく。

 ナカタニャーゴ村を南北に縦断する目抜き通りは、民家や商家の密集して

いる村で最も拓けた場所である。

 整然と立ち並ぶ西欧風家屋風の家並みは、村にもかかわらず、そこだけが

『町』の趣があった。


 そのうちの一軒。

 こぢんまりした白壁の木造家屋。

 洩れてきたのは食欲をそそる香ばしい匂いと、楽しそうに笑う声。

 二階では、四人の人間が長テーブルに腰掛け談笑していた。

 彼らが身に着けているのは、麻で織られた膝を覆うくらい長い丈のひとつ

なぎの民族服。

 羽織ってから腰を帯でしぼる方式の服で、襟ぐりや、袖の折り返しには、

細やかで鮮やかな刺繍が施されていた。

 また腰布のサイドの部分にはスリットが入っていて、身にまとったとき前

垂れと後ろ垂れに分かれるようになっている。

 垂れの下には、同じく麻布製の足口のすぼまった白い長ズボンを履いてい

た。

 いわゆるもんぺのようなものだ。

 保温性の良くない麻生地のもんぺではあるが、本格的な冬の到来までは、

これで事足りる。

 みんな似通った民族服を着ていことから、これがこの村の標準的な服装な

のだと察せられる。


 談笑している四人のうち、ひとりは三十代とおぼしき恰幅の良い柔和な顔

つきをした中年の男性。

 民族衣装は茶褐色で、他の三人と比べるとかなり地味目。

 袖に施された刺繍も、落ち着いた印象のものだった。


 ひとりはその男性と同年代くらいに見える中年女性。

 豊かな亜麻色の髪を後ろで結った面長の美人で、着ているのは鮮やかな紅

の民族服。


 ひとりは還暦は迎えているであろう、髪に白いものの目立つ老女。

 民族服は薄紫色。

 肩には民族服と同様の精緻な刺繍の入ったの肩掛けを羽織っていた。


 残りひとりは、まだ年端もいかない少女。

 クリクリした大きな目。

 柔らかそうなほっぺ。

 まだ第二次成徴も迎えていないらしく、面長な顔の中年女性とは対照的に

お月様みたいにまん丸い顔をしていた。

 髪型も長髪の中年女性とは好対照な前髪パッツンのショートカット。

 パッツンヘアー左右には、いかにも子供っぽい夏白菊を模した大きな花飾

りのボンボンをつけていた。


 四人の囲むテーブルの上には、キャンドルと大皿に盛られた家庭料理がい

くつも並んでいる。

 豪華でこそないものの、家族の温もりを感じさせる一家団欒の風景だった。


「あっ、そうだ。すっかり忘れていたよ」


 中年男性が、野菜スープをすくおうとしていたスプーンを置き、やにわに

席を立つ。

 そして少女の目の前までやって来て、象のような優しい目で彼女の顔を覗

き込んだ。


「なーに、お父さん?」


 父の目の意図するところを図りかねたか。

 少女は、小首を傾げる。

 と、少女の父は後ろ手に隠していたものを取り出し、ひょいと少女の首に

掛けた。


「ほーらドミーナ、誕生日プレゼントだよ」


 それは紅玉の嵌まった大きな首飾りだった。


「わーっ、ありがとうお父さん!」


 父親からのプレゼントが嬉しくて、少女・ドミーナは、思わず大きな声を

あげていた。

 紅玉のサイズはとても大きく、少女の小さな手には納まりきらないほど。

 紅玉の形は半球状。

 表面は研磨加工されていて、とても滑らか。

 真珠のように切子面のない宝石だった。

 大きな紅玉が嵌め込まれているので、首飾りの台座部分もかなり大きめ。

 身に付けると、少女の小さな胸がほとんど覆い隠されてしまうほどだった。

 首に掛けているから便宜上首飾りとは呼んでいるが、実質は胸飾りに近か

