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終章

 二日入院した。

 魔法のおかげで傷自体はすぐに跡形もなく治ったわけだが、失血のショックでまる一日意識が戻らなかったのだ。

「だから、悪かったってば……」

「全然思ってないでしょ! ちゃんと反省してるの⁉」

「そうだよ! あたしたちがどれだけ心配したか分かってるっ?」

 昼休み。相変わらず容赦のない日差しが降り注ぐ学校の中庭。そこで千秋は両脇から、真紅と華理(かり)に説教をされていた。

「分かってるって、もうしないからさ……」

「「ウソ!」」

 まったくもってその通りだ。次同じようなことがあれば、それが誰であっても、自分は相手を庇おうとするだろう。

「それが千秋の良さなのは分かってるけど……私たちの心配も考えて……」

 しなだれるように千秋の胸に寄り添う華理に、真紅が右腕に腕を絡める。

 そんな二人の様子に、ようやく千秋は罪悪感を覚えた。

 そこで千秋はふと思い出す。

 二人の拘束をやんわりと解いて、彼は小さな紙袋から綺麗に包装された髪飾りを取り出した。

「これ……優勝のお祝い」


『もし、私たちが優勝できたら、そのときは何かご褒美が欲しいわ』

『あ、いいな。あたしも欲しい。ね、千秋。いいでしょ?』


 赤いバラの花を模した髪飾り。母に相談したら、身に着けられるものがいいのではないか、と言われ、馴染みの雑貨店で作ってもらったのだ。

「……真紅の華……」

 華理が顔を綻ばせ、小さな呟く。

「どうした? 気に入らなかったか?」

「まさか。言ったでしょ? あなたが選んでくれたものなら何でも嬉しいって」

「千秋、見て見て。似合うかな?」

 嬉しそうに髪に飾る真紅。彼女の茶色の髪と赤い花は見事に調和していた。

「あぁ、良く似合ってるよ」

「まぁ、真紅とお揃いなのは少し(しゃく)だけど、悪い気はしないわね」

 言葉とは裏腹に、彼女も嬉しそうに髪に花を飾った。真っ赤なバラの花が白銀の髪に映える。

 あの日。

 本来なら試合は中止となり、両者引き分けのはずであった。

 だが、瑠璃はそれを許さなかった。学校側が支給した媒介のブレスレットを外し、敗北の意思を表したのだ。


『千秋さんが庇ってくれなければ、倒れていたのはわたくしでした。そもそも、魔法を暴走させてしまったのは、わたくしの未熟さが原因。どれをとっても、わたくしの負けですわ』


 そう言う瑠璃に、審判はやや困惑しながらも頷いた。

 即入院となった千秋はよく知らないが、華理から優勝となった事の顛末を聞いたのだ。表彰式は行われず表向きは中止となり、後日結果だけが伝えられた。

 優勝したおかげで、クラスメイトは夏休みの宿題が免除され、担任教師はボーナスを手にすることができた。まさかの結果にクラスメイトたちははしゃいでいたが、千秋は素直に喜ぶことはできなかった。

