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第三話 想の魔法

前回までの話を少しだけ修正して、誤字や脱字の訂正をしました。

 休み時間になると、転入生である華理(かり)の周りは、男女問わず人垣ができていた。

「肌白いね。もしかしてハーフ?」

「母が海琉人なの」

「でも、ここまで肌が白い人、なかなかいないよ。羨ましい」

「ねぇねぇ、桜小路さんて、何の魔法使いなの? 幻影か、それともやっぱり桜?」

「桜よ。植物使いになるわ」

 周りの質問に答える彼女の様子は、先ほどの悲痛な表情と結びつかない。

「千秋、桜小路さんのことが気になるの?」

 彼の席で一緒に華理を見ていた真紅が、唇を尖らせて彼に訊く。

「そりゃあ、気になるさ」

 彼女が名前を知っていたということは、自分は間違いなく昔、華理と会っているのだろう。

 それを憶えていないと言った時の彼女の顔を思い出すと、胸が痛んだ。

 彼女を、傷つけてしまった。

「桜小路さんは、千秋といつ知り合ったの?」

 そう華理に尋ねたのは、海原だった。

 思わず千秋の耳は、懸命にその音を拾おうと必死になっている。

 だが、その答えがもたらされることはなかった。

「内緒」

 そう言って笑うと、彼女は席を立ち上がり、千秋の席まで歩いてくる。

「ねぇ、お昼一緒に食べてもいいかしら?」

 華理の銀色の髪が、首を傾げる動作に合わせてさらり、と流れた。

「千秋はあたしと一緒に食べるの!」

 挑発するように、真紅が彼女の前に立ちはだかる。

 真紅は内向的な性格のはずなのに、なぜかたまに好戦的になることがあった。

 わずかに目を瞬くと、華理の目が挑戦的に笑った。

「そうなの。だったら、これからは私も混ぜてもらえる?」

 真紅の茶色の瞳と、華理の空色の瞳が火花を散らす。

 そろそろ昼飯を食べに行きたいのだが。

「真紅」

 彼は弁当の入った手提げを持って立ち上がった。

「早く飯、食いに行こうぜ」

「うん!」

 大きく頷いた彼女は、まるで子犬のように千秋の腕に自分の腕を絡める。

 一人取り残される華理に、彼は振り返って声をかけた。

「君も一緒に」

「……ありがとう!」

 一瞬沈みかけていた表情が、一気に払拭(ふっしょく)される。

 こうして千秋は、幼馴染みと転入生の少女を二人引き連れて、中庭まで向かった。



 夏の日差しが強くなる中、千秋を間に挟んで、三人は並んで食事をしていた。

 ベンチに木の影が落ちてきているおかげで、太陽の刺すような暑さは軽減できている。

「言花? それじゃあ、千秋は言葉使いなの?」

「え? 華理ちゃん、知らなかったの?」

 桜小路さんは止めてほしい、と言った華理に、呼び方を改めた真紅が驚きの声を上げた。

「千秋のことで、私が知っているのは名前だけ。それ以外のことは何も知らないわ」

 今朝のうちに購買でサンドイッチを買っておいた華理は、何かを思い出すように視線を動かす。

「それにしても、偶然ね。言葉使いって、私の父の研究テーマなの」

「へぇ、華理の親父さん、研究者なんだ」

「もう離婚してるけどね。それより……」

 話題を変えるように、華理は千秋の弁当を覗き込む。

 弁当箱の中は、ほとんど食べ終えて、(から)と言っても過言ではない状態だ。

「千秋って、お昼はお弁当なのね」

「千秋のお母さんが、幼馴染みのあたしの分も作ってくれるの」

 勝ち誇ったように言う真紅を見て、華理は落ち込む様子もなく、不敵に笑った。

「じゃあ、私も次からは自分でお弁当作ろうかな。そしたら、千秋にも食べてもらえるし」

「あっ、ずるい、華理ちゃん。あたしのだって食べて欲しいもん!」

「あら、真紅は千秋のお母さんがお弁当、作ってくれるんでしょ?」

「……っ!」

 また始まった。

 食べ終えた弁当箱を包みながら、彼はため息を吐く。

 今自分が割って入っても、あまり効果はないだろう。逆に激しくなることもあるかもしれない。

 ここは様子を見て、予鈴がなるのを待つしかないか。

「千秋! 今度からあたし、自分でお弁当作るからっておばさんに伝えておいて!」

「それは、別にいいけど……」

 そこへ、三人の許に足音が近づいて来た。

「言花くん」

 振り向くと、くるくるとした金色の髪を肩の下で揺らす、一人の少女が立っていた。

「……話があるんだけど、いいかな?」

 見覚えのある少女に、千秋は記憶を巡らす。

「あ……昨日のクッキーの……」

「覚えててくれたんだ」

 覚えていてもらえたことが嬉しかったのか、彼女は顔を上げてにっこりと微笑む。

