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『一緒に過ごせばいい』

 などと言った少女の言葉を理解するのにも、いくつか瞬きする程度の時間を要した私だ。今目の前で行われていることなど、自力で解を得るには難しそうだった。

 視線の先にはメイデアがある。緩やかなウエーブの長髪は、太陽に燃える様に黄金で、けれど慎ましく背に一つに纏められたそれは、聖女の名に恥じぬ貞淑さも併せ持っている。

 しかし――

「ねえ、魔王。見てないで、ちょっと手伝ってくれないー?」

 まるで旧知の友人に話し掛ける様な気軽さで言う『聖女』の身形は、些か貞淑清楚といった言葉からは離れていた。

 長いスカートは片裾を腿の辺りで縛っており、素足が大きく露出してある。上も他に着ていたものを脱ぎ捨て薄手のシャツ一枚きりだ。それも両腕の袖が肩まで捲り上げられているといった有様である。

「メイデアよ、ヒトの世にあまり詳しくない私が言うのもなんだが、もう少し慎んだ方が良いものなのではないのか」

「あら、何が?」

「無闇に肌を晒すものでは無いような気がするのだが……いや、それより先程から気になっていたのだが」

「うん?」

 作業の手を休めぬまま、メイデアは小首を傾げた。前屈した姿勢で首だけがくい、と動く様は、森の小さな友人達のそれに似ている。

「いや、なに。始めに言葉を交わした時とは随分と言葉遣いが、いや、態度も違って見えるのだが、私の気のせいだろうか」

 うむ。一緒に過ごすなどと言う言動にも驚かされた。今現在の彼女の奇行も気にはなる。しかし、それよりもこの立ち居振る舞いの変貌に、正直困惑している。先程私と対峙していた清廉で淑やかな『聖女』は幻だったのだろうか。

「ああー……、だって肩が凝るんだもの、せいじょさまって」

「……は……?」

 この娘は一体何を言っているのだ?

「い、よいしょっ、と。言ったでしょう? 私はただの村娘だって」

 先程まで抱えていた大岩を放りだしてそんなことを言った。うむ。大岩を抱えていた。

「よく分からぬのだが」

「うーん。だから、こっちの私がほんとのメイデア・ダルクってことかな。どこにでも居る普通の村娘の。でもね、今の私に皆が求めているのは『聖女メイデア』なの。清廉潔白で、王国を栄光へ導く英雄。まぁ、なんというか、期待には応えなくっちゃって人前では『聖女様』を演ってるってわけですよ。でもほら、ずぅっと堅苦しい聖女様を演じ続けるのは息苦しいじゃない? 幸いここにはあなたしか居ないし、ファーストコンタクトは見事成功したし、もういいかなって」

「……要約すれば、余所行きの顔、ということか……?」

「ええ、そんなところです」

 静かにその場に座り込んだメイデアは、悪びれることなく笑みを見せている。わざわざ慎ましく淑やかに佇まいを正す姿が、何ともわざとらしい。

「……こういうものを詐欺と呼ぶのだろうな」

「何か仰った? 魔王様」

「いいや、独り言だ」

 呆れる様に返す私の様子に、からからと笑って見せるメイデアの在り方はしかし、決して好ましからぬもではなかった。歳相応なのであろうその村娘然とした姿はむしろ、聖女などという肩書よりも余程親しみ深いものだ。

「それで、村娘であるところの君は何をしているのだ?」

「そうそう。これ運ぶの手伝ってよ。娘さんには少々酷ですことよ?」

 はたと思い出したように言って、先程まで抱えていた大岩をぺたぺたと叩いて見せる。

「そんなものどうするつもりだ」

「いいからいいから。ほら、まだあっちに沢山あるんだから。早くしないと日が暮れちゃうわ」

「運ぶ……? こんなものをいくつも集めて何をするというのだ……ああ、また……分かった、私が運ぶから足を仕舞え」

 話している間に立ち上がったメイデアは、裾を捲りあげ作業を再開せんと構えている。天真爛漫である様は気持ちの良いことだが、やはりもう少し慎みを持った方が良いと思うのだ。

「あら、魔王。随分と堅物なのね? 巷の噂じゃ魔王は人間の女と見たら端から手籠めにする好色えろえろ魔人なんて言われてるのに」

「……随分な話だな」

「ふふ、チラッチラッ」

「だからなぜ裾を捲る」

「んもう、つまらない反応ね。村の男衆なんて暇さえあれば女のおしり眺めまわしてるっていうのに」

 それはお前がチラチラとやらをやっているからだろう、と思ったが、また話があらぬ方へと進むことは目に見えていたのでやめた。

「それで? 結局これで何をするのだ?」

 メイデアが両腕で抱えていた大岩を片手に拾い上げながら問うと、彼女は得意げにこう答えたのだった。


「石釜を作るのよ」


 ――本当に、よく分からぬ娘だった。今でも、私は断じることが出来ないでいる。結局最後に、あの別れを経て私と彼女の間に在ったものが『理解』であったのか、否か。

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