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第十九話 少女たち

 千秋は家、真紅も実家に帰っている。それを華理はチャンスだと思った。

 談話室には多くの生徒が集まっている。話ができるスペースは、大人数用の大きめのテーブルや勉強するためのカウンターテーブル、恋人や少人数の友人と使える二人掛けのテーブル。奥には簡単な遊具があり、雨の日には利用する生徒が殺到するらしい。

 談話室自体は、真紅の勉強を見るために何度も訪れていたが、今日は一人だ。

「ちょっといいかしら?」

 トランプをしていた二人の少年に話しかける。同じクラスの海原と七海だ。比較的千秋と話していることが多く、二人なら何か知っているかもしれないと思った。

「桜小路さん! どうしたの? あっ、トランプ一緒にやりたいとか?」

「状況を察したまえ、海原。そんなことのために彼女が話しかけてくるわけないだろう」

「メガネは黙ってろ! だいたい、お前の喋り方ムカつくんだよ! ……あ、隣どうぞ」

 席を進めてくる海原に、華理は苦笑しながら腰を下ろした。

「何か聞きたいことでもあるのかい?」

「話が早くて助かるわ」

「出来の悪い海原とは違いますからね」

 七海は眼鏡を押し上げる。

「いちいち(かん)(さわ)るんだよ、この陰険メガネ」

 そう言いながらもこうしてトランプをしている二人は、本当の意味で仲が悪いわけではないのだろう。口先で罵り合えるのも、気心が知れている証。

 それを華理は羨ましいと感じた。

「ごめんなさい、せっかく遊んでいたのに」

「いいんだよ。この陰険メガネ、手加減をまるで知らない。俺なんて、まだ二組しか取れてないのに。見ろよ、あいつのあのトランプの山!」

 神経衰弱をしていたらしい。場には残り三組六枚のトランプ。海原の取札が二組四枚。ということは、七海の山積みになっているトランプは二十一組四十二枚ということか、と頭の中で計算する。

「君の記憶力を鍛えてやっているというのに、まったく進歩しないな、海原。それより、聞きたいのは言花君のことかい?」

「ええ。学校のすぐ近くに大きなデパートがあるでしょう? あそこ、前に何かあったのかしら?」

「あー、あのでっかいデパートか。確か、ちょっと前にスゲェ火事があって……」

「今から三年前。僕たちが中学校に入って最初の夏。大きな火災があったんですよ」

「火事? そんなに酷かったの?」

 身を乗り出して聞く華理に、二人は記憶の糸を手繰りながら話を聞かせてくれた。

「そりゃ、酷いなんてもんじゃねぇぜ。消防隊の魔法だけじゃ足りなくて、野次馬も手伝ったって話さ」

「幸い、我が国は水流使いが多いですからね。でも、それでも火は消えなかったそうですよ」

「原因は?」

「リストラされた社員の腹いせです。ちょうどその社員の中に、炎を操る魔法使いと、それを最大限に活かせる魔法使いがいたようで。火の広がりも早く、魔法であるがゆえに消えにくかったようですね」

「大した理由だよな」

 皮肉のように海原は吐き捨てた。

「聞きたいことってそれだけ?」

「あ、そうじゃなくて……」

「あなたの言うデパートの火事には、言花君と鬼束さんも巻き込まれたようですね。聞きたいのはそれですか?」

「やっぱり……千秋も……」

 学校の周りを案内してもらったとき、デパートを遠ざけた二人。あのとき、二人の反応はおかしかった。だが二人の雰囲気から、これがあまり良い話題でないのは見て明らかで、だから、彼女は二人には聞かなかったのだ。

 それでも、好きな人のことは何でも知りたい。

 ……嫌な女。

 彼女は心の中で自嘲した。

 彼の触れて欲しくない傷を、こうして耳に入れているのだから。

「確か、それくらいの時期でしたね。言花君の魔法が明らかにされたのは」

「最初から『言花』だったわけじゃないの?」

「違うよ。最初は『由井(ゆい)』だったんだ。魔法は治癒。『由』の字が『癒』になるのさ。こういう言い方は良くないけど、漢字変換の魔法使いって地味だし。その頃は千秋の存在すら知らなかったよ」

 地味、というのも彼としては大分言葉を選んだつもりなのだろう。つまりは、漢字変換の魔法使いは弱い、と言いたいらしい。

 どうやら、クラスが同じになったのが高校に入学してからで、それまで千秋と言葉を交わすことはなかったようだ。

「水流使いが束になっても消えなかった火事を、彼の母親が一瞬で消してしまったそうです。それが原因で『言花』という魔法使いが浮上した。あのときは、火事以上に話題になっていましたね。この国で初めて言葉魔法使いが見つかった、と。当時は家にもマスコミが殺到していたようですが、言花君が全て魔法で追い返していたそうです」

「そう、なの……」

 千秋と真紅は、火事という同じ事件を乗り越えた。それが、二人の根底にある絆。

 羨ましい、とは思わなかった。思ってはいけないと思ったからだ。

 それでも、やっぱり……。

「ありがとう。私が聞きに来たこと、千秋と真紅には内緒にしててね」

 一言だけそう添えて、華理は自室へと帰った。

 羨ましいわけじゃない。

 これは嫉妬だ。

 ずっと一緒にいた、真紅に対する嫉妬。

 千秋と同じ傷を、トラウマを抱えている真紅が、羨ましい。

「本当に、嫌な女ね……」

 仕方がないわ。私だって、千秋が好きなんだもの。

 でも、こんなものを抱えていては、千秋が悲しむ。

 割り切れない想いには蓋をして、心の隅へ押しやることにした。



 強くならなきゃ。

 ううん、強くなりたい。

 ドンッと突き飛ばされ、彼女は木目調の壁に背中をぶつけた。ジンジンと痛む背中に涙が滲む。

「ふん。所詮出来損ないは出来損ないか。口ほどにもない」

 週末。真紅は金曜日の放課後から寮に外泊届けを提出し、普段は寄りつかない実家に来ていた。

 理由は二週間後に迫る『学年対抗レクレーション』に向けての鍛錬。

 華理に頼んでもよかったが、それではきっと甘えてしまう。

 だから、彼女は実家に来た。

「刀の握りが甘い。脇も締まっていないし、腰も引けている。それでよく鬼束を名乗れるものだ」

 父親の厳しい叱責に、彼女は唇を噛む。

 もう止めてしまおうか。

 きっと、負けたって二人は自分を怒ったりしない。

 でも。

 のろのろと、彼女は力が抜けてしまいそうな足に力を入れた。言われたとおりに刀を強く握り直し、脇を締める。

 顎を引いて、師である父を見据えた。

 強くなりたい。

 千秋を守るために。

「お、お願いします!」

 普段とは違う娘の姿に、父は口端をつり上げて笑った。

「お前の中で何か変わったか。その気概だけは誉めてやろう」

 低い声で一人呟き、父は刀に魔力を込める。

 鬼束の魔法。

 父の腕が倍に膨れ上がり、その姿が変わる。

 それに震えながらも、応えるように彼女もまた、愛刀に魔力を注いだ。


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