った。


「良かったわね、ドミーナ」

「うん!」


 ドミーナは、老女のほうへ振り向き、元気よく頷いた。

 振り向いたときボンボンに遠心力がつき過ぎて、まだしっかりと据わって

いない少女の首が流されてしまったのはご愛嬌。

 でもボンボンは、少女のお気に入り。

 頭が振り回されるくらいの不便さなど気にもしていないようだ。

 少女の喜ぶさまを見て、老女が目を細める。

 白髪や、刻まれた皺から、彼女が中年の男女よりもかなり高齢なのは明ら

か。

 だが椅子に腰掛けている背筋は、中年の男女よりシャンとしているくらい。

 老女とは言っても、矍鑠としていていわゆるヨボヨボな年寄りのイメージ

とはかけ離れていた。


「あんなに目をキラキラさせて。ドミーナったら、よっぽど嬉しかったのね。

でもあなた本当にいいの? あれは遺跡で見つかった貴重な品なんでしょう

?」

 中年女性が、ドミーナの父に訊ねる。

 ドミーナの父を親しげにあなたと呼んでいることから、中年女性が少女の

母親なのだろう。

 母が父に尋ねる言葉が耳に入ったらしく、ドミーナは、折角貰った誕生日

プレゼントを返さなくちゃいけないではないかと、不安そうな顔になってい

た。


「いいんだよ。どうせ、こんな田舎の史跡の研究を継いでくれるような奇特

な人間なんていやしないんだし。きっとペンダントだって、整理棚で埃を被

っているよりも、ドミーナに身につけてもらった方が喜ぶ」


 ペンダントを返さなくてもよいと請け負ってくれた父の言葉に、少女がホ

ッとしたのも束の間。


「あれ? お父さん、これ光っているよ」


 ドミーナは、ペンダントの変化に気が付いた。

 ペンダントの紅玉は、ユラユラと妖しい光りを放っていたのだ。

 明らかに父親に首にかけてもらったときとは様子が違っている。

 そのときだった。

 村に、大声が響き渡ったのは。


「兵隊だっ!」

「みんな逃げろーっ!」


 叫びを聞いたドミーナの父親は、素早く窓のそばに駆け寄ると、窓に掛か

っているレースのカーテンを僅かにめくり、外の様子を窺う。


 窓の外の夕焼け空には、立ち昇る黒い煙が見えた。

 それもひとつではない。

 黒煙は、村のあちこちから幾筋も立ち昇っていた。


「戦闘狂どもめ。また懲りずに戦争を始めたか!」


 ドミーナの父親は、苦虫を噛み潰したような表情になった。


「母さん、先にドミーナと避難してもらえないか。僕らも、大事な研究資料

をまとめたら、すぐあとを追うから」

「わかったわ。あなたたちも気を付けてね」


 老女・ドミーナの祖母は、ドミーナの小さな手を握ると、ドミーナの父に

頷いた。

 小さなドミーナはというと、大人たちの顔をただ不安気な眼差しで見上げ

ているしかなかった。


 ◇


 パチパチと渇いた音を立てて燃えさかる家々。

 火を掛けられた建物が、次々と焼け落ちていく。

 燃え盛る炎から逃げ惑う人、人、人。

 逃げ惑う人々に紛れて、いかつい鎧を着込んだ兵隊の姿が見え隠れする。

 兵隊は、逃げる人の背中目掛けて、剣や槍を振り下ろしていた。

 人と見れば、たとえ老人や女子供でも容赦ない。


「ギャアアアッッ!」

「ひいいいいっ」

「助けてくれーっ!」


 町のそこかしこで上がる耳を覆いたくなるような悲鳴。

 悲鳴は引き切ることがなく、村は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 火の粉が雪のように舞い散るなか、老女はドミーナの手を引きながら、目

