始まり
ーーどうして。
自分の町が燃える光景を彼は黙って見ることしかできなかった。
ーーどうして どうして。
一時間ほど前まではとても活気に溢れた町の面影もなく、楽しげに話す人々の声も聞こえてこなかった。
炎のせいでよく見えなかったが自分の家であっただろう場所も燃え、そこには全身が炭のように焼け焦げている人と呼ぶにはあまりにも変わり果てたものがあった。
ーーどうして どうして、こんなことに。
あせる気持ちを抑えつつ彼は自分の他に生きている人がいないか探し回ったが目につくのは、燃える建物と焼け焦げた人ばかりで生きている人がいるとは到底思えなかった。
生きているのはもう自分しかいないのではないかと思えば思うほど絶望的な気分が襲ってる。
ーーもう、誰もいないのか。
そんなことを考えている時、少し離れた場所に自分と同じ歳の男女二人が横たわっているのを見たとき彼は驚きのあまり自分の目を疑った。
それは、男女二人が周りの人と違い全身が焼け焦げてはいなかったからだけではなく、横たわる二人が彼の大切な幼馴染だったからだ。
わずかな希望を胸に抱き彼は幼馴染のそばまで駆け寄ったが二人が横たわっている地面は真っ赤に染まっていた。
それは二人がもうこの世にいないことを知らせるのには充分だった。
ーーどうして二人が死ななければならないんだ。
気付けば彼は震えていた。
それが怒りによるものなのかそれとも悲しみによるものなのかは分からなかった。
「まだ生き残りがいたか、この世界の餓鬼は随分しぶといんだな」
急に人の声が聞こえたので彼は声のしたほうに目をやるとそこには全身黒い服を纏った男が立っていた。
身長は成人男性の平均よりやや高く、腰ぐらいまである長い髪は、目が染まるほど鮮やかな赤だったが、目の色は毒々しいほど赤く殺意の含んだその細く鋭い目は、自分に対して向けられている。
男の右手には、長さが2メートルぐらいある剣を握っていた。
刀身は黒かったがその剣先は赤い雫が垂れていた。それが血だと気づいたとき彼は確信した。
あの男が町を燃やし、住民を、家族を、そして大切な友達を殺したんだと。
その瞬間、全身から力が抜けるような感覚がし膝から崩れ落ちた。
自分も殺される。そう思うと恐怖のあまり体の震えが止まらなかった。
だが、男の足元を見たとき別の感情が彼を襲った。
それは゛怒り゛だった。
なぜなら男の足元には幼馴染の二人と同じように横たわる彼女がいたからだ。
彼にとって彼女は自分を助けてくれた大切な友達であり、絶対に守りたい人だったからだ。
「この餓鬼共で最後だと思ったんだけどな~」
男はそう言いながら彼女の頭をサッカーボールのように扱った。
「・・・・・・んで・・・・・・たんだ」
「あん?今なんっていった」
男はかなり不機嫌そうだったがそれでも彼は気にせずに叫んだ。
「なんでみんなを殺したんだ!!」
いつの間にか体の震えは止まっていた。
「・・・・・・」
男の顔は一瞬、少し驚いたような表情をしていたがゾッとするような冷笑的な薄笑いを浮かべていた。
「いいね~その表情。やっぱり怯えた表情よりも怒ってる表情のほうが美しいな~」
質問に答えようとしない男に対して怒りの気持ちを抑えきれなかった。
「いいから答えろ! おまえが町のみんなを殺したのか!」
それでも男は未だに薄笑いを浮かべていた。もう一度問いかけようとしたとき男はやっと口を開いた。
「確かにここの人間を殺したのは俺だが、正確に言うなら俺が殺したのはおまえ以外の全人類だ」
その発言は、とても信じられなかった。
ーーこの男はここの町のみんなだけじゃなく、世界中の人間を殺したと言うのか。
「信じられないって顔をしているな。まぁ無理もないか、おまえみたいな餓鬼には到底理解できないよな」
男の言うことは事実だった。
町のみんなを殺したのだって信じられないのに世界中の人間まで殺したなんてどうしても信じれなかった。
「けど理解する必要はないぜ。今からおまえも俺に殺されるんだからな」
そう言い放つと男は右手の剣を握り直しこちらに近付いてきた。
自分はもうすぐ死ぬんだなと思っても不思議と恐怖は感じなかった。そんな感情よりもこの男に対する怒りのほうが遥かに上回っていた。
男はすぐ傍まで来ると右手の剣を振り上げた。
ーーくやしい。
初めて彼は自分の無力さを呪った。
ーーもしも自分に力があったら、この男を倒せる力があったら、みんなを守れる力があったら。
そう思えば思うほどくやしくてしょうがなかった。
「おまえだけは、絶対に・・・・・・絶対に許さないからな!!」
もう彼にはそれしか言うことはなかった。
「この世界の最後を飾るにふさわしい表情だぁ~ 地獄でみんなに会えるといいなぁ」
そう言いながら男は剣を降り下ろした。
そしてこの日、人類は地球上から姿を消した。