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第一回 明彦の話・自転車 前編

亀足更新です。

一ヶ月に一回か2回の更新です。


 激しい雨の音が、淡々と俺の思考にノイズを混ぜ込み、判断力を鈍らせていた。

 窓を見れば、室内の照明の明るさと、外の暗さで目眩のようなものが引き起こされた。なんだか古い記憶を揺さぶられたかのようだ。目がぐらぐらする。

 俺は眉間の辺りを指でほぐしながら、穏やかに談笑している友人たちに向き直った。

 ここは大学のカフェテリア。白い丸テーブルを囲んで椅子に座る三人の友人たち。当たり障りのない日常がそこにある。

そして今日は雨の日曜日。残念な日曜日。友人たちとテニスをする計画は頓挫したが、暇なので雨音で満たされたカフェテリアにあつまった。

 先に言い出したのは誰だったか。

 俺は大きなガラス窓から雨粒が絶え間なく地面を跳ねる様子を見つめるが、まったく思い出せない。

 とにかくみんなで集まることになったのだ。

 俺にとって、雨の日というのは気が滅入って仕方がないもの何だが、俺の友人たちは「謎解きをしよう」なんていうのだ。

 別に悪いことではないし、俺も少し楽しみな気がする。けれども、謎解きなんていうストレスの溜まりそうなことよりも、普通に雑談していた方が気楽でいいはずだ。気楽なほうに流れるのが、穏やかな友達同士の付き合いというものだ。それにせっかくの日曜日なんだから、普段使っている頭は休めたい。本当に誰が言い出したのか――。

「どうしたの、そーたん?急に黙り込んじゃって」

 笑顔でのぞき込んで来たのは、二宮明彦。通称アッキー。明彦を紹介してくれた友人がこう呼んでいたのを聞いて、俺は女の子の渾名かと思い、かわいい子が来ることを期待した。しかし、明らかに軽そうな男が来たのでがっかりしたのを覚えている。それがきっかけで俺はこいつのことをアッキーとは呼ばず、明彦と呼んでいる。そんな明彦はいつも笑顔で明るく振る舞い、優れた処世術をもつ。

 俺も初めてあったその日にかなり親しくなった。相手との距離の詰め方と間の取り方が上手く、まるでフェンシングの達人のようだ。いや、このたとえは良くないだろうか。

 まあ、社交性が高いということだ。

 ちなみに「そーたん」というのは俺の名前である「颯太」から来ている。

「たいしたことじゃない。ちょっと寝不足ってだけ」

 俺はあくびをかみ殺しながら答えた。

「さては、遅くまで飲んでたでしょ?失恋でもしたの?」

 悪意のあるにやにや笑いで探りを入れてくる明彦に、俺は苦笑いしながら手を振って否定する。

 そこへ今度は俺の斜め前から声が飛んでくる。

 「白井が失恋するわけないでしょ。そもそもつきあっている人なんていないんだから」

 俺の代わりに小倉加奈子が応えた。現実主義な彼女にとって、明彦のからかいもくだらなく聞こえるらしい。いつのまにか明彦のつっこみ役になっていて、彼らのテンポの良い会話は、完成された漫才のように面白いので、大学の一部では有名だ。が、加奈子は不愉快らしい。明彦はもちろんノリノリだ。

