第六話 鬼の子供
今回は真紅がメインです。
それから、一週間はあっという間に過ぎ、とうとう明日は約束の日だ。
待ち合わせは正午、学校の校門の前。
寮の一室で、真紅は鼻歌を歌っていた。
明日は、千秋とデートだ。
何を着て行こうかと考えていると、部屋は服でいっぱいになる。
きっと、華理も今頃、気合を入れて服を選んでいるに違いなかった。
自分は彼女ほど、スタイルも良くなければ、美人でもない。
だからこそ、服選びは今まで以上に慎重に選ばなければ。
「これじゃ……華理ちゃんに見劣りしちゃうかな?」
姿見に映っている自分は、平凡で冴えない女の子。
どこにでもいて、人混みの中にすぐ埋もれてしまいそうだ。
でも、彼女は違う。
スタイルも良くて、とても綺麗な人。
輝く銀色の髪を伸ばして、花の香りを身に纏って。
「はぁ……」
もう、選ぶの止めようかな……。
何を着たところで、結局華理には敵わない。
その時、初めて千秋と会った、幼い日のことを思い出した。
希少な魔法は遺伝しにくい。
だが、どんなに希少な魔法でも、親が同じ魔法使いであるなら、確実にその魔法を遺伝できる。その場合、名字は父親のものを名乗るのが世間では一般的だった。
鬼束家の当主とその夫人は、二人とも同じ『鬼魔法』の使い手だった。そして、その子どもたち六人にも、同じ魔法が継承された。
鬼束真紅は、その六人の末っ子だ。
しかし、真紅の魔法は兄姉の中で一番劣っていた。
親からは見放され、兄姉から蔑まれ、同級生からは『鬼』の子と虐められ。
毎日が……生きることが苦痛で、その苦痛から抜け出す術を、知らなかった。
その時だ。彼が現れたのは。
公園で虐められていた自分を、千秋は庇ってくれた。
『止めろよ。他にも楽しい遊びはいくらでもあるだろ?』
『ち、千秋』
『悪かったよ……』
自分を虐めていた子たちは、少年のその言葉に、驚くほどあっさり引いていった。
『まったく……』
ため息を吐きながら、千秋は手を差し伸べてくれる。
おずおずと伸ばした手を、少年の力強い手が握り返した。
『オレは千秋。君は?』
『あたしは……』
鬼束、と言う名を、名乗りたくなかった。
だが、「ん?」と首を傾けて返事を待つ少年の瞳は澄んでいて、心の中のあらゆる屈託を洗い流していくようだった。
『あたしは、鬼束……鬼束真紅』
それが、千秋との出会いだった。
『別に焦ることないんじゃないか?』
魔法が上手く使えない。
そう打ち明けた真紅に、千秋はそう答えた。
『真紅は真紅で、人は人。君には君のペースがあって、兄さんや姉さんには兄さんや姉さんのペースがある。そうだろ?』
『それは……そうだけど……』
だが、そういう問題ではない。
実際、家では辛い修行の日々と、兄や姉からの蔑みを受けているのだ。
『真紅にはちゃんと、兄さんや姉さんと同じように、鬼束の高くて強い魔力が受け継がれてるんだ。今は焦らず、少しずつ修行を積めば、兄さんたちみたいに使えるようになるさ』
高い魔力、強い魔力。
それはどちらも、魔力を表わす言葉だ。
魔力の高低は、個人が持つ魔力の保有量。
魔力の強弱は、魔力の質。
魔力が高いほど長時間の魔法の行使が可能で、魔力が強いほどより強力な魔法が使える。
表情の晴れない彼女に、千秋は言葉を続けた。
『他の誰が知らなくても、君の兄さんや姉さんがどれだけ君を馬鹿にしても、オレは真紅が一生懸命頑張ってるのを知ってるよ。真紅の感じてる痛みを理解ってあげることはできないけど、苦しいのも辛いのも知ってる。だから、泣きたいときはオレのところに来ればいい』
公園のベンチからピョンッと飛び降りた少年は、振り返って笑った。
『後、さっきの奴らのことは気にしなくていいよ。もう、君を虐めたりしないから。あいつらも、根っから悪い奴らじゃないんだ』
屈託を、少しずつ解きほぐしていく。
この日から、生きることが辛くなくなった。
あたしはあたし。
少なくとも、千秋はちゃんと『あたし』を見てくれている。
家はやっぱり辛いけど、千秋の言葉を思い出すと、それほど辛く感じなくなった。
それは、ちゃんと知ってくれている人がいる強み。
外でも虐められることはなくなり、みんなと遊ぶことができた。
全部、千秋がくれたもの。
「この服にしよう」
レースをあしらった白いブラウスと、赤いチェック柄のプリーツスカート。
お気に入りの服を着て行こう。
どんな服を着ても、自分は華理に見劣りするだろう。
だが、彼はちゃんと見てくれる。
人混みの中に埋もれても、見つけ出してくれるのだ。
散らかした服を片づけた真紅は、明日着る洋服をハンガーに掛けた。
明日は絶対遅刻できない。
そう思って、彼女は早めに休むことにした。