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二十一話 血染の桜

じゃっかん痛いシーンがありますので、お気を付けください。

「千秋。一ついいかしら?」

「ん?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、華理かりがすり寄ってくる。それに対抗するように、真紅は千秋の腕に自分の腕を絡めた。

「もし、私たちが優勝できたら、そのときは何かご褒美が欲しいわ」

「あ、いいな。あたしも欲しい。ね、千秋。いいでしょ?」

「別にいいけど、何が欲しいんだよ?」

 あまり値段の高いものは無理だぞ、と念を押すと、華理は「そんなものをねだったりしないわ」と笑う。

「両者、前へ」

 審判のその言葉に、華理は軽やかに踏み出しながら振り返った。

「何でもいいの。あなたの選んでくれたものなら」

 銀色の髪が翻る。その姿は、息を呑むほど美しかった。

「一年二組、桜小路華理。一年三組、花島小袖こそで

 審判が名を挙げ、二人は媒介を構えた。

 結界を担当する教師が結界を張る。薄い膜の立方体の結界。この結界は外からの衝撃には弱いが、内側からの衝撃には強い。これは外敵から何かを守るものではなく、どちらかというと何かを閉じ込めるためのものだ。広さで言えば、二階建て一軒家がすっぽり収まるくらいだ。

「試合、始め!」

 高らかに宣言されても、すぐに試合は始まらなかった。

「あたくし……」

「……?」

 相手の出方を窺いながら、華理は空色の眼差しを相手に見据えた。金色の髪を真っ直ぐ伸ばした少女は、顎に手を当てながら首をわずかに傾げている。瞳は新緑色でおっとりと揺れていた。

「あたくし、本当はこういう魔法の使い方は好きではないんですの。だって、花は愛でるものでございましょう? しかし、瑠璃さまが選ばれてしまったら、あたくしも出場しないわけにはいきませんわ。でも……」

 小袖が静かに手を持ち上げる。それに気づいた華理も媒介をつけた腕を上げた。

「でも、負けるのはあたくしに似合いませんわ!」

 華理の茶色の枝と小袖の緑の茎が伸びる。その伸び方は華理の枝よりも小袖の茎の方が早かった。

 にょきにょきと伸びる茎が迫り、それを寸でのところで避ける。

 花島は植物使いの名門で、花だけでなく、植物全般を操ることができる。しかし、自分は名門の出自ではない。魔力は一般的で、少し器用なだけ。ここまで勝ち進めたのは運に頼ったものだ。

 どうすれば勝てるのか、彼女は脳をフル回転させながら攻撃を避ける。

 その一つが、彼女の腹を直撃した。

「きゃあ……っ」

「華理!」

「華理ちゃん!」

 遠くで千秋と真紅の声が聞こえた。その声に、大丈夫と胸の中で返す。

「あらあら、大変。ケガをしていますわ。早く手当てしないと、その白い肌に傷痕が残ってしまいますわよ?」

「大きなお世話よ。これは後で千秋にゆっくり手当てしてもらうから」

 憎まれ口を返しながら、彼女は素早く自分の怪我の具合を確かめる。手足を擦りむいただけで大した傷ではない。それよりも、腹部の怪我の方が痛かった。

「千秋さんとは、言葉使いの方ですね。とても凛々しいお顔立ちをされていますわね。あたくしも好きになってしまいそうですわ」

 口元に手を当てながら小袖は上品に笑う。

「そうね、千秋は素敵よ。でも、そう簡単に譲らないわ」

 足元から魔法で桜の枝を伸ばす。

 いつも使っている方法だが、そんなもので捕まるほど、小袖は愚かではなかった。

 いち早く気づいた小袖は、植物を使って器用に枝をいなしていく。

 しかし、伸びたのは桜の枝だけではなかった。枝が収束していき、季節外れの満開の桜の木がそこに立った。

「まぁ、見事な桜の木。季節外れですけど、とても風流ですわ。あなたはどう思います?」

 小袖が振り返った先で、華理は捕らえられていた。

 幾重にも巻かれた緑色の柔らかな茎と、様々な種類の花が彼女を飾る。それは一つの芸術だった。

 華理と小袖とでは資質が違うのだ。同じ植物使いでも、名門には名門と呼ばれるだけの所以がある。

「何も恥じることはありませんわ。あなた、とても強いんですもの。ほんの少し間違えていたら、あたくしの方がそうなっていましたわ」

 おっとりと柔らかい口調で小袖が話す。

「そうそう。媒介を取らないと勝ちにはなりませんわね」

 小袖が近づく。手を伸ばし、触れようとする。

 それに、銀色の睫毛に縁どられた空色の瞳が薄く開いた。


 ――千秋の前で、負けるわけにはいかないの‼


 季節外れの桜の木から、猛烈な突風と同時に桜花びらが吹き乱れた。

「きゃあぁ――っ!」

 突然の強い桜吹雪に、小袖は顔を覆う。

 その隙に、華理は右手に意識を集中させた。

「ぃっ……」

 そこに鋭い痛みが走り、皮を破って桜の枝が伸びる。そして、皮を破った桜の枝は、血をしたたらせながら、顔を庇う小袖の手首へと向かった。

 ――パチンッ

 銀色の留め金がついたブレスレット。その金具を外す。

 ふっと、華理を捕えていた植物が消失する。同時に桜吹雪が止んだ。

「……?」

 カラン、と音を立てて落ちた媒介に、小袖はようやく状況を理解する。

「まさか、どうして……っ?」

 華理の桜は、彼女が接しているところからしか咲かせることができない。だが、彼女は現在小袖に捕らわれ、彼女の足は地面から離れてしまっていた。植物使いなら皆同じ制約で、小袖ももちろんそのことを知っていたのだろう。だから、地面から離せば安心だと考えたのかもしれない。

 だが、彼女は『桜』使い。桜は昔から、血と共に語られることもある。桜の下に死体があり、その血を吸って花を咲かせている、とはよく言ったものだ。

 華理は身体からも、桜を咲かせることができた。

「桜使いを、ただの植物使いと同じと考えたのが、あなたの敗因ね」

 息も絶え絶えの様子で華理が結論を出した。

「勝者、一年二組、桜小路華理」

 結界が消失する。

 そこへ、千秋と真紅が駆け寄った。

「華理、大丈夫か?」

「大丈夫よ。どれも大したキズじゃないわ」

 腕や足を差したつもりだったが、彼は眉を寄せて彼女の右手を取った。

「…………気持ち悪いと……思ったでしょ?」

 手を引こうとしたが、千秋はそれを離さなかった。

「……気持ち悪くなんかないさ。気にしすぎだ」

 眉を寄せながらも笑ってみせる。それは無理をしているようには見えなかった。

 誰に何と思われようと、何と言われようと構わない。

 それに千秋なら、きっとそう言ってくれると思っていた。

 だから、負けられないと考えたとき、あの魔法を使うことに躊躇いはなかった。

「ありがと」

 そう言って、彼女は千秋の胸に頭を預けた。


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