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第一話 魔央高校

途中まで原稿ができているので、早めの更新を心掛けたいと思っています。

 (こと)(はな)千秋は、今年の春、国立魔央(まおう)高校に入学した。

 大学に附属するこの学校は全寮制で、三国に一か所ずつ建てられた名門だ。

 今までは、魔法は親から遺伝するため『親に習うもの』として魔法を教える学校はなかった。しかし、建設当初、あまりに入学希望者がいなかったため、王家や権力者の親族、または名家に、魔法学校への入学の誘いがあったのだ。

 だが、千秋の父は『東野』家の長男で、物体移動の魔法使い。一般的な魔法使いよりは強い魔法使いだが、名家というほどではないし、家柄も中の上。

 そんな彼が、三国に一か所ずつ、国に一つしかない国立の魔法学校に通うことになったのは、母の魔法を遺伝したからだ。

 母は『言花』家の血を引く『言葉使い』。

 言葉使いは、この世界で最も希少な魔法使いで、数多くいる魔法使いの中でも特別。

 元々、彼は近くの一般校に入学する予定だったのだ。

 だが、国がそれを許さなかった。


「千秋」

 不意に暗く影が落ち、彼は顔を上げた。

 そこにいたのは、見慣れた少女。肩に掛かる程度の薄茶色の髪と緑色の瞳。

 白い肌と髪や瞳に鮮やかな色彩を持つこの国では珍しくない、よく見かける外見だ。

 彼女は鬼束(おにづか)真紅(しんく)。名門『鬼束』家の末娘で、千秋の幼馴染み。やや引っ込み思案で人見知りなところもあるが、千秋にとっては大事な友達だ。

「どうしたの? 何だか難しい顔してるよ?」

「いや、何でもないよ。昼飯だろ? 早く行こうぜ」

 そう言って、机の脇に掛けてある手提げを持って席を立つ。

 千秋の昼食は弁当だ。ほとんどの生徒が学食を使うが、彼の昼食は毎朝母が(・・)弁当を作ってくれている。

 いつも通り中庭で食べようと廊下に出ると、そこに女子生徒が三人待っていた。

「言花くん」

 一人は茶髪、二人は金髪の少女で、目鼻立ちの整った、なかなかの美少女たち。

「ん? 何?」

 呼びかけに答えると、金髪と茶髪の少女が、肩下でウェーブのかかった金色の髪を揺らす少女を前に押し出す。どうやら、用があるのはその子のようだ。

「あの、今日、実習で作ったの。良かったらどうぞ」

 実習、とは魔法実技の授業のことだ。

 この授業は、魔法特性によってクラスを分け、全校合同で行われる。

 しかし、受けた授業は一年を通して学ばなければいけないため、高校三年間で学べる授業は三つまでだ。

 炎や剣のように、攻撃性のある魔法を使う生徒は『能力系』。その中でさらに『万能』や『防御』など細かくクラスが分けられ、魔法の制御を学び、万が一の事態でも相手を死に至らしめることがないよう、加減の仕方や牽制の使い方を習う。

 物を動かしたり、傷を癒したりできる魔法使いは『支援系』。学校内でも特に割合が多く、『移動』、『治療』、『研究』など、その分クラスも多い。救助活動や日常生活に役立つ魔法を持つ者は、ここでさらにその魔法に幅を持たせ、有効な使い方を学ぶ。

