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第十三話 真紅の刃

「次、鬼束」

 ぐっ、と零れそうになる涙を堪えていると、先生に名を呼ばれて、意識を引き戻された。

 すでに華理かりの後は何人か試合をしていたらしく、真紅の試合が最後のようだ。

「は、はいっ」

 慌てて立ち上がり、障壁の前へと進む。

 生徒の視線が突き刺さり、逃げ出したくなってきた。

「よろしく」

 そう言ったのは、試合の相手。癖のある赤茶色の髪を短くした、ボーイッシュな少女には見覚えがあった。彼女は、神條瑠璃の取り巻きの一人。

 名前は――。

「始め」

 ホイッスルを合図に、彼女はパンッ、と手を合わせ、そこから一振りの剣を召喚した。

 名前は、『剣』崎(まこと)。男のような名前だからか、すでに癖になっているのか、彼女は男性のように振舞うのだ。

 斬りかかる誠に真紅は持っていた刀で応戦した。

 真紅は媒介として、右腕に数珠をつけているが、鬼束の人間は全員が媒介として刀を使う。

 殺傷能力が高いため、先生は敢えて彼女と自分を組ませたのかもしれない、と心の冷静な部分が感じた。その証拠に、先生の目は今までと打って変わり、鋭く真剣なものになっている。もしかしたら、いつでも止めに入れるように、魔法の準備もしているのかもしれない。

 魔法を、使わなきゃ。

 刀をぎゅっと握りしめ、魔力を注いだ。

 何とか魔法で強化した腕力で押し返し、素早く刀を横に一閃して衝撃波を放つ。

 鬼束の家の人間は、刀を媒介に使う。そこから『刀鬼(とうき)』の異名が付いていた。

 だが、真紅の放った衝撃波は、軽々と避けられてしまう。

 刀を切り返しながらいくつも放つが、一つとして相手を傷つけるどころか、動きを制することもできなかった。

 目前に迫る剣。その刃は本物だ。少しでも当たれば、顔や身体に傷がつき、血が流れる。

 そのことを恐ろしいと感じないのは、家での修行の成果だろう。

 この刀も、苦しい修行を共に乗り越えてきた愛刀だ。

 怖いのは、刃を向けられることではない。

 魔法を使って、戦うことだ。

 魔法実技の授業は、真紅が学校の授業で一番嫌いな科目だ。

 己の無能さを、まざまざと見せつけられるような気がする。

 キンッ、と刀が弾かれ、剣の切っ先が真紅の目の前に突き付けられる。

「勝負あり。勝者、剣崎」

 ほっと息を吐いたのは、試合が終わった安心感から。

「拍子抜け」

 その声には、失望の気持ちが込められているように感じて、真紅は刀を拾う手を一瞬止める。

 誠は剣の先を左手に向け、まるで鞘のように剣をそこへ収めながら言った。

「キミ、本当に鬼束の子? だとしたら、名門『鬼束』も大したことないんだね」

 ドキッ、とした。

 常々、両親や兄姉から鬼束の面汚しだ、恥さらしだと言われては、自分だって頑張っているのにと思っていた。そこまで言わなくてもいいじゃないか、と。

 違う。間違っていたのは自分だった。

 こういう場で、それが知れてしまうのだ。

 自分の評価が、そのまま家の評価へと繋がってしまうのだ。

「どうして『本来の魔法』を使わなかったの? そんなもの使わなくても、ボクに勝てると思った?」

 冷静な風を装っているが、誠は静かに怒りを表していた。

 確かに『鬼』束の魔法は、身体能力を高める魔法ではない。それはあくまで副産物のようなものだ。本来の使い方をしていたなら、『落ちこぼれ』である自分でも彼女と互角に渡り合うことくらいはできたかもしれない。

 しかし、真紅はその『本来の魔法』が嫌いだった。

 彼女を(あなど)ったわけではないが、使うくらいなら負けた方がマシだと思った。

「あたしは『落ちこぼれ』だから……。兄さまや姉さまは、あたしなんかよりもっと、ずっと強いよ」

 落ちこぼれ。

 自嘲の笑みを浮かべながら弁解する真紅に、誠は溜め息を吐く。

「どうやら買い被っていたみたいだね。ボクはキミのこと、もう少しやれる子だと思っていたよ」

「え?」

 刀を収めながら聞き返すが、それより早く、彼女は真紅に背を向けた。

「真紅、大丈夫?」

 銀色の髪を靡かせながら、華理が真紅の肩に手を乗せる。

「華理ちゃん……」

 瞬間、彼女の見事な試合を思い出して、自分の試合が酷く恥ずかしくなった。

 それを見られていたことが。

「大、丈夫……っ」

 華理の手を振り払って、校舎に走り出す。

 チャイムはまだ鳴っていないが、着替える時間を考慮して、先生はすでに授業の終了を告げていた。

「真紅!」

 最低だ、あたし。

 彼女は何も悪くない。

 悪いのは全部自分だ。

 大好きな千秋を盗られた、と感じている自分。

 何もかもを持っている華理に対する嫉妬。

 彼女を見ていると、どんどん自分が惨めになってくる気がした。

 ……もう、消えてしまいたい。

 心の底から、真紅はそう願った。



「真紅は?」

「知らないわよ!」

 昼休み開始のチャイムとともにどこかへ消えた真紅を案じての言葉だったが、華理は不機嫌そうにプイッとそっぽを向いた。

「何言ったって、大丈夫、何でもないって。だったら、気になるような態度取らないで欲しいわ!」

 かなりご立腹の様子だが、真紅にそれは無理な相談だろう。

 彼女は、思っていることがそのまま顔に出る性格だ。嘘はもちろん、隠し事だって上手くない。

 それにしても、真紅の様子は気がかりだった。

 そこで、華理の頭に昇っていた血が急降下する。

「……私のせいかしら? 昨日、あんな態度取っちゃったから」

「それはないと思うぞ」

 父親と会って取り乱したことを言っているのだろうが、探しに行くときも普段と変わらない様子だった。

「ああ、もう! 訳が分からない! あの子、昔からあんな感じなのっ?」

「いや、まぁ……何て言うか……」

 正直、上がったり沈んだりする華理のことも理解に苦しむのだが、とは言わない。

 確かに真紅のことを訳が分からない、と思うことは多かったが、あそこまで様子がおかしいのは初めてだった。

 引っ込み思案で、思い込みが激しくて、たまに強情で……。

 そんな彼女だけに、今の現状は心配で仕方がなかった。

「もう、限界! 私、あの子のこと問い詰めてくる!」

「えっ? ちょっと……」

「甘やかしてばっかじゃ何も解決しないじゃない!」

「だからって……っ」

 逆効果にならないだろうか。

 千秋の制止を振りほどいて、華理はいつもの昼食の場所へ向かおうと歩いていた道を引き返し、教室のドアを勢いよく開けた。

「誰か、真紅がどこへ行ったか知らないかしらっ?」

 彼女の気迫に、クラス全員が顔を引き攣らせる。

「知らない、けど……」

 誰かがそんなことを言うと、華理の白い肌に青筋が立った。


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