「そうかな、かなたん? そーたんもてるからねえ」

「まあ、それはそうだけど、彼女がいた匂いがしないのよ」

「においねぇ。そーたんが彼女がいるときに、そういうにおいはしたの?」

加奈子はしばら黙ってから、「しなかった」と声を上げた。「もしかしてほんとに失恋? あんたなんか情報でもあるの?」

「うーん。男の勘かな」

「なによそれ。当てにならないわ。白井、本当はどうなの?」

 俺はあくまで落ち着いて「失恋はしてないよ」と答えた。

「なんだぁ」と引き下がる明彦はいいが、加奈子は鋭い。

「失恋は否定するけど、彼女がいるのは否定しないのね」

 興味を無くしかけていた明彦が、目を輝かせて再び参戦してくる。加奈子と明彦のコンビネーションは今日も抜群だった。

「さあ、どうなの?白状しなさい」

 俺がいよいよ困っていると「もう、やめよ」と俺たちの議論に救いの声が差し込まれた。

 声の主である桐谷明日香が心配そうにこちらを見た。正面に座っているので、ばっちりと目が合う。が、明日香はすぐに明彦に目を向けた。

「それに話が本題からずれてるし。明彦くん、取っておきの謎があるんでしょ?」

 明日香はいかにも楽しみにしているといった口調で催促した。

 明彦は大げさに「おお、そうでございました。明日香様、これはこれはまことに失礼しました。」と申し訳なさそうに言って、ネクタイを直すしぐさをする。

 もちろん彼はネクタイなどしていない。司会者気取りでいるのだ。彼の頭の中では、きちんと正装した明彦がいるのだろう。

 俺は明日香に小声でありがとうと伝える。明日香は小さく頷いた。そして、「お互い様だもの」と小声で付け加える。

 さっきまで俺たちの会話に入れず、曖昧に笑みを浮かべていただけだったが、誰かがピンチの

ときには助けてくれるような優しさと気の強さを見せてくれた。清楚でおしとやかな見た目とは違うのだ。

 明彦はどうやら身なりを整え終えたらしい。俺の目にはなにも変わってないようにみえるのだが。

「それじゃあ、始めましょうか。世にも奇妙な物語を」

「その言葉は、サングラスをかけて、髪をオールバックにしないと使えないわ」

 加奈子がすまして言うと、明日香がクスリと小さく笑う。

「僕が体験した事件はね、ちょうどこんな雨の日だった。まだ中学生だった僕は、部活帰りに傘も差さずに自転車をこいでいたんだ。

 突然の雨だったからね、そりゃ焦ったよ。だから僕は、いつもよりも速く自転車をこいだ。もちろん立ちこぎだったさ。」

 そこまで話した明彦が突然、しまった、という顔した。

「あっ、そうか、場所の説明をわすれてた。僕が走行していたのは坂道だったんだ。まあ、それほど急な坂じゃなかったけど、スピードがでるのには十分だったよ。

 それで、あまりにも速くて、雨粒の当たる勢いで目がほとんど開けられなくなっても、走り続けた。

そのときはやっぱりバカだったね」

「いまも十分バカよ」

 加奈子がぽつりというと、明彦は笑顔のまま「ひどいなあ」と言った。

「でも、いまよりもずっとバカだったんだよ。だって、重大なことをわすれてたんだから。

ところで、小学生でも、気を付けるような交通ルールってなんだと思う?」

「道路を渡るときは右をみて左をみて、もう一回右をみてわたりましょう」

「かなたん、大正解。そう、それを忘れていたんだ。坂道の終わりに交差点があってね、僕はそのまま飛び出していったんだ。で、お約束のように大きな大きなトラックが、横からやってきて僕をはねようとした」

「その口ぶりからして、未然だったんだな」

「鋭いね、そーたん」

「ふつう、わかるだろ」

  しかし、明彦がわざわざ俺を指さして、不気味な笑みを浮かべてきた。

「いいや、話の要点を自然に指摘したそーたんは鋭いと言う意味だよ。今回の不思議な点はそこなんだ。

どうやったって、僕はトラックを避けられるはずが無かったんだ」

 明彦はそこで間を開ける。

 雨音が意識の中に滑り込んでくる。ただ雨音がこの場に流れている。

 沈黙が続く中、ついに明彦がかわいそうになったのか、

「どういうこと?」

 と、明日香が首をかしげながら聞いた。

「いいね、その質問をまっていたよ」

 明彦は上機嫌で、今度は明日香を指さしながら言った。

「人に指さしちゃだめでしょ。どらえもんの手にしなさい」

加奈子がたしなめると、明彦は素直に手をグーにした。

俺の時には注意しなかったが、明日香の時に注意したのは、加奈子が明日香には甘いからだろう。というか、女子には甘いのだ。

明彦はさっきよりも落ち着いた様子で話を続ける。

「自転車のブレーキをかけたって、僕はそのまま慣性でトラックにぶつかるはずだった。これはもう避けることができないと確信したよ。だけどそこで不思議なことがおこった」

  再び間を開けて、俺たちを見回す明彦。

「時間が戻ったんだ」

  はっと息をのむ声が聞こえた。

「タイムスリップ」

 明日香が目を大きく見開いて言葉をこぼした。

 それは、ちょうど目覚まし時計が人を眠りから覚ますように、聞き手三人の空気を引き締めた。

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