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第四話 魅惑の蜜

 その一部始終を、真紅と華理かりが、木の陰から覗いていた。

 こちらに背を向ける金髪の女子生徒と、その子と向かい合うように立っている千秋。

「もう、何言ってるのか全然分かんない!」

 真紅はそう言うが、華理は千秋の唇を読み取ることで、おおよそ何を話していたか理解できていた。

「あーあ、あたしも千秋に告白しようかな」

「止めておきなさい。振られて泣く破目になるわよ」

「うう……やっぱり、そうかな……」

 華理の冷たく突き放したような台詞に、彼女はしゃがみこんでうじうじと地面に人差し指を押し付ける。

「……いつになったら、千秋はあたしのこと、女の子として見てくれるのかな?」

 そんなこと、私が知りたいわよ。

 心の中での呟きは、真紅には当然聞こえない。

 恋愛感情はない。

 はっきりと、千秋が口にしているのを聞いた。

 唇を読んだわけだから、正確には、見たか読んだ、という方が正しいが。

 どちらにしろ、それが千秋からもたらされた答えだ。

「……千秋って、優しいわね」

 不意に漏らした一言に、真紅はパッ、と顔を上げる。

「そうでしょ! 千秋は昔から、すっごく優しくて、すっごくカッコイイの!」

 まるで自分の宝物を自慢するような真紅に、華理は微笑ましさを感じて頬が緩んだ。

「そんなこと知ってるわよ」

 でなければ、こんなにも一途に、彼を想い続けることなんてできない。

 たった、一度。

 幼い頃に千秋と会って、言葉を交わしたのはたった一度だけ。

 憶えていてもらえるなんて、期待などしていなかった。

 だが、それを千秋本人から口にされたとき、一度の思い出を大事に持っていた自分が、とても愚かしく思えた。

 けれど、その思い出を聞かず、確かめもせず、傍にいることを許してくれた。

 聞かないのも、確かめないのも、自分のため。

 だから。

「本当に千秋って」

 残酷なまでに、優しい――……。



 放課後。千秋は華理に頼まれ、学校の案内をしていた。

「どうして真紅も一緒なの? 私は千秋に頼んだんですけど?」

「別にいいじゃん。今日はもう千秋に会えないんだから!」

「…………」

 周りから見れば両手に花。だが、両腕を二人に拘束されている千秋にとっては、歩きにくい事この上ない。口喧嘩をするにしても、間に挟まれている自分の気持ちも考えてくれないだろうか。

