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第十五話 親善試合

 昼休みが終わった頃、真紅の様子はいつも通りに戻っていて、千秋は安心した。

 ややこしくなるから、と華理について来ないよう言われたときはどうしようかと思ったが、言う通りにして正解だったようだ。

「ごめんね、千秋。あたし、何か勘違いしてたみたいで……」

「ほんと、勘弁してほしいわよ。人の傷口に塩を塗るような真似!」

「だから、ごめんねって謝ってるじゃない」

「まぁ、真紅が戻ってくれて良かったよ」

 ぽんぽん、と頭に手を乗せると、真紅の顔がほのかに赤く染まる。

 それを見て、千秋の胸が痛む。

 手を止めた彼に、真紅が上目で疑問を投げたが、千秋は曖昧に笑って誤魔化した。

「あのね、千秋……その、ありがと」

「何が……?」

 その言葉が、予鈴のチャイムにかき消される。

「何?」

「ううん! 何でもない!」

 真紅は激しく首を振ると、自分の席へ行ってしまう。

「また『何でもない』かよ。せっかく様子が戻ったと思ったのに」

「いいじゃない、ちゃんと戻ってるんだから。お礼くらい、素直に受け取っておいたら?」

 訳知り顔でそう言う華理に、千秋はじと目でその意味を窺う。

「知ってるなら教えろよ」

「こういうのは、本人の口から言うものだから、私からは言えないわ」

「理由の分からない礼をどうしろって言うんだよ」

 くすくすと笑う華理に、千秋はもうお手上げだ。

 結局華理も、礼を述べた真紅本人も、その意味を教えることはなかった。



「二週間後に控えた夏休み! だが、その前に越えなければならない、大きな行事がある! それが! 学年対抗レクレーション、だっ!」

 正確には、学年対抗魔法親善試合。

 担任のもったいぶった熱い前フリに、クラス全体が大きく湧いた。

 夏休み前に行われるこの試合は、学年ごとに日にちをずらし、グラウンド全体を使って行われ、各クラス三名の代表が競い合う。

 ルールは至極簡単。

 グラウンドには結界魔法使いの作ったフィールドが張られ、生徒はその中で試合をする。各試合には、万が一に備え、治癒魔法使いと、緊急事態に備えた教師がつく。勝敗は、相手を戦闘不能にする(気絶させるや眠らせる、媒介を奪う・壊す)こと。この日だけは、学校側が用意したブレスレットを媒介として使うことになる。

 優勝したクラスは夏休みの宿題が免除になるため、気合いの入り方も違う。教師側もまた、夏のボーナスが掛かっており、何が何でも優勝したいようだ。

 ちなみにこの試合は、他国からも観戦客が訪れ、噂では国王やその側近たちも観戦に来るらしい。他国の大物相手に普段の授業の成果を見せるため、宿題免除とボーナスで生徒や教師をやる気にさせるとは、学校側も頑張るものだ。

 どちらにしろ、自分には関係のないことだ、と彼は大きく欠伸をした。勉強が苦にならない千秋にとっては、クラスが優勝して宿題がなくなれば儲けものというだけに過ぎなかった。

「そういうわけで、クラスから代表を決めるわけだが、そのうちの一人は言花にやってもらう」

 そんな担任の言葉に、欠伸をしていた千秋は大口を開けたまま動きを止めた。

 一瞬何を言われたか分からず、数秒間頭で反芻はんすうして、ようやくその意味を理解し、そして、混乱した。

「オレ……?」

「そうだ」

 そうだろう。言花の苗字を持つ人間は、この学校どころか、この国で自分と母だけだ。

 その自分が何だって?

「言花。お前には、クラスの代表として学年対抗魔法親善試合に出場してもらう」

「いや、ムリです」

 千秋は丁重にお断りをする。

 そもそも、この試合は対戦型。相手を戦闘不能にすることで勝敗を決するのだ。そんな試合に、いくら言葉使いとはいえ、自分の魔法が適正しているとは思えなかった。

「先生もな、できれば『能力系』のクラスの生徒を選びたいんだ。でも、校長がどうしてもって聞かなくてな……」

 目頭を押さえて切々と訴える担任に千秋は言葉を失う。

「正直先生も、言花で大丈夫なのか、と思っているさ。隣のクラスは、優勝候補の神條瑠璃を出場させるだろうし……初戦で当たらないことを祈るばかりだ」

「祈るんじゃなくて、校長に言って下さいよ。他の言葉使いがどうか知らないけど、オレの魔法は試合に向いてないんだ」

「大丈夫。他の二人さえきちんと選出できれば、ボーナスもきっと手に入るだろう!」

 この担任、ボーナスと保身で頭がいっぱいだ。

 だんだん頭が痛くなってきた。

「千秋が出るんだったら、私も出場するわ」

 白く細い腕を上げて立候補したのは華理かりだ。

「決して試合に向いているわけではないけれど、千秋のためならいくらでも頑張ってあげる」

 頼んでないのだけど。

 自分を見て片目を瞑ってみせる華理に、千秋は少々投げやりな気分になってきた。

「あ、あたしも、頑張る!」

 ガタ、と音を立てて立ち上がった真紅に、もう溜め息しか出なかった。

「あら、真紅。足を引っ張らないでよ」

「あたしだって、千秋のためならやれるもん!」

「い、いや……二人の気持ちは嬉しいが……ボーナスが……」

 二人の気迫とやる気に何度も考えを改めるよう言葉を尽くしたが、やがて担任はがっくりと肩を落とした。

「みんな……今年の宿題、頑張れよ……」

 すでに負けることが決定となってしまい、ブーイングを鳴らすクラスメイトたち。だが、誰も二人の出場者に辞退しろとは言えなかった。


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