 おずおずと差し出されたのは、緑色のリボンで可愛くラッピングされたクッキーが入っていた。おそらく彼女は、『支援系』の『調理』クラスなのだと想像できる。

「オレに?」

 尋ねると、その少女は顔を赤くして小さく頷いた。

 クッキーを受け取った千秋は、ラッピングを解いて、中から丸い形のクッキーを取り出し、食べてみる。

 サクサクとした食感、やや甘すぎるところもあるが、十分美味しいと言える味だ。

「うん、美味しいよ。甘い物って好きなんだ、ありがとう」

 美味しいクッキーに顔が自然と綻んだ。

 それを見て満足したのか、彼女もついて来た友人と満面の笑みを浮かべている。

 そこで、真紅に袖を引っ張られた。

「千秋、早く行こう。わたし、お腹すいた」

 今まで千秋の影に隠れていた彼女に急かされ、忘れていた空腹感を思い出す。

「そうだな」

「あ、待って、言花くん」

 その言葉が、足を動かそうとしていた彼の動きを止めた。

「また、作ったら……食べてくれる?」

 胸の前で握り締められた手に力が入っている。本来、あまり積極的な性格ではないのだろう。もしかしたら、他の二人にせっつかされて来たのかもしれない。

 それを思うと、何となく微笑ましい気持ちになる。

「楽しみにしてる」

 さらに強く袖を引っ張られ、今度こそ二人は教室を後にした。



 昼の日差しが中庭に降り注ぐ。季節は夏に入り、昼は蝉、夜は蛙が大合唱している。文句は言いたくないが、あまり暑いとその鳴き声に鬱陶しさを感じてしまう。

 中庭のベンチに座ると、千秋は手提げの中から二人分の弁当箱を取り出し、一つを真紅に渡した。

「いつもありがとう」

「礼なら今度、母さんに言ってくれ」

 二人の弁当は、千秋の母の手作りだ。

 しかし、毎朝母が学校まで届けるのではなく、家で千秋が受け取っている。

 だが、千秋が毎朝学校から家に取りに行っているわけではない。

 千秋はこの学校で唯一、自宅通学が認められていた。


 事の起こりは、高校に入学する前、中学校の卒業を間近に控えた頃。

 家に、国王の使いと名乗る男が来た。

 王の手紙を持ってやって来たこの男は、見るからに質の良いスーツを身に纏い、手紙にも国の紋章が押してあったため、間違いなく国王の使いであると判断できた。

 手紙に書いてあった内容は『国立魔央高校への入学』の勧め。

 否、命令だ。

 国の中央に建てられた学校のことは知っていた。幸い、家からもそこまで離れていない。

 だが、あまり身体が丈夫でない母を残して、全寮制の学校に入学したくはなかった。

 そこで提案されたのが、『特例』の自宅通学。

『なぜ、そこまでして息子をその学校に通わせようとなさるのでしょう?』

 そう、母が疑問に思うのも無理はない。

 尋ねた母に使者は答えた。

『隣国である陽生国、月映国にも、同じ魔法学校があることはご存知ですね』

 陽生(はるき)国、月映(げつえい)国、そしてこの国・海琉(かいりゅう)国。

 陽生国は、黒髪黒瞳が特徴の人間が多く住む国で、三国では一番広い国土を持つ。

 月映国は、褐色の肌と銀色の髪、黄玉の瞳が特徴で、保守的な国風。

 海琉国は、鮮やかな髪と瞳、白い肌が特徴で、芸術センスに秀でた人間が多い。

 三国はかつて一つの王国の領土だったが、国王が亡くなったことをきっかけに、長い戦争が起こった。その戦争は五年間続くが決着は着かず、後にそれぞれの領土は国と改められ、三人の領主は決別する。

 それでも小さな誤解や行き違いからたびたび戦争が起こっていた。

 しかし、その後は決まって、互いの利益を鑑みて和平条約が結ばれるも、戦争がなくなることはない。

 四度目の和平条約が結ばれたのは、今から五十二年前のことだ。

『他の二国には、既に魔央高校に言葉使いが通っているのです』

 それに驚いたのは、母だけではなかった。

 言葉使いが自分たちしかいないとは思っていない。

 だが、どういうわけか、言葉使いは己がそうであるとはあまり明かしたがらないらしい。

 基本的に、魔法使いの苗字は結婚しても変わらない。

 それは、苗字が自分の魔法を表すものであるからだ。生まれた子どもは親から魔法を遺伝するため、遺伝した親と同じ苗字を名乗ることになる。

 それに従い、母の魔法を遺伝した千秋は母と同じ苗字を名乗っているが、母が言葉使いであることを隠し違う苗字を名乗っていた頃、まだ言葉使いであるとバレる前は(・・・・・)別の苗字を名乗っていた。