抜き通りを足早に歩いていた。

 二人の背後で燃えているのは、さっきまで四人が談笑していた白壁の木造

家屋。

 そして家の戸の前には、見覚えのある服装の男女が、うつ伏せの状態で折

り重なるように倒れていた。


「ねえ、アガシャお祖母ちゃん。お父さんとお母さんが、まだあそこに寝た

ままだよ? 置いていっちゃっていいの?」


 ドミーナが問いかけると、老女……ドミーナの祖母のアガシャは、沈痛な

面持ちになった。

 まだ幼いドミーナには、人の死というものが、よく理解できていなかった

のだ。


「二人はもう……」


 アガシャは、それ以上の言葉を継がず、黙って少女の腕を引っ張る。


「やだ、やだぁ、お父さんとお母さんを待つうっ!」


 もっとも、まだ幼いドミーナには、聞き分けの良さなんて身に付いていな

い。

 ドミーナは、アガシャが困るのも構わずグズりだした。

 さらに両親の元へ戻ろうと、体を突っ張らせ、必死の抵抗を試みる。


「我儘言わないの!」

 ところが、アガシャがそう言って力任せに腕を引っ張ったものだから、抗

しきれなくなったドミーナは、見事にすっ転んでしまった。

 祖母に片腕を掴まれていたため、咄嗟に手を突くことも出来ず、少女は地

面にしたたかに体を打ちつけた。

 上体を起こして、祖母に掴まれていないほうの掌を見ると、転んだとき擦

り剥いたらしく、ところどころ赤く血が滲んでいた。

 顔も、掌と同時に打ってしまったらしく、鼻の頭や、顎の先がヒリヒリし

た。


 擦り剥いた傷の痛み。

 両親がいない不安。

 思うようにならない不満。


 色々な感情をない交ぜにした激情が、腹の底から湧き上がって来て、少女

の顔を歪ませる。


「ううう……うわああん! お父さん、お母さーん!!」


 ついに激情を抑えられなくなった少女は、地面にペタンと内股を着いた状

態で、大声で泣き出してしまった。

 でもアガシャはというと、孫を優しく諭している余裕もないほど、気が急

いていた。


「いい加減になさい! つべこべ言わずに付いて来るの!!」


 滅多に怒ることのない祖母に叱責され、吃驚したドミーナは、目をぱちく

りさせて泣き声を呑み込んだ。

 アガシャは、泣きやんだドミーナを無理矢理立たせると、再び通りを引っ

張っていく。

 しかしドミーナが静かにしていられたのは、ほんの僅かの間だけ。

 すぐにまた、激情が蘇ってきて、しゃくりあげ始める。


「うううひっぐく、お父さん、お母さん……」


 だが、孫を連れて逃げるだけでいっぱいいっぱいのアガシャは、背中を向

けたまま。

 もう、ドミーナのほうを振り返ろうとはしなかった。

 状況は、それほど危険で切羽詰っていたのだ。


 目抜き通りを進んで行くにつれ、逃げる人で溢れ返り、通りは大混雑にな

った。

 ワンブロック抜けるのでさえも、容易でない。

 そのうえ、逃げ惑う人々は兵隊に追い立てられているので、ほとんど半狂

乱状態。

 年寄りだろうと、子供だろうと、お構いなしにガンガン体をぶつけて来る。

 二人はぶつかられるたび、何度もよろめき、転びそうになった。

 しかし、それでもアガシャは、掴んだ孫の小さな手を、決して離そうとは

しなかった。


 なんとか目抜き通りを抜け、村外れの雑木林まで逃がれて来た二人。

 この大陸の村や町は、押し並べて周囲を塀か雑木林に覆われている。

 ドミーナたちの暮らしている大陸は、起伏の少ない平坦な土地柄。

 山も、丘陵程度のものしか存在せず、海風を遮ってはくれない。

 内陸部でも、強い海風が吹き付けて来る。

 それゆえに人がこの大陸で生きていくには、風除けの防風壁や、防風林は

不可欠だったのだ。

 ドミーナの村の周囲にも、たくさん風除けの防風林が植えられ、雑木林を

形成していた。


