プロローグ
――百万と一回目の産声は、溜息によく似ていた。
意識が覚醒し始めたのでうっすらと目を開いていくと、若い男女の顔が視界を埋めていた。
僕は女性に抱きかかえられていて、彼女の長い金色の髪が僕の手の甲をくすぐっている。二人はこちらを見ながら、不安そうな表情をして話し合っていた。
僕に何かおかしいところでもあるのかな、と数秒考えた後、「ああそういうことか」と合点がいった。
「おぎゃあ」
そう言って見せると、彼女たちは安堵したように微笑みながら、金髪に触れていた僕の手の甲を優しく包むように、そっと掌を重ねた。
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一回目の死因は、自殺だった。
幾度も経験した「死」の中で、どうやってもこれだけは忘れることが出来ない。
当時高校生だった僕は、まぁよくある話、と言ったら語弊があるかもしれないが、僕はいじめに耐えきれず首を吊った。
自分の部屋でひっそりと深夜に死ぬつもりだったけど、窒息のあまりの苦しさにもがいていると親が不振がってドアを開けて入ってきた。
遠のく意識の中で、ずっと母親が僕のことを呼びながら泣いていた。あの表情と声は、何千万年という時を経験した今でも脳裏に焼き付いている。
そうして完全に意識が現実と切り離されると、いつの間にか目が覚めて誰かの腕の中にいた。
それが二度目の生だということに気付くのにはしばらく時間を要した。そこから数十年して、また生涯を終えたら、今度は違う人生を。
記憶は残ったまま、そんな繰り返しを何度も、何度も。気の遠くなるような歳月を送ってきた。
色んな人生を経験した。最初の人生の舞台である日本と似たような場所に生まれたり、剣や魔法の世界だったり、科学がとてつもなく発達していたり。
その都度与えられた僕の名前や体も様々だった。
最初は転生というファンタジー的なノリにはしゃぎ、それなりに謳歌していたものの、十回目を過ぎたあたりからは一回の人生に対する価値観が変わっていった。
何回生まれ変わっても不思議と絶望はせず、新しい趣味や他人との交流にもそこそこ精を出したりしていた。けれど、感動や感傷も薄れてきていて、何かを成しても特別嬉しいと思ったりだとか、達成感を得られたりだとかはしなくなっていた。
坦々と生きて、死んで。それなりに楽しんで、暇だったら誰かを助けて。そんなルーティンワークだった。
だから今回も、適当に生きて適当に楽しんで、適当に死ぬんだろうな。
そう思ってもう一度、ため息交じりに「おぎゃあ」と泣いた。
日常7:シリアス3くらいの予定です