 あんなに負けたくないのだと言っていた彼女は、いったいどんな気持ちで、審判に敗北を告げたのだろうか。

「千秋さん」

 そんなことを考えていると、凛とした声音が千秋を呼んだ。金色の髪を揺らして現れた瑠璃の表情は思わしくない。

「その……お身体の具合はもうよろしいんですの?」

「あぁ、おかげさまで。もうすっかり良くなったよ」

 にっこり笑ってみせると、ほっとしたように彼女から「よかった」と呟きが漏れた。

「お姉さま――っ!」

 突如弾丸のように飛んできた少女が華理に衝突する。

「ちょっと、小袖、離れなさい!」

「イヤですわ。小袖、一生お姉さまについて行くと決めましたもの!」

 華理の豊かな胸に頬ずりをしながら、小袖は熱く語った。

「やぁ、真紅。キミも身体はいいの?」

 赤茶の短い髪を揺らしながら、誠は少年のように微笑む。

「う、うん。あたしのはかすり傷ばかりだし」

「さすがは鬼束。傷の治りも早いんだね。よかった。じゃあ、放課後、また手合せしてくれよ」

「え? えっと、それは……」

 どうやら自分が入院している間に色々とあったらしい。

 すりすりと抱きつく小袖と、鬱陶しいと引き剥がそうとする華理。

 手合せしてくれと迫る誠に、困惑する真紅。

 そっとしておこうと席を立ったところに、やや戸惑ったように瑠璃が名を呼んだ。

「ち、千秋さん」

「ん? ……あっ」

「な、なんでしょう?」

 小さく声を上げた千秋に、瑠璃はビクッと身体を強張らせる。それに千秋は罰が悪そうに頭を掻いた。

「ごめん‼」

「は……?」

 突然頭を下げた千秋に、瑠璃は面食らう。

 彼は次の言葉を探した。

「いや……オレのせいで、キミを傷つけちゃったし……それに……」

「負けを認めたことでしたら、わたくしが勝手にやったことです。あなたの優しさに、わたくしは負けたのですわ」

 また、優しさか。

 若干(じゃっかん)うんざりしたような感情が顔に出たのか、それをフォローするように続けた。

「いいのですわ。わたくしはあなたのその優しさに助けられたのです」

 正直、優しいと言われるのはあまり好きではない。

 その言葉だけで、全てを許されてきた。相手を傷つけても、それはあなたの優しさだと。

 けれど、こう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。

「それより……千秋さんは、覚えていらっしゃるかしら?」

 一瞬何を言われたか分からなかったが、試合の前に交わした約束を思い出した。

「あー……あの、『負けた方が言うことを聞く』ってヤツ?」

 その答えに瑠璃がコクリと頷く。

「いや、あれは無効だろ? 君が『負け』を言ったから、オレの勝ちになってるわけで。実際、勝負は決まってないんだぜ?」

「でも、わたくしの負けですわ。さぁ、何なりとお申しつけ下さいませ」

「い、いやぁ……そう、言われても……」

 千秋は視線を彷徨わせた。

 正直に言えば、瑠璃に臨むことが何もない。

 だが、真剣な赤茶色の瞳を見ていると、「何もありません」とは言えなかった。

 そこで、彼は名案を思いついた。

「じゃあ、君は何をして欲しい?」

「え? わたくし?」

「君の望みを聞くよ。ううん、聞かせて、かな? 何でも、というわけにはいかないけど……」

 それが君への願いだ、と言うと、瑠璃はオロオロとした。気取ったような態度が嘘のようだ。

「では、一つだけ」

 何? と首を傾げると、彼女は微かに目元を赤くして、おずおずと口を開いた。

「『千秋』、とわたくしも呼んでも?」

「何だ、そんなことか。もちろん……」

 いいよ、と言葉を続けようとした、そのときだ。

「「千秋! 助けて!」」

 両脇から真紅と華理が腕にしがみついてくる。

 その後ろから、小袖と誠がついてきた。

「お姉さま、逃げちゃダメです!」

「真紅、キミとボクの剣で高みを目指そう!」

 まったく訳の分からない展開を始めている。

「言花くん」

 その横から、新たな人物が現れた。肩下でウェーブのかかった金色の髪を揺らす少女は、前にクッキーを差し入れしてくれた女の子だ。

「今日は、シフォンケーキを作ったの。あの、優勝のお祝いに……」

「あぁ。ありがとう」

 笑顔で受け取ると、両側から恨めしそうな視線を感じる。

「言花くん」、「千秋くん」とさらに中庭に人が増える。どの少女も見覚えのある女の子ばかりだ。告白してくれた子、そうでない子。差し入れを持っている子、手紙のようなものを持っている子。「わたしのも貰って」と皆が思い思いのものを差し出してくる。

「え、えっと……その、また今度……」

 後退しながら、千秋は真紅と華理の腕を振りほどき、「ごめん‼」と言って一言残して逃げることにした。

 こんな人数の気持ちを一度に受け止めることは、さすがの彼でも無理だった。

「「「千秋‼」」」

 真紅、華理、瑠璃の声が重なり、三人が追いかけてくる。その後ろを小袖と誠がさらに続く。

 逃げながらも、千秋の顔は綻んでいた。

 少しだけ振り返ると、真紅と華理の髪に、紅い華が揺れている。その後ろには、受け止めきれないほどの、想いを寄せてくれる女の子たち。

 いつか、選ぶ日がくるだろう。

 それが誰なのか、彼にもまだ分からなかった。

 でも、今はそれでいい。

 今はまだ、この穏やかな日々を楽しんでいたかった。

 夏の日差しが降り注ぐ校舎。

 賑やかな日々は、まだ続く――。


完結いたしました。最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!

前回のお話が一話50,00字と少し長めだったので、今回は3,000字程度に抑えてみました。

千秋くんの話は今回で終わりですが、シリーズとしてはもう少し続きます。

次話までまたお待たせするかと思いますが、気長にお待ちください。

これからもよろしくお願いします!

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