第十二話 桜の魔法
「ちょっと、真紅!」
「あ……華理ちゃん」
「華理ちゃん、じゃないわよ。どうして昨日、先に帰っちゃったの?」
「大丈夫か、真紅? 目が腫れてるぞ?」
翌朝。華理は登校するなり、真紅に詰め寄った。
昨日、カフェで待っているように言ったが、そこに真紅の姿はなく。あちこち探したが、結局彼女は見つからなくて。最終手段として、迷子の母親探しに使った方法を使い、ようやく彼女が先に帰ってしまっていたことが分かったのだった。
「うん、大丈夫」
「全然大丈夫じゃないじゃない。私たちがどれだけ探したと思ってるの。学校だって先に行っちゃうし」
「…………」
華理と顔を見合わせる。
どう見ても真紅の様子がおかしいことは分かるが、原因にまったく心当たりがない。
「真紅、何かあったのか?」
「何かあるのは、千秋の方でしょ」
「え?」
小さな呟きが聞き取れず、聞き返してみるが、真紅はにっこりと笑って首を振った。
「ううん、何でもないよ」
誰が見ても作り笑顔の彼女の表情。
何でもないわけないだろ、と言おうとしたが、朝礼のチャイムに阻まれ、二人はそれ以上追求することができなかった。
「今日は、担当の先生が風邪で休んでいるので、今回の実技授業、能力系近接クラスと同じく遠距離クラスを合同ですることになった」
体操着に着替えた華理と真紅は、グラウンドで行われる授業に出席していた。
真紅は近接クラス、華理は遠距離クラスで、本来なら一緒に授業を受けることはないはずだった。
ちなみに千秋は魔法が特殊なため、支援系のクラスをあちこち回っているようだ。
「はぁ……」
気心が知れているはずの華理と一緒にいることが、辛い。
いや、辛いのではなく、苦しいという方がしっくりくる。
ちらり、と華理を窺うと、彼女は険しい目つきでこちらを見ていた。
まるで雨雲が立ち込めそうな空色の瞳が怖い。
黒いラインの入った白いジャージの男性教師が、よく通る低い声で授業の内容を説明し始めた。
「今日の授業は『寸止め』。二人一組で試合をして、相手を降伏させることを目的とする。一応、万が一に備えて、治癒魔法を使える養護教諭にも一名来てもらった」
細身の赤いフレームの眼鏡を掛けた女性。背が低く、同い年にも見える養護教諭は、大勢の生徒に注目されて緊張しているのか、ぼうっとしている。
肩より少し長い黒い髪と同じ色の瞳が、彼女が陽生国の人間であることを主張していた。
この学校は、魔法の授業を行う性質上、怪我の可能性が高いため、養護教諭が何人も待機している。
「神内知鶴です。よろしくお願いします」
男性教師に促され自己紹介をした彼女は、はにかんだ笑みを浮かべる。
「まぁ、先生が可愛いからって、無駄な怪我をしないよう気をつけて」
適当な挨拶が終わり、先生が魔法の説明を始める。
「基本的に、魔法は暴走させない限り、意思で操作ができる。相手を思いやれる気持ちがあれば攻撃が当たることはない。だが、魔法を止められても、攻撃を止められなければ『寸止め』とは言わない。最初は難しいだろうから、掠り傷以上の怪我を相手に負わせないこと」
生徒からブーイングが巻き起こった。
当然だろう。痛い授業など誰もしたいと思わない。
「ちゃんと先生が見てるから。時間は三分。決着が着かなかったら引き分けね」
そうして、指名された二人が向かい合う。
観衆である生徒の前には、魔法が外野に飛ばないように、まじないで障壁が張られた。
最初に指名されたのは、同じクラスの海原と七海だった。
「手加減しねぇぞ。日頃の鬱憤を、ここで晴らしてやる」
「馬鹿か君は。先生の話を聞いていたのか」
「ちゃんと手加減するように」
合いの手を入れた先生が「始め」と合図をすると、二人を取り巻くように水が溢れ出した。海原は太めのリング、七海は眼鏡が媒介だ。
次々と繰り出される拳ほどの水の弾丸から、七海は流れる水の盾で身を守る。
しかし、それも長くは続かなかった。
海原の頭上に出現した水の塊が落とされ、その衝撃に驚く彼の隙を突く。海原と距離を詰めた七海は、彼の頬に平手打ちを喰らわせた。
渇いた音と同時に、先生はホイッスルを鳴らしてコールした。
「はい、勝負あり。勝者……七海、と」
記録を取る先生に、当然のことながら海原が詰め寄る。
「ちょっと待て! 何でビンタで勝負が着くんだっ? おかしいだろっ?」
「ビンタされたら負けだろう」
「そういうことだ。潔く負けを認めたまえ、海原。みっともないぞ」
「お前が言うことじゃないだろ!」
「だいたい、下僕のお前が、主人である僕に勝つなんて、許されるわけないだろう。まあ、絶対にありえないがな」
「いつから、俺はお前の下僕になったんだ!」
「はい、次」
ぎゃんぎゃんと言い合う二人を自然とスルーして、先生は次の生徒を指名する。
授業が進む中で、寸止めが上手くいかず、怪我をする生徒もいたが、授業の主旨を理解しているためか、大きな怪我に繋がることなく、全て絆創膏で済む程度の傷だ。
それを一生懸命、養護教諭として知鶴は跡形もなく魔法で治療していった。
「次、桜小路と……」
そして、華理が指名される。
相手が自分ではないことに、心のどこかで安堵した。
華理の相手に指名されたのは、火炎魔法の使い手だ。植物を操る華理としては、相性が悪い。
開始直後、火炎の嵐が彼女を襲う。寸止めの枷がついているからか、威力自体はあまりない。
華理の媒介である指輪が光り、大量の桜の花びらが彼女の代わりに炎を受ける。
ボッ、と音を立てて燃え散る桜は、それだけで幻想的で、観客である生徒全員を魅了した。
一向に進まないと見えた勝負だったが、突如相手の足元の地面から桜の枝が伸び、相手の身体を捕えた。
相手はそれを燃やすが、後から後から伸びる枝が、身体を捕えて放さない。
序盤の防御は、地面から根を這わせ、相手の足元へ桜を芽吹かせる時間稼ぎだったのだと、誰もが理解した。
華理が小さく笑いながら、指をパチンと鳴らすと、桜の枝が、相手の媒介であるブレスレットを器用に外した。
「勝負あり。勝者、桜小路」
一斉に拍手が沸いた。
その様子を見ながら、やっぱり敵わない、と抱えた膝に顔を埋める。
容姿も、勉強も、魔法も。
魔力だけなら、おそらく真紅の方が上だ。しかし、魔法は使い方次第。
華理の魔法は、一般的には強力ではあるが、この学校の基準で言えば、決して強くはない。
鬼束のような名門でもなく、家柄で言えば中流貴族。
それでも、彼女に勝てる自信は全くなかった。
いくら名門の血を引いていても、自分は所詮落ちこぼれ。
『アンタ、何か自慢できるものってあるの?』
昨日の姉の言葉。
何も、ない。
自分には、誇れるものなんて、何もなかった。
戦闘の描写はやはり苦手で……読みづらくて申し訳ないです。
ちなみに、養護教諭の先生は筆者の妹がモデルです。こういうとき、物書きをしていてとても楽しく感じます。