 そうしている間にも、校舎、実技棟、実験棟、部活棟、食堂、図書館と回り終え、下駄箱まで戻って来た。このまま帰ることを想定し、すでに帰り支度は済ませてある。

「案内ありがとう、千秋。助かったわ」

「ちょっと、あたしにお礼はないの?」

「真紅は勝手について来ただけでしょ」

「もう、何よそれ!」

「二人とも、いい加減に……」

 帰り際まで喧嘩を続けるのは止めて欲しい、と仲裁をしようとしたところへ、小さく笑う声が耳に届いた。

「仲がよろしいんですのね」

 現れた少女の、波打つ鮮やかな金色の髪はサイドテールにして結われている。気の強そうな瞳は赤みを帯びた茶色。動作には気品があり、一目で育ちの良さが分かる。

「誰?」

 小声で尋ねてくる華理に、真紅が同じように小声で答える。

「隣のクラスの、神條(かみじょう)瑠璃さんだよ。頭も良くて運動もできて、その上、家は光魔法の名門で大金持ちなんだけど、いっつも千秋に突っかかってくるの」

 そう言う真紅も、鬼魔法の名門で、大金持ちなわけだが。

「そちらは、今日いらしたという転入生の方かしら?」

「ああ、そうだ」

 瑠璃は千秋の後ろにいる華理に視線を向け、制服のスカートの裾をつまんで淑女の礼をして見せた。

「初めまして。わたくし、神條瑠璃と申します。お名前を伺っても?」

「……桜小路華理よ」

 警戒するように名乗ったのは、表面上にこやかな雰囲気な瑠璃の目が、まったく笑っていないからだろう。

「それにしても、千秋さん。あなたはいつも、色とりどりの蝶を連れていますのね」

 蝶、というのが女性の比喩であることは、彼にもすぐに分かった。

「格別、そちらの紅い蝶がお気に入りのご様子ですけれど、桜色の蝶は、どうなさるのかしら?」

 紅い蝶は真紅、桜色は華理。どちらも名前から取っているようだ。

「どうするもこうするも、決めるのはオレじゃないさ」

「あなたは、ご自分が極上の蜜を持つ花であることを、自覚なさった方がよろしいのでは? あまりたくさんの蝶に分け与えていては、いくら蜜があっても足りませんことよ?」

 花、は千秋のこと。それは名字の『言花』に掛けているのか、蝶が花から蜜を得ることに掛けているのかは分からない。瑠璃はしばしば、こういう抽象的な物言いで千秋を非難していた。

「言いがかりだわ。まるで千秋が悪いみたいな言い方、止めてくれる?」

「そ、そうよ! あたしたちは、千秋が好きだから一緒にいるんだもん! あなたにとやかく言われる筋合いはないんだから!」

 華理の一言に後押しされ、千秋の後ろに隠れていた真紅が応戦する。

 二人の反撃に一瞬怯んだ瑠璃だったが、その直後ややムッとした表情を見せた。

「でしたら、彼の優しさに甘えるのも程々になさいませ。千秋さんの言動にあなた方が一喜一憂するように、あなた方の言動や行動が彼を傷つけることもあるんですのよ」

 これは、千秋を擁護する台詞。それに、彼は驚いていた。

 今まで非難めいた言葉を投げつけられることが多く、自分は瑠璃に嫌われているものだと思っていたのだが。

「あなた……千秋のことが好きなの?」

 やや呆れたように、華理が指摘する。

 おそらく、彼女の言葉からそれを察したのだろうが、それは外れだろう。今回はたまたま擁護してもらっただけで、今までそんな言葉をもらったことは一度もないのだ。

 だが、それに反して、瑠璃の顔は耳まで一気に赤くなった。

「な、ななな、何を……な、何を言っているのでしょうっ? まったく、い、意味が分かりませんですことよっ?」

 言葉がちぐはぐになって、何が言いたいのか分からない。

「おい、落ち着いて……」

 取り乱した彼女を宥めようと手を伸ばすと、その手をパシンッ、と払われた。

「さ、触らないで下さい!」

 叩かれた手を引くと、払った本人は涙目だ。

「瑠璃さま」

 そこへ、瑠璃の取り巻きの少女が二人、彼女を呼んだ。一人は赤髪にショートカット、もう一人は瑠璃と同じ金髪だがストレートの少女。赤髪の少女はボーイッシュな、金髪の少女はおっとりとした印象を受ける。

 それを幸いとばかりに、瑠璃はほっとした顔をする。

「む、迎えが来ましたので、わたくしはここで。ご機嫌よう。……ぎゃん!」

 きびすを返して一歩踏み出したところで、何もないはずのところで、瑠璃はつまずいて派手に転んだ。それに合わせて、金色の髪がふわっ、と翻る。

「…………大丈夫、か?」

 どうリアクションしていいのか、どう言葉を掛ければいいのか、で千秋は数瞬考えた。

 人前で転んだ羞恥に、しばらく動けないでいた彼女は、不意に立ち上がり、さっと身だしなみを整える。

 そして。

「では、ご機嫌よう」

 にっこりと微笑んで、先ほどの醜態しゅうたいをなかったことにした瑠璃は、今度こそ取り巻きを連れて、寮へ帰っていった。

「ムカつく人だと思ってたけど、ホントは可愛い子だったんだね」

「それはよく分からないけど、分かりやすい子だとは思うわ」

「オレは嫌われてなかったことに驚きだ」

 三人はしばらく瑠璃の去って行った方を見つめ、やがて誰からともなく校門へ向かった。


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