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二十二話 鬼束の娘

今回からペンネームのを改めました。

よろしくお願いします。

 ぼんやりとする小袖に足音が近づく。

「また負けたのかい? キミは相手を舐めすぎだよ」

「…………」

 返事をしない彼女に、誠は嘆息した。おっとりした新緑の瞳が熱っぽく揺れている。

「ま、心配ないさ。ボクが鬼束の末子に勝つ。そして、瑠璃サマがあの言葉使いに勝てば、ボクらの勝ちだ」



「一年二組、鬼束真紅。一年三組、剣崎まこと。試合開始!」

 次の試合はすぐに始まった。真紅の刀から魔晶石が外されているのは、公平を期すためだ。ブレスレットが外されたのに刀の媒介を持っていたから魔法が使えた、ではルールに反する。他の出場者も同じように、試合で使うものに魔晶石はついていない。

 刀を抜いた瞬間には、誠はすでに眼前に迫っていた。誠の刀が振り下ろされる。それを真紅は刀で受け止めた。

 キンキン、と金属がぶつかり合う音が耳に届く。

 目にも止まらぬ速さで攻防が続く。それに対して、真紅は何とかついていけている状態だった。

「防いでばかりじゃ、ボクには勝てないよ!」

「……っ」

 そんなことは分かっている。

 一際大きく刀を薙いで、二人は結界の両端に移動した。

「あのときとは大違いだ。何がキミを変えたんだい?」

「……千秋」

 彼女は小さく答えた。それでも、誠の耳には届いただろう。

 華理の戦いを見たとき。あの、彼女の手から桜の枝が伸びたのを見たとき。

 同じだ、と思った。

 気持ち悪いと思った? と聞いたときの華理の顔。

 そうだ。彼女は千秋のためにあの魔法を使った。

 負けないために。

 だったら自分も。

「千秋のためならあたしだって……」

 媒介に魔力を注ぐ。

 父と修業した日々を思い出した。

 最初の、金曜日の放課後から土日。次の週の金曜日の放課後から土日。合わせて五日にも満たないけれど、それでも得るものは得られたはずだった。

「あたしだって、鬼になれる‼」

 ぶわっと真紅を中心に風が巻き起こった。砂煙が彼女の身体を隠す。

 身体が変わっていくのを感じた。

 煙が晴れたとき、そこにいたのは一人の鬼の少女だった。

 真紅の赤茶色の髪は真っ直ぐに腰まで伸び、その色は赤に変わっている。しかし、それは純粋な髪色ではなく、血を連想させるものだ。目も同じ、緋色に染まっていた。腕や足は(いびつ)に歪み、爪は鋭く尖り、牙も生えている。髪の隙間からは二本の角が伸びていた。服は制服から白の着物に緋袴へと変わっている。巫女装束と似ているが、衣装を着ている人間が鬼に変化していることで違う印象を与えていた。

 鬼へ変化する。それが鬼束の魔法だった。

 姿かたちが変わる。それが犬猫などの動物であるならいい。けれど、こんなの、人間じゃない。

 そう思って、ずっと嫌っていた。

 でも。

 こうしないと、勝てない相手だから。

 ちらり、と千秋の方を見た。そこには、驚きで目を丸くしている彼の姿がいる。目が合うと、彼はにっ、と笑った。

「カッコいいじゃん」

 その一言で、救われた気がした。

 唇を噛みしめる。そうしないと涙が出そうだった。

 華理もこんな気持ちだったのだろうか。

「頑張れ、真紅!」

「うん!」

 泣きそうな目を擦り、彼女は頷いた。

 その様子を、呆れたように誠が眺めていた。

「あの男がそんなに好きかい? ボクには理解できないね。どこがそんなにいいのさ」

「それは、カッコいいし、優しいし、優しいし、優しいし……あと、優しいところ!」

「それ、単に優しいってだけじゃん。つまり軟弱ってことだろ」

「違うもん! 優しいもん!」

「違わないさ。色んな女に優しくして気を持たせて、コクってきた女は全員断って……それって優しいじゃなくて、八方美人? 違うね。単に相手を傷つけているだけの薄情者だ」

「違う!」

 彼女は地面を蹴った。段違いに素早くなり、弾丸のように相手に斬りかかる。

 変化したときの腕力や脚力の変化について行けるよう、実家にいない平日、寮でも身体を鍛えていた。そのお陰で、今もそれに戸惑うことなく身体を動かすことができる。

「千秋は薄情なんかじゃない!」

「でも、実際傷ついている子がいるのは事実さ」

「違う! 傷ついてるのは女の子だけじゃない! 千秋だって……」

「それは自分が優しくした結果だろ? 自業自得じゃないか」

「違う! 違う違う‼」

 刀を振るう。その刃には殺気がこもっていた。そして誠の刀にもまた、殺気が宿っている。

 相手を殺すつもりで斬りかかれ。お前は弱いから、それくらいの意気込みで立ち向かわなければ勝てない。

 そう、父が言っていたのを思い出したからではない。千秋を悪く言う誠が許せないからだ。目の前の少女は分かっていないのだ。

 許せない、と思った。

「千秋は知ってるもん。自分の優しさが相手を傷つけてしまうこと。でも、女の子たちは、そんな千秋の優しいところが好きなの。優しくて傷つきやすい、そんな千秋の優しさが好きなの! それ以上、千秋を悪く言ったら、あたし、許さない――っ」

 この一撃に全てを込める。そんな心積もりで彼女は刀を握る手に力を込めた。ありったけの魔力を注いで、身体中を強化する。

「いいよ、おいで……勝つのはボクだ!」

 誠も彼女の気迫が変わったことに気づいたのか、刀を構え直す。

 沈黙が降り注いだ。ピリピリと緊迫した雰囲気が空気を震わせる。

 そして。

 二人の姿が消えた。

 中央で交差した金属音が一度、二度、三度と鳴り響く。

 やがて、二人の姿がその中央に現れた。

 すれ違ったらしく、二人の位置は入れ替わっている。

 最初に膝をついたのは誠の方だった。次いで、真紅が膝を折る。だが、倒れたのは真紅だけだった。

 千秋と華理の息を呑む気配が伝わった気がした。

 真紅の魔法が解け、ただの少女に戻した。

 それが、結果を分けた。

「勝者、一年三組、剣崎誠」

 審判が判決を下し、結界が解かれる。同時に千秋は彼女に駆け寄った。その後ろを華理がついて来る。

「真紅!」

 彼女の細い身体を抱き起し、小さく揺らした。

「千秋……ごめんね。負けちゃった……ごめんね」

「そんなこと、気にしなくていい!」

 泣きそうな顔で自分を見下ろす千秋が嬉しかった。

 身体中傷だらけでぼろぼろで、痛くて仕方ないが、そんなことは気にならないくらいに。

「強かったよ……」

 身体を引きずりながら、誠が真紅たちの方へやって来た。

「一歩間違えればボクが負けていた。さすが……」

「さすが鬼束家の娘、だろ?」

 にっと笑って千秋が誠の言葉を引き継ぐ。

 それに誠は目を丸くして、「まいったな」といったように眉を下げた。

「なるほど、いい目をしている。彼女の言った言葉の意味が、少しは分かったような気がするよ」

 そう言い残して、誠は後ろ手にひらひらと手を振って去った。


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