 それが、陽生国には一人、月映国には二人の姉妹が通っているということだった。

『魔央高校は、五十二年前、三国の現国王の即位と同時に建てられました。三国の技術を取り入れて造られたこの学校は、いわば三国の平和の象徴。その学校へ、言葉使いである息子さんに通ってほしいと、国王は仰せです』

 質問の答えを聞いた母は、知性を湛える青い瞳を使者に向ける。

『このような質問は失礼かと存じますが、一つ確認させてください』

 使者の男の了承を得て、母は口を開く。

『国王は、戦争に私たちの……いえ、この子の魔法を使おうと考えているわけではないのですね?』

『ええ。国王は誰よりも、平和を望んでいらっしゃいます』

 こうして千秋は、国王の申し出を受け、自宅からこの魔法学校に通うこととなった。


 食事を終えた千秋が先ほどもらったクッキーを頬張っていると、隣に座る真紅が恨めしそうな瞳でこちらを見ていることに気がついた。

「……どうしたんだよ、真紅」

「別に、何でもないよ」

「クッキーが欲しいのか? それならそうと言ってくれれば……」

「そうじゃない!」

 千秋の言葉を遮って語気を荒げた真紅は、そっぽをむいてしまう。

 なぜ彼女の機嫌が悪いのか、彼にはよく分からなかった。

 そういえば、食事中もほとんど喋らなかったような気がする。

 もしかして、ここに来る前、お腹が空いているのに話し込んでしまったことを、まだ怒っているのだろうか?