「村の入り口から直接街道へ出るのは危険よね。道には出ないで、このまま

雑木林の中を突っ切って逃げたほうが安全かしら」


 アガシャが呟く。

 自分に話しかけているのかと思って、ドミーナは泣きはらした目で祖母の

顔を見上げた。

 けれどアガシャは、ただ闇の彼方をじっと見つめている。

 ドミーナには一瞥もくれない。

 どうやら少女に話しかけたのではなく、自分の考えを整理するために独り

言を洩らしただけのようだった。


 雑木林には、人間をひと呑みにするほどの大きなクチナワが潜んでいるこ

とがある。

 だから雑木林の中を行くべきか一瞬判断を迷ったのだろう。

 でもアガシャは、すぐに決断した。


「いらっしゃい。こっちよ!」


 そう言うとアガシャは、再び少女の手をグイグイ引っ張り出した。

 枝が引っ掛かり皮膚を引き裂くのも構わず、灌木の中を進んで行く。

 いるかどうかも判らないクチナワを恐れるよりも、今は少しでも村から離

れたほうが安全とアガシャは判断したのである。

 でもドミーナには、まだ村に後ろ髪を引かれる思いがあった。

 アガシャに腕を引かれながら、両親の姿を求め、何度も何度も後方の村を

振り返る。

 もっとも既に辺りには宵闇が侵食してきていたので、見えるものといえば

火事のせいでやけに明るい村の上空の空と、周囲に生えている灌木くらい。

 闇夜の中では、遠くを見通すのはなかなか難しい。

 何度も振り返っても灌木以外に目新しいものは見当たらない。


 いや。


 何かいた。


 さっきドミーナたちが通り過ぎてきた村の入り口の雑木林の辺り。

 木と木の間に隠れるようにして、誰かが、ぽつねんと立っていた。

 ドミーナは、その何者かに妙な違和感を覚えた。

 涙で曇った目でボーッと見つめるうち、少女はやがてその違和感の正体に

気付いた。


 それは縮尺である。


 アガシャとドミーナは、今もどんどん村から遠ざかりつつある。

 だから精確な縮尺は判りづらい。

 けれども、村の入り口の雑木林を通り過ぎたときのことを思い返してみれ

ば、一番低い灌木でも成人の身長の二倍。

 幼いドミーナの身長と比したらば、四倍以上の高さがあったはずである。

 なのにその人物ときたら、高い木とほぼ同じくらいの背丈があったのだ。

 体が尋常でないくらい高かったから、見通しのききにくい暗闇のなかでも

その何者かの姿だけは認められたのであろう。

 よくよく目を凝らして見てみれば、尋常でないのは背丈ばかりではなかっ

た。

 その容貌も、明らかに普通の人間と異なっていた。

 黒くのっぺりとした顔。

 闇の中で仄光る白くてゴワゴワした体。

 巨大な蚕の体に、無理やり四肢を生やしたかの如き異様であった。

 とてもこの世のものとは思われなかった。

 もしかしてあれが、お父さんに寝物語で聞かされた人の魂を食らうと言う

幽鬼ではなかろうか、とドミーナは思った。

 あるいは人々の不幸の匂いを嗅ぎ付けて、村にやってきたのかもしれない。


「お祖母ちゃん! お祖母ちゃん!」


 ドミーナは、蚕の格好をした怪人の存在を報せようと祖母に呼びかけた。

 けれどもアガシャは、ただただ逃げることで精一杯。

 ドミーナに取り合ってはくれない。

 ドミーナが、祖母に必死に訴えているうちに、見られていることに気付い

たか。

 蚕怪人ののっぺりした顔が、ゆっくりと少女のほうを向いた。

 ギョッとするドミーナ。


(魂を食べられちゃう! 目を合わせちゃいけない!)


 恐ろしくなったドミーナは、祖母に腕を引かれながら、ギュッと目をつむ

った。

 数瞬後、恐る恐る目を開くと、蚕怪人は跡形も無く消え去っていた。



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