使用者四人目:便器は友達
木製の両開きの扉が設置された。
窓もなく、田舎の木造家屋にあるような扉だった。
俺はエルフとの出会いで便器としての自覚が足りなかったことを痛いほど理解した。
そのためには便器に拘らず、もっと広い視野を持たなければならない。
(もし、俺がトイレを使う場合、何が必要だ...)
スキル系譜とあわせて考える。
(やはりトイレットペーパーだな)
ホルダーの必要ポインは一となっている。
ただそのままだとペーパーの質は悪いままだ。やはり欲を言えばスキルの発展先、最低でも『良』までにはしておきたい。
そうすると必要なポイントは九だ。
九人を、いまの状態で満足させなければならない。
(こんなことなら親分に従っている子分達に使ってもらいたかった)
すでに親分達はエルフに殺されているだろう。
そのエルフは服装や言動から文化水準は親分達よりも高いのが窺える。
ドアをつけただけでは不十分で、満足してくれないだろう。
(また、ガラの悪いやつらに来て貰わなければ)
それが最善であろう。しかし問題はエルフだ。
あいつはここを聖域とか勝手に崇拝していた。
立ち入り禁止や門番を設置するやもしれない。
(ならばエルフを追い出すしかない...って、いかん!!!)
これでは便器が人を選ぶことになってしまう。
人が、より良い便器を選ぶのだ。便器は求められれば常に応えるのが信条だ。
(俺としたことが、こんな初歩も忘れてしまうとは)
視野狭窄に陥っている。
(いま俺がすべきは来るものを拒まず全力で御もてなしすることだ)
覚悟は出来た、こいエルフ!
次こそ本気の勝負だ!
......。
...。
「昨日は大変失礼しました。これはお詫びの品となります、どうぞお納めください」
俺の知っているエルフの後ろに、さらに二人のエルフがいた。
そのうちの一人が十センチ四方の箱を、見せるように開く。
「スピカの宝樹より取りました根であります」
扱いの丁寧さを見る限り、由緒正しい供物なのは分かる。
ただ、俺は受け取らない。便器は人を選ばないが、物はお断りだ。
(詰まったらどうするんだよ、まったく)
俺は蓋を硬く閉ざすことで拒否を表明する。
さらに水を流す。異世界の相手に伝わるか不明だが『水に流す』の慣用句を表現してみる。
「もしや...」
後ろに控えるもう一人のエルフがごにょごにょと前のエルフに話す。
「(もしかして、許してくださっているのではありませんか)」
「(そ、そうなのか)」
「(ええ。供物を受け取らず、流しました。これは謝罪を受け入れたので宝樹の根は不要と解釈できるのではないでしょうか)」
「(な、なるほど!)」
内緒話は終わったようで、エルフ達は姿勢を正す。
「謝辞を受け入れていただき、ありが、とう...ございます」
俺は蓋を開けていた。
それを見たエルフの声は尻つぼみになった。
「(おい! やはり供物を捧げたほうがいいんじゃないか)」
「(か、かもしれませんね)」
俺は蓋を閉めた。
「(......)」
「(こ、これは一体、どういうことでしょうか)」
供物を仕舞ったのを確認して俺は再び蓋を開ける。
「(どういうことなんだ)」
三人のエルフは見合って相談しだす。
その様子を俺は静かに見守る。
時はくる。俺が便器であるかぎり、奴らが人である限り、運命は収束する。
どれだけの時間が経ったか分からない。
前にいたエルフが、尻を、揺らしたのだ。
(きた)
俺は勢い良く水を流した。
シャー。
蓋も上げ下げを繰り返す。
それを見た、尻を揺らしたエルフは目を見開く
「ま、まさか...」
尻を揺らしたのは前にいたエルフ。昨日いたエルフだ。
「...お前達。少し、下がっていなさい」
「「はい」」
エルフ二人が部屋の隅に移動する。
「外に出ていなさい。そしてしばらく...耳を閉じているのです」
「「は、はぁ」」
その指示は二人のエルフには意外であったようで返事に迷いがあった。
しかし迷いこそあったが、二人のエルフは指示に従い外へ出た。
ばたん、と扉が閉められた。
「扉、ですか」
エルフは俺に話しかける。
「そういう、ことなんですね。あなた様は、その、おまる...なんですね」
ゆっくりと蓋を上下する。まるで頷く様に。
「そう、でしたか。あなた様の対応に合点がいきました」
エルフは昨日と同じく俺の前までやってくる。
昨日とは違って、表情に後ろめたさはなかった。
「実は、尿意を催しております」
知っている。
尻を揺らしたのを、俺はちゃんと見ていた。
(来たまえエルフよ。その苦しみを俺が受け止めてやろう)
蓋を上げる。
「綺麗、ですね」
すでに親分の残りは水で流しておいた。
それ以外の部分も可能な限り掃除した。
「失礼します」
エルフはズボンを降ろし、俺に座る。
「...暖かい」
(これは俺の体だ。スキルで暖められないなら、俺自身が熱くなればいい)
だから適温の調整なんて出来ない。
でも、俺の出来る全てを尽くしたかった。
満足してもらえるように、スキルがない事を言い訳にせずに。
(俺の全力でお迎えする! これが便器(俺)の覚悟だ!)
シャー。
福音が響く。
エルフは泣いていた。
静寂が訪れる。彼は立ち上がり、レバーを引く。
「ありがとうございました」
シャー。
《満足度を1ポイント手に入れました》