「あー……真紅?」

「どうして……」

 謝ろうと千秋が口を開くのと同時に、真紅が言葉を紡ぐ。

「どうして、それ、受け取ったの?」

 それ、がクッキーであると分かるのに少し時間が掛かってしまった。

「どうしてって、別に受け取らない理由なんてないしな。わざわざ持って来てくれたんだ。ありがたく受け取って、何か悪いのか?」

「そうじゃないけど……」

 口を尖らせて、でも、と言う真紅の言いたいことが、正直千秋にはまったく分からなかった。

 とりあえず、最後の一枚になったクッキーを口に放り込み、入れてあった袋を畳んで結んだ。捨ててしまうのは忍びないが、持っていても仕方がないのだと自分を納得させる。

「千秋って、結構モテるよね……」

 突然の発言に、彼は苦笑した。

「何だよ、急に」

「だって、差し入れとかよく貰ってるし、下駄箱にだってラブレターがいっぱい……」

 確かに彼女の言う通り、差し入れを貰ったのは今日が初めてではない。手紙も

 毎日一通は下駄箱に入っている。

「ラブレターじゃなくてファンレターだろ、あれは。言葉使いって滅多にいないから珍しいだけさ」

「ラブレターだってもらってるでしょ!」

「確かに、そういう手紙もあるけど……差し入れだって、貰ってるのはオレだけじゃない……」

「告白だってされてる!」

 段々むきになっている彼女に、千秋はあからさまにため息をついた。

「……まったく、何が言いたいんだ?」

「別に……何か言いたいんじゃないけど……」

 こうなってしまっては、何を言っても火に油を注ぐだけだ。

 仕方がないので、彼は真紅の頭を撫でる。

 昔から、今日のように暴走することがあった。そういう時は、頭を撫でてやるのが一番だ。

 そこへ丁度よく予冷が鳴ったため、二人は教室へ戻ることにした。



 放課後。日誌を書き終えた千秋は、それを職員室に届け、そのまま家に帰ろうとしていた。

 日直は男子女子一人ずつだが、ここには千秋しかいない。それは、もう一人の女子が部活動に所属しているためだ。

 どうせ、二人いても意味はないと思い、彼女には部活に行ってもらった。

「あっ……」

 そこで、自分が弁当を入れた手提げを持っていないことに気づいた。

 机の脇に掛けたままにして忘れてしまった。

 日誌を届けてそのまま帰ろうと思っていた千秋は、頭を掻いてため息を吐く。

 正直、また教室に戻るのは面倒だ。そもそも、そうしなくて済むように鞄も持って来たというのに。

 一学年八クラスあり、校舎では三年生が一階、二年生は二階、一年生は三階と階で分けられていた。

 だが、気づいた以上持って帰らないわけにはいかない。

「はぁ……」

 もう一度ため息を吐いて、彼は教室に戻るべく階段へ向かった。

 その途中で、廊下の窓から部活動の休憩をする生徒が見えた。

 互いに魔法で出した水を掛け合って楽しんでいるようだ。腕には『媒介』である紫色の石を飾った革製のベルトを巻いている。


 紫色の石は『()(しょう)(せき)』と呼ばれる魔力の塊で、本来『媒介』と呼ばれるべきなのはこちらの石だ。

 魔法使いの魔力は、そのままでは体外へ出ることができず、魔法を発動することもできない。そのため、魔晶石を介する必要があるのだ。

 媒介として使うこの石には、魔力の通り道であるため、大きさに意味はない。ほとんどの魔法使いは自分の好みに加工し、装飾をする感覚で使いやすいものに嵌めこんでいる。

 また、魔晶石は魔法陣と併用することで『まじない』としても効果を得られた。

 個人の魔法以外でも使用できるため、日々研究と開発が進められているが、その場合は魔晶石の魔力を使うため、大きさや数が意味を持っていた。

 しかし、千秋は『媒介』を持っていない。

 『言葉使い』である彼には、必要がないのだ。

 さらに、魔法の遺伝に関しても、言葉使いは例外。

 本来、魔法はそのままそっくり子どもに遺伝する。

 例えば、真紅は鬼束家当主である父親から魔法を遺伝している。特性は『変化』で、鬼に変身することで、超人的な力や覇気などを行使することができる。

 だが、千秋は母から魔法を遺伝しているが、使える魔法は少し違う。

 母の魔法特性は『二字熟語』。漢字で表わせる二字の熟語であるならどんな魔法でも使用できるという、一般的な魔法使いならありえない魔法だ。

 そして、千秋の魔法特性は『共鳴』。口にした言葉通りの感情を相手に与えることができる。それを応用することで人身操作も可能。また、無機物や自然に対して一時的に心を与え、操作することもできる。

 二字熟語と共鳴。言葉使いである事実のみを継承する。それが言葉使いの魔法の遺伝だ。

 媒介が不要であること、遺伝方法の違い、そして、多彩な魔法の行使。存在の希少さも合わせて、言葉使いは何もかもが一般的な魔法使いとは異なる。


 水を掛け合う様子に、涼しそうでいいな、と千秋は心の中で呟く。

 そういえば、この国には水を使う水流使いが多く、この学校でも全校の三割から四割を占めている。

 それは、この国の王である『(かい)王院(おういん)』の血筋の人間が多いからだ。

 同じ王である陽生国の『(よう)王院(おういん)』、月映国の『()王院(おういん)』は、それぞれ『火炎魔法』、『幻影魔法』使いだが、海王院ほど血縁は多くない。

 それにしても、まだ部活が残っているだろうに。

 そこまで考えて、きっと服を乾かせる魔法を使える人間がいるんだろうと納得する。

 窓から注ぐ陽の光が、かなり赤みを帯び、陽が傾いてきていることを告げていた。

 さっさと弁当箱を持って帰ろう。

 そう思って、千秋は教室へ向かう足を急がせた。



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