「私のことは覚えてなかったのに」

 ポツリ、と華理が呟くが、昨日のことと子どもの頃のことを一緒にしないで欲しい。

「あ、あの……話があるんだけど……」

 その先を言わない彼女に内心で首を傾げたが、その視線が真紅と華理にあることに気づき、納得する。

「真紅、華理。先に戻っていてくれないか?」

「その方が良いみたいね。……行きましょう、真紅」

「えぇ! そんなぁ……」

「ぶつぶつ言ってないで、先に教室に行くわよ」

 渋る真紅を引き摺って、二人はその場を後にした。

 正直、華理がこんなにあっさり引くとは思っておらず、内心で驚く。

「言花くん」

 その呼び声に、意識が彼女の方へと向いた。

「あ、ああ……それで、話って?」

 だが、この空気でおおよその見当がついている。

 だから、華理も自分の言ったことに従ったのだろう。

「言花くんには、好きな人っている?」

「恋愛って意味で言ってるなら、『いない』よ」

 即答できたのは、それが事実だからだ。

「そ、そっか……」

 会話が途切れる。

 しかしそれは、空気の重さより、緊張感を孕んでいた。

「あ、あのっ、私……」

 その続きが分かっていて答えを言わないのは、『そうじゃない』可能性を、期待しているからだろうか。

「私、言花くんのことが……好きです」

 段々と小さくなっていく語尾。胸の前で握り締められた手が、小刻みに震えている。

 それが、さらに千秋の胸を抉った。

「私と、付き合ってくれませんか?」

 付け足された一言に、彼は奥歯を噛みしめた。

 どう言えば、彼女の傷が少しでも小さく済むだろうか。

 どんな言葉を選べば、彼女は泣かずに済むだろうか。

 一瞬のうちに思考を巡らせても、その答えは出なかった。

「……言葉を……」

 だから、今自分の中にある答えを、口にする。

「言葉を口にする勇気を、オレなんかのために使ってくれて……嬉しいと、思う」

 例え正しいものを選んだとしても、彼女が傷つくことは避けられないのだから。

「だけどオレは、君を選んであげられない……ごめん」

 彼を見上げる瞳に、みるみる涙が溜まり、頬を伝って流れた。

 肩を震わせて泣く彼女に掛ける言葉が見つからず、だからといって、その場から去ることもしない。

 それは、彼にとっての誠意だった。

 誰かが、好意を持つ相手を傷つけることで、自分への未練を断ち切らせる、というようなことを言っていた気がする。

 だが、それは自分にはできそうもない。

 ただでさえ傷ついた相手をさらに傷つけてしまうのは、とても可哀相だと思うから。

 自分にできることは、ただ、相手の気持ちを正面から受け止めること。

 それだけだ。

「……ごめんなさい、泣いちゃって……」

「いや、いいんだ。別に……」

 彼女は涙を自分で拭いながら首を振る。

「ううん。断られるって、思ってた。言花くんには鬼束さんがいるし。今日来た転入生のことも、もう噂になってるし……」

 噂が広がるのが早いといっても、限度があるだろう。

 すでに、学年中に広まって……否、学校中に広がってしまっているかもしれない。

「真紅は大事な幼馴染みで、華理のことも気になる子ではあるけど、別に恋愛感情は……」

 特別な女の子であることは確かだが、今のところ二人に対して明確な恋愛感情はない。

「本当にごめんなさい。困らせるだけだって、分かってたのに……」

 俯いた彼女の瞳から、再び涙が零れていく。

 何とか慰めたくて、その金色の髪に手を伸ばしたが、触れることはせず手を下ろした。

 そうすることが、余計に彼女を苦しめてしまうような気がして。

「…………」

 どんな言葉が、今の彼女を慰めてくれるだろうか。

「《ありがとう》」

 魔法として、言葉を紡ぐ。

 ちゃんと、相手の心に、自分の想いを届ける。

 歪むことなく、真っ直ぐに、正確に。

 それが、千秋の魔法だ。

 驚いたように顔を上げた彼女は、一拍置いて、涙の跡が残る顔を上げて微笑んだ。

「また、お菓子作ったら、食べてくれますか?」

 その台詞に、今度は千秋が驚く。

 断るべきだろうか。

 おそらく、それが正しいのかもしれない。

 だが、千秋はそれを断らなかった。

 それが、傷ついた彼女の心を、また傷つけてしまうかもしれないと思うと、断れなかった。

「君が、作りたいと思うなら……待ってる」

 悲しそうに笑う彼女に、胸が痛む。

 だが、それ以上に彼女が傷ついていることを思うと、その痛みも